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537、人として生きる事

もう1人、この景色を見せたいヒトがいた。そして話したい事も。


魔王の力がボクのお腹の底からオボロさんを呼び覚ます。ボクの影が伸びて、ゆらりとオボロさんが姿を現した。黒外套に、和の笠帽子。そして目立つ義手。


のぅ。どうしたのじゃ、愛子よ。」


カテンさんはまた急に現れおった、と呆れた風にボヤく。オウルさんは少し距離を取っていた。


「オボロさんも一緒にこの景色を楽しみましょう。」


「それが願いか?」


「違います。」


笠帽子の下を、座ったまま下から覗き込んだ。


「オボロさんは、何かあった時ボクを護る為に同じ未来からここへやって来ました。ボクがいつこの力に目覚めるかも分かりませんし、保険のような扱いです。」


目を合わせたまま、R.A.F.I.S.Sで深く繋がった。昔の思い出が見えてくる。



人類最後の拠点、“ピリオド”。最後のメガコーポの社名がそのまま拠点の名前になった。ニホンコク人の生き残りはもう僅か、獲物を追い詰めた猫のように魔王がいたぶる大きな餌箱。


ボロボロの都市防壁の内側へ、誰もがやって来てスラムを築く。ボクはピリオドの中枢、研究区画の秘匿された場所で産まれた。試験管の中から見た景色はいつも歪んでいて、浮力に体を任せたままダンジョンコアは無垢に世界を楽しむ。


オボロさんと知り合ったのは、今の姿になってから暫く後。


のぅ、小僧。貴様は魔王じゃな?』


『‥‥はい。』


ボクを吸収すればより強大な力が手に入る。影から現れたオボロさんは、兵器として開発された魔王の威を前にした。区画の一つが異界に沈んで、オボロさんは体を半分失いながらボクを見上げていた。


『これが‥‥叡智の結晶とでも言うのか。しかしその力を以ってしてもあの魔王には敵うまい。』


『あの魔王とは戦いません。ですが‥‥ボクは遠い世界へ向かう為にここに居るのです。』


ボクを助ける警備隊が駆けつけた時にはオボロさんの姿が消えていて、それから幾度か顔を合わすようになった。後で知ったけど、九尾の力をボクヘ託す代わりにオボロさん自身も怪人として同行するって。



「この平和になった世界を見て、オボロさんは何を感じますか?」


少しの間オボロさんは黙って、そして答える。


「淋しさ‥‥かのぅ。」


「もうこの世界にあの魔王は居ません。オボロさんの復讐もお終いです。ボクには沢山仲間が出来て、オボロさんが頑張って護らなくても大丈夫になってしまいました。」


タマシティを襲った魔王に復讐したかったのに、結局顔を合わす機会すら最後まで無かった。オボロさんの心の中に虚無が渦巻いて、ボクヘの執着心で誤魔化しているように感じた。


「妾に後残されたものは、ラフィ。お前だけじゃ。」


「いえ、違います。」


パッと立って、オボロさんに向かい合った。そして‥‥頭の笠帽子をボクの手が脱がしてしまう。ボクの目と濁った瞳がその奥を覗き合った。


「もうこの世界は平和なんです!前の世界と違って、可能性に満ち溢れています!オボロさんにはもっとこの世界を楽しんで欲しいんです。」


ボクのお腹を鞘代わりに、自身を武器に見立てて納刀されたまま。それで満足げな心が伝わって来るのが悲しかったんだ。


「今日はこの後、ボクの中へ引っ込ませません。先ずは今日を楽しませます。あの戦いに参加出来なかったとしても、それでオボロさんの何かが失われる事なんかありませんから。」


オボロさんは困った風にする。けれど、ボクの中へ帰る事を拒否した。


ホロウインドウが開いてフィクサーさんがにゅっと姿を現す。


『にゃはは。ラフィさまの怪人さん、ご機嫌よう。お婆ちゃんだって虹天リゾートタウンは遊べます。ホリデースケジュールコンサルタントのワタシが案内しましょうか!良い加減子離れしなさいって。』


