―終わり―(か、始まりか)
全てが消えたその後、博士は気がつくと、小さな喫茶店の窓際の席に座っていた。
雨が降っていた。窓ガラスを細かな水滴が流れ落ちるのを、ぼんやりと眺めていた。
目の前にはウェイトレスが無言の笑顔で立っており、博士の注文を待っている。
「注文を決めたよ。コーヒーとバタートースト」
しばらくすると、テーブルの上には、湯気の立つコーヒーが一杯と、バターの塗られたトーストが乗った小さな皿が置かれた。
博士はコーヒーに口をつけた。少し苦くて、少し酸っぱかった。
ふと、ポケットの中に手を入れると、小さな紙切れが一枚出てきた。
開いてみると、そこには震えるような字で、こう書かれていた。
「バターは真理の証明である。」
博士はそれをじっと見つめた。だが、すぐにくしゃりと丸めて、灰皿に放り込んだ。
もう何も考えたくなかった。
また、静かな時間が流れていく。
外では雨が止みかけていて、雲の隙間から薄日が差していた。
行き交う人々は忙しそうで、子供が笑い、犬が吠え、誰も博士のことなんて気にしていない。
やがて博士は、少し冷めたトーストを一口かじった。
パンの耳は少し固かったが、噛むうちにじんわりと甘さが広がった。
それが少しだけ、懐かしい味のような気がした。
その後、博士は立ち上がり、コートを羽織り、店を出た。
外の空気は少し湿っていたが、心地よい風が吹いていた。
特に行き先は決めていなかったが、少し歩いてみようと思った。
人混みに紛れながら、博士は何も言わず、ただ歩き続けた。
ビルの谷間を吹き抜ける風に髪が揺れ、どこからともなく漂ってくるパン屋の香りが、少しだけ心を軽くした。
そして博士は、いつの間にか笑っていた。
理由なんて、特になかった。
ただ、そうしたくなっただけだった。