(無題)
全てがバターの泡となり、溶けきったかに見えたその瞬間――
一つの泡が弾けずに残っていた。
その泡の中で、ムーンフィッシュ博士は目を開けた。
目の前に広がるのは、宇宙そのものが巨大な目玉焼きと化した光景だった。
「これは……何だ……?」
博士は呟いた。
だが、その声は音としてではなく、空間そのものの歪みとして伝わった。
彼の言葉が放たれるたび、目玉焼きの黄身が波打ち、白身が銀河のように回転を始めた。
ケルベロス・オルガンの音が再び響く――
だが今度は音ではなく、香りとして漂っていた。
それは焦げたトーストと湿った布団の間の匂いであり、意味のかけらを内包していた。
「博士……!」
パスタの断片となったマカロニ大尉が泡の中から声を絞り出す。
「俺たちは……どこにいる……?」
博士は振り返り、理解する。
「ここは……概念の底だ。」
「概念の底……?」
「そうだ。意味、物質、時間、音、全ての『存在』が解体され、ただ概念だけが残る場所だ。
俺たちは今、オムレツの定義の中にいる!」
その瞬間、巨大なフォークが宇宙を貫き、目玉焼きの黄身をぐしゃりと潰した。
液体が溢れ、空間全体に広がる。
それは言葉であり、数字であり、色であり、「バターは真理の証明である」という文章だった。
ナマズ・オブ・ザ・デッドの声が響く。
「お前たちはまだ理解していない。
理解しようとする行為そのものが、理解を不可能にしているのだ。
バターになるか、消えるか、選べ。」
博士は震える手で、泡の中の最後の粒子を掴んだ。
「俺は選ばない。選ぶという行為すら、もう意味を持たない!」
ケルベロスが笑う。
マカロニ大尉のパスタが涙を流す。
そして、宇宙が再び反転した。
全てがオムレツの中心に吸い込まれていく。
博士たちは渦に巻き込まれ、
「バターとオムレツは同義である」という数式の中を、永遠に落ち続けた。
そして、物語は続く。
理解を拒む世界の中で、博士たちはまだ、意味を探し続けている。
なぜなら、意味のない場所でこそ、意味がもっとも美しいからだ。