フィクサーさんはそのまま実体化して、オボロさんの肩を叩く。胡散臭いものを見る目を、悪魔の星形の瞳が覗き込んだ。


「とは言え、急にラフィさまの若者テンションの遊びに付き合わされてもお婆ちゃんは疲れてしまいます。先ずは温泉で一汗流しましょうか。」


「ぬぅ‥‥愛子と別行動か?それとお婆ちゃんは止めろ。妾はまだ現役じゃ。そもそも貴様だって若くないじゃろうて。」


「心の若さが違いますよ。ささ、ラフィさまは是非ご自分の時間を大切に。面倒臭いお婆ちゃんはワタシが適当に見ておきますよ。」


「お、おい!」


フィクサーさんは軽い調子で、オボロさんの体を掴んでパッと消えてしまう。空間を自在に操って、連れ去ってしまった。


「‥‥強引な奴だ。しかし、ラフィもそろそろ戻った方が良いだろう。」


「ボクが焚き付けたのに。でも、フィクサーさんなら安心してお任せ出来ますから。」


『ラフィ、そんな事よりあの甘い‥‥ケーキ?びゅっふぇ?に戻ろう。まだ食べたい。』


九尾がワープゲートを開く。後でオボロさんに感想を聞こうと思いながら、ビュッフェ会場へ戻ったのだった。


今日は休日なんだから、探索だけじゃなくて遊ばないと。


ボクがイーディウスを獲得した事自体は秘密じゃ無い。食べたって事が分からなきゃ、誰にもどんな経緯で手に入れたか分からないんだから。皆の前で早速イーディウスをお披露目した。


ワープゲートから出て来たボクは、徐にケーキビュッフェを楽しむ皆の前でイーディウスを展開する。


「ラフィくん?!何それ?!」


「うわっ?!さっきのやつ?!撮れ高だよ!食べてる場合じゃないって!」


「えー?!なになに、すっごい綺麗じゃん。」


切り取られた青空が、ナイフのような羽毛となって鳥翼を形作る。青空に流れる薄い雲をつい目で追ってしまう。


「イーディウスって言います。これでお空が飛べるんですよ。ええと、色々あって新しく獲得出来ました!」


エンジェルウイングやユリシスと違って、硬質で凛々しい羽。可愛いじゃなくて、カッコいい。皆は口々に褒めてくれるけど、どうやって?という所には敢えて触れないでくれていた。


「ガラスのようだのぅ。薄くて‥‥鋭い。」


「触ったら普通に切れそう。裏面も同じ色してる。」


「尖っていて危ないですから。触らない方が良いです。」


スマイルカメラをパシャパシャ‥‥ついポーズを取ればイーディウスがシャキンと開く。ちょっとした撮影会も程々に。まだまだ今日はこれからだから!


先ず向かった先は虹の浜。街のすぐ近くに、薄っすらバリア装甲に覆われた区画があった。


「わーっ!気になってたやつ。ラフィくん、一緒に滑ろうよ!」


「はい!皆も一緒に!」


用意されたそれは特殊ミスリルコーティングされた、高耐久ゴムボート。ワンタイムアプリで操縦出来て、6人乗りで楽しめるファミリーレジャー!


魔法少女達と一緒に、オウルさんも手を引かれて乗り込んだ。ラズベリーさんの手が、少し戸惑うオウルさんを引っ張ったんだ。


「折角だしさ!皆で楽しもうよ!」


6人乗りだけど、キャウルンさんを含めて7人乗り。けれどキャウルンさんは小さいから大丈夫。ボクのお膝の上に抱えられて、ちょっとジト目なグミさんに突かれてわちゃわちゃ。


「出発進行です!」


ゴムボートが一気に急加速!!底面で虹の浜の微細な粒子が掻き分ける感触が伝わって来る。そして、ブァアッ!と虹色の粒子が舞い上がった!!虹雲の光を受けてとっても綺麗に光る。


虹の浜を5kmぐらい進んで、そのまま折り返して来れるお手軽コース。ワンタイムアプリが行き先をARで表示してくれるから誰でも安心、バリア装甲で覆われてるからコースアウトの心配も無い。勿論万が一の事故の為に強化外装の着用は必須だけど。


キャウルンさんとオウルさんは、他の皆のバリア装甲に匿っているから大丈夫だよ!


「ラフィくん、次は私!」


ラズベリーさんが運転を交代。カッコよくドリフトすれば右へ、左へと皆が遠心力に振り回される!ちょっと慌てたオウルさんがボクにしがみ付いていた。


そんなボク達に追走するブランさんが、スマイルカメラで思い出の瞬間を切り取ってくれていた。頭上を泳ぐカテンさんも、はしゃぐボク達を見下ろして楽しげ。カテンさんはヒトを観察するのが好きなんだよね。カテンさんなりに楽しんでくれて良かった。


「ほら!運転変わりなさいよ!」


「えー?もうちょっとー!」


「うりゃっ!!」


「ちょっと?!」


ラズベリーさんの運転中に、奪い合うようグミさんがアプリで干渉する。ゴムボートがスリップ?!高度な姿勢制御装置のお陰で横転はしないけど、滑走したままグルングルン回っちゃう!バリア装甲に激突して、跳ねるように進んで行く。


「危ないって!」


「こんぐらい乗りこなせるでしょ!開拓者よ!」


「なら私も悪戯をな。ほれ、ハンドルを独占する悪い子にお仕置きだ。」


「‥‥ラフィ、掴まってて。」


アマネさんがボクを後ろから抱きしめて、ついでにオウルさんの腕を引き寄せる。ゴムボートを皆で引っ張り合いながら爆走させて、最後にはスピンしながらゴールに突入した。


皆で沢山笑って、はしゃいで、歓声を上げる。オウルさんも楽しそうにしていた。


軽くお酒を入れながら街を行くタマさん達と合流。向かう先は虹天artスタジオ、カラフルパレット体験!


