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60、生命を蝕む夜想の毒餌

モモコさんが用意した不思議な味のする飲み物を皆で飲み、食い散らかされた料理が増える頃には何だか妙なテンションで盛り上がっていた。気分がふわふわして気持ちいいや!きゃははっ!


高級感溢れるソファーに座るロゼさんのお膝の上。そこにぽふっと飛び乗って背中を預けてケラケラ笑ってはしゃぐ。


「ふふふ、甘えん坊さんですね。」


ロゼさんの腕がボクを抱きとめ、髪をすんすんと嗅がれるけど気にしない。体つきを確認するように指先が這うけど気にしない。


「ラフィ助、あんまり無防備だとイタズラされちゃうッスよ。」


ヘラヘラと笑うメリーさんがほっぺを突く。そんな様子をモモコさんも何だか羨ましげに見つめていた。


と、顔の横に突然現れた半透明なポストがコトリと揺れたのを感じた。ポストに目をやると一人でに開いてタマさんからの招待待ちのメッセージが。



『タマ』

早く招待しないと現実のラフィの体にイタズラしちゃうわよ?



「あの!タマさんも招待して欲しいです!」


「ふむ。いいだろう。」


モモコさんの指先が招待状を送り出し、直ぐにタマさんの姿がホールに現れたのだった。


「ヒトが戦ってんのに何バカ騒ぎしてんのよ。」


「ちょっと夜の散歩に行ってきた程度で大袈裟ッスね。」


メリーさんの投げ渡した瓶を豪快に飲み干すタマさんは驚いた顔で瓶を見つめた。


「はーん、上級国民様は随分メガシティがお好きなようで。」


「ふふん。この飛行船内限定だけどな。和解の印に僕の飛行船にタマとラフィを住まわせてやってもいいぞ。」


「わーいっ!」


ぴょこっ!とロゼさんのお膝から飛び降りたボクは、モモコさんにもふっと抱きつく。ひゃわっ?!と急に顔を赤くしたモモコさんの指先が宙でワキワキと動いた後ボクの肩を抱いた。


「ゲームの中では癒しは流石に無いか。じゃれ合いたいのかい?」


と、伸びた尻尾が腰に巻き付いてくる。


「はいはい、そういう話は後よ。騒ぐのもいいけど、今後の事を話しましょう。」


引き寄せられたボクはタマさんに抱かれてちょっと寄りかかられちゃう。ロゼさんも話題の変更に頷き、緩み切った空気が少しだけ引き締まった。

ソファーに並んで座るボクとタマさんの前、モモコさんが対面のソファーに飛び乗って両手を膝に置く。真剣な顔のロゼさんと正反対にメリーさんはあまり興味さなげに料理を摘んでいた。


「ブランさんは来ないのですか?」


「ブランにはちょっと追加の仕事を頼んどいたのよ。まぁ後で説明するわ。」


「で、だ。まず大前提を確認したいのだが。敵対関係は一先ず解除されているものと認識していいか?」


「そうね。アンタがアタシ達を襲った分の慰謝料はレイブンの炙り出しに貢献した分でチャラよ。マフィアを金で釣って動かすなんて随分大胆なやり口ね。」


「大抵の問題はお金が解決する。意外と世の中簡単な構造をしているものだぞ。」


ボクは余計な口を挟まずタマさんとモモコさんのやり取りを見守っていた。取り敢えずもう敵対はしないみたいだし安心かな?


「一つ提案がある。僕を君のプライベートルームに暫く匿ってくれないか?勿論言い値で家賃を支払おう。金ならある。」


「却下。」


「まぁ話を聞いてくれ。」


即答するタマさんにモモコさんは苦笑しつつも話を進める。


「僕は知っての通りシブサワ財閥グループを取り纏めるシブサワ・テツゾウの一人息子だ。シブサワグループはトウキョウシティの都市運営委員会の3柱の1柱であり、軍需産業とPMC旅団大隊の運営を主軸にニホンコク中に傘下企業を持つ。」


ボクもシブサワグループの名前は知っていた。軍需産業から、食品業界、エンターテイメントに、建築業界まで多角化を極めた大財閥だった。

シブサワ生活圏なんて言葉があって、街一個分の全ての企業をシブサワグループ系列会社で回す事が出来てしまうなんて話もあった。


「僕はシブサワグループの次期代表でもある。世襲制じゃないけど、僕が継いで当然って感じでね。父上の影響力に僕の有能さが合わさった結果さ。」


「言うわね。」


タマさんの突っ込みに、モモコさんは当然のように答える。


「まだ成人してないけど、この歳で僕程に色んな世界を体験して経験を積んだ者はそう居ない。父上の教育方針の賜物さ。それに自分の有能さを自覚出来ない者が居られるポストじゃないんだ。」


企業の世界に興味の薄いタマさんに代わって、ロゼさんが補足してくれた。


「シブサワ・モモコさんは幼いながらに多くの実績を持つ方です。実際モモコさんが投資した会社はどれもめざましく伸びているのです。無名の会社を何処からか引っ張って来て、数年で1大企業に押し上げた実績は業界内では有名な逸話ですね。」