ボク達の前へ用意されたまっさらで大きな壁。そして、収納内には手のひらサイズのボール。ボールの中には粉末状になった鮮やかな魔力の結晶が。シブサワグループで魔力の結晶化実験が行われているけど、純度の低いB品をここで再利用。


最初は廃棄予定のB品を管理者が遊びで放り投げていた。それが見つかって色々あって。結局レジャー施設が一つ誕生した。


「ほら!行くわよ!」


タマさんが思いっきりサンドボールを投擲!バァッ!とまっさらな壁を青く染め上げた。


皆のホロウインドウには、今から描くイラストの完成図が映る。皆で順番に投げていって、頑張ってイラストを完成させよう!そんなレジャーだった。


「ちょっと酔っ払い!広げ過ぎだって!」


「うっさいわね、塗り潰せばいいでしょうが。」


強く投げつけると薄く広く広がって。弱めに投げれば拡散を抑えられる分狭い範囲を濃く塗れる。脆いから優しく投げるだけでも十分砕く事が出来た。


粒子を吸い込まないよう、バリア装甲がボク達を守る。けれどあっという間に床もカラフルにぐちゃぐちゃ。


「あーっ!どこ投げてるの?!」


「あら?手元が狂ったかしら。」


シライシさんの一投が、海辺の鳥さんを真っ赤に染め上げちゃう。


「オウルさん、魔法を使うのは反則です!」


「ダメか?」


オウルさんの投げたボールが変な挙動でピンポイントに色付ける。そういうのはズルいよ!


「アッハッハッハ!満潮かい?」


「投げるのは慣れておらなんだ。」


ブラックカラントさんが砂浜を青くしてしまう。ああ、水没しちゃう!


そんな中、フィクサーさんがオボロさんを連れて来た。オボロさんは浴衣姿になっていて、目が死んでいる。


「にゃは、少しは堪能しましたか?ほら、愛子が一緒に遊びたそうにしてますから。」


「まったく。散々弄りおって。」


ボクはオボロさんの前に立って、ボールを差し出した。


「これで皆で絵を描いているんです。オボロさんはどんな絵にしたいですか?」


「‥‥妾は。」


「オボロさんの描く未来は、黒でも灰色でもありません。」


手に取ったボールは鮮やかな黄色。明るい未来を思わせる、希望の色。


「オボロ‥‥だっけ?ラフィの為にアンタは居るんでしょ。辛気臭い顔して付いてこられても鬱陶しいのよね。」


タマさんはオボロさんをボールで指した。


「アンタの事情は知らないけどさ。遊ぶってのはそんな難しい事かしら。」


「妾は、どこか全てが虚しく感じていてな。」


笑うタマさんはバカにした顔。


「虚しいだの虚無だの言う奴って、結局心が老いてバイタリティ枯れただけだってのにカッコつけた言い方しちゃってさ。」


流石にムッとした顔をするオボロさんへ、タマさんは言い放つ。


「ボールは投げれるかしら?お婆ちゃん。心が老いさばらえようが、アンタは生きてるんでしょ?死体のフリをする姿が滑稽だって言ってんのよ。」


オボロさんは言い返そうとして‥‥目を瞑る。


「オボロさん。タマさんの言う通りです。何歳になっても、体を構成する物質が変わってしまっても、心に傷を負っても。」


「アナタは生きているんです!死んだフリして腐して、そんな振る舞いも生きているからこそ出来る事で。でしたら、折角なら。」


「人として前を向いて歩きましょう。(うしろ)も地面も、チラ見するだけで良いんです。ボクと一緒に歩いて行くんですから、前を向いていて下さい。あの未来はもう無くて!過去を消せなくても!その手に握ったそれは現在(いま)だからこそ有る物ですよ!」


平和な世界になったからこそ、こんなレジャーが生まれた。今オボロさんの手には、あの未来に無かった楽しさが有るんですから。心が空っぽだから虚しく感じるんだ。空っぽなら沢山楽しい思い出を詰め込んじゃえば良い。


元気が無いなら美味しいものを食べて、涙が出るならコメディ映画を見て笑い涙に変えて。人らしく生きようと必死になるんだ。


「今は、ボクを見ていて良いです。ですが、いつかはボク以外の物を見て触れて好きになっていけるようになって下さい。」


オボロさんの顔は‥‥色んな想いが胸中を巡るようで。それでも、顔を上げてくれた。


「愛子にそう言われてはな。妾は戦う事しか能が無いが‥‥そんな顔をさせないよう、少しは足掻くとするかのぅ。」


オボロさんの投げたボールが、パレットに黄色の太陽を彩ったのだった。

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