モモコさんは得意げにしていた。


「見る目には自信あるんさ。」


「でもアタシらに惨敗したわよねー。」


勝てない相手には挑まない、が一流だって意味をタマさんは言葉に忍ばせる。モモコさんは苦笑して咳払いを。


「まぁ、良い経験になったよ。向き不向きがあってね。荒事はやっぱり向いていなかったのかもしれない。弱点を知るのも進歩さ。」


話題を変える勢いでモモコさんは話を続けた。


「自己紹介はこのくらいで。とは言え僕はか弱くってね。頼みの綱の強化外装も壊され、護衛もとうの昔に追い払ってしまった。この街にこのまま放り出されても生きていけないと思うのだよ。」


「だからキミ達を雇いたい。護衛依頼さ。仕事としてなら請け負うだろう?勿論、組合を通した正式な依頼とさせて貰う。報酬は言い値でどうだ?護衛の必要経費として使用した弾薬費はこちらで負担させて貰おう。期間は‥‥今の所未定だが、プライベートルームに匿ってくれればキミ達の行動の自由を認めよう。」


どうだい?と問い掛けるモモコさんにタマさんは少しの間思案する。


「ラフィ、アンタはどう思う?」


ボクとしては受けたいかな。出会に一悶着あったけどこのまま街に投げ出すのは。それに弾薬費用を持ってくれる所とかも良い条件だと思うし断る理由は無いと思う。


「‥‥正直言うとアンタみたいな上流階級は嫌いなのよ。心情的には受けたく無いけど、ここまで良い条件をそれだけで蹴る程馬鹿じゃないわ。受けてあげるから感謝しなさいよ。」


「交渉成立だな。」


ほっとした顔のモモコさんの視線がつるりとボクに移った。


「言っておくが僕はただの上流のボンボンじゃなくってね。情報屋としても活動している。例えばラフィ、キミはタマシティの郊外の孤児院出身だ。SNS上でその姿が確認されたのは彩色祭だが、実際はもう少し前から開拓者として活動を続けている。未踏地のゴブリン族の部落で随分な活躍をしたそうじゃないか。」


うわっ。そんな事まで知ってるの?タマさんの正体とか大丈夫だよね?


「タマについてだが‥‥今は無きシナガワシティ郊外の治外街出身、異界化事件の生き残り、胡蝶之夢専属用心棒って所は知っている。しかしどうも不自然に足跡が欠落しているんだ。ま、事情があるんだろうさ。」


モモコさんはそれ以上深入りする発言は避け、タマさんも何も言わずに頷いた。でもどうやって知ってるんだろう?


「あはは、まぁお金と伝手があれば情報を買い漁ることくらい訳無いさ。他にも‥‥」


ちょん、とボクの手のひらに小さなハエが飛び乗って来た。


「それはゲーム内にスキャナーを通して持ち込んだただの装飾品に過ぎないアイテムだが、実物は高画質なカメラに録音、簡易な透視機能も搭載。大抵のレーダーを躱すステルス加工も施された僕の目だ。ごく一瞬の照射とは言え、光学レーザー砲も放つ事も出来るんだぞ?」


「随分良いもん持ってるのね。流石ボンボン。」


「シブサワ重工でも取り扱いの無い、設計から僕が作ったオリジナル品さ。」


聞いただけですっごい高性能品って分かる。これが有ればアングルスの街の事くらい裏側まで全部知れちゃいそう。素直に驚くボクにモモコさんはドヤ顔を向けてきていた。


一先ず話が纏まり、今度はタマさんがレイブンの顛末を語ってくれた。


「レイブンの奴らの首をそのままタマ生命に送りつけてやったわ。ふふ、ちょっとだけ毒を盛ってね。」





タマシティを見下ろす社長室、その最奥のデスクに生命維持装置に数珠繋ぎにされた首がゴロリと転がった。社長室を守る警備員の視線は地を這い、自身の胴体が倒れゆくのを見上げている。強固な窓ガラスを容易くかち割って侵入した紅い燕尾服の怪人は、背筋をピンと伸ばしてタマ生命社長であるテツオに対面していた。


瞬く間の惨状にテツオの脳内はパニックにすら到達せず、ただ茫然と嗤う仮面を見上げてしまう。直後に鳴り響いた警報と同時に、侵入者を閉じ込めるよう頑丈なシャッターが社長室の窓辺を覆い尽くした。


「知っておるぞ。全部な。」


ノクターンの執行者、その一人は一言だけ残してシャッターを指した。手には何も持っていない筈なのに、シャッターが途端に内側から弾け飛んで無惨な状態になってしまう。


窓辺から飛び降りで消えた影を追う度胸はテツオには無い。ただ応援の警備員が社長室に駆け込んでくるまで脂汗を額に滲ませる事しか出来なかった。


ついに来た。ノクターンの手先がタマ生命のダンジョンに目を付けた。破壊される。守らなくては。警備を倍に増やせ!レイブンよりもっと強い傭兵旅団を雇え!テツオの指示は最早金に糸目を付けない大判振る舞いだった。





───せいぜいあと1年間、なけなしのお金をすり減らして待ってればいいわ。現場から離れて1年も突っ立って警備なんかしてくれる傭兵旅団なんている訳ないのにね。


黒猫は酒気を漂わすグラスを片手にほくそ笑むのであった。

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