45、流星光底にチャガマの蓋が落ちる
激しい競争。日夜頭をこねくり回して捻り出した企画。
動画で殴り合うレッドオーシャンを生き残ってきたリコリコは今、人生で一番の修羅場を前にしていると言っても過言では無かった。
目で追いきれない一瞬のやり取りの後、ラフィとブランの周囲に倒れ伏すマフィア達。今日一日リアルな開拓者の凄さを肌で散々味わったものの、この一瞬でその実力の一端を知り、思わず畏敬の念すら感じてしまう。
しかし背後からゆっくりと、気怠げに間伸びした嫌な声が肩を叩いた。
「いやぁ、ああ、ああ。ったくよぉ。どーしてこうも上手くいかないのかねぇ。やんなっちゃうよ。」
この街に住む者なら誰でも知っている2大マフィアの幹部の顔ぶれ、その一角が猫背に頭を掻いて路地裏に足を踏み入れて来た。茶と黒の浮浪者を思わせる小汚い長い着裾のトレンチコート、ボサボサ頭を隠す中折れ帽子、分厚い唇が挟んだお気に入りのタバコ。
蜘蛛の巣街を仕切るL.C幹部が1人、チャガマ。星形のお洒落なグラサンの下で、部下を蹴散らした二人の開拓者を睨む。
二人の戦闘行動を誘発するギリギリのラインまで足を動かすまでにため息3回、そして立ち止まった所でもう一回。
「あのね。俺らは別にそこの嬢ちゃんをバラそうって腹じゃないの。ちょいと確認したい事があってね。ただここで立ち話すんのはヤバめな話だからご同行願いたいワケ。邪魔すんのはやめてくんねぇかな?」
ふとラフィと目が合ったリコリコは涙目になって首を振った。マフィアが支配するこの街では街の住人の命は軽い。特にL.Cはイカれたボスのノリもあってか筋の通らない無茶で住人を脅かす事も少なくなかった。それも態々幹部が出向く程の要件となれば、1時間後に五体満足で居られる確率は非常に低いと思われた。
リコリコが首を振ったと同時。突然の2発の発砲音が路地裏に響く。チャガマの両手は変わらずポケットの中にあるにも関わらず、しっかりと2発の銃弾が空を斬った。さっきまで頭のあった位置に弾痕が残り、僅かに顔を逸らして回避したラフィとブランが戦闘体勢に入る。
こんな非常事態にリコリコはカメラを止めるのを忘れていた。いや、もしカメラが最初から回っていなかったら慌てて起動準備をしていたかもしれない。不謹慎ながらにも高揚し、恐怖心を掻き消すアドレナリンの波が、配信者として一部始終を共有したいという行動に繋がっていく。
目の前のラフィはいつの間にか片目を覆う、ホロウインドウを思わせる複雑な演算陣が浮かび上がっていた。袖の下から伸びた光の帯があっという間に路地裏の狭い空間を埋め尽くし、たまらず跳躍して上に逃げるチャガマを小さい体が追っていく。リコリコは慌ててカメラ子機であるポチをラフィに追従させた。戦闘開始と同時に姿を消したブランには一切気付かなかった。
「やっぱこうなったか!お前と戦ったら絶対暴れ姫出てくんだろ!頼むから邪魔すんじゃねぇよ!」
宙で銃弾を互いに撃ち合いながら壁面を駆けた二人はあっという間に屋上部へと到達する。その間にもチャガマは異形な姿を隠す事を止め、6丁の大口径銃を振り回していた。
ブレードランナーで宙を踏み抜き、ラフィの体が宙返りしながらチャガマの真上を通過する。軌跡上に残された光の帯からは何丁もの雑銃が突き出し頭上を取った。
発射される寸前にチャガマの“背中から”伸びた一対の手に握られた2丁が応戦した。大口径の銃弾がイルシオンを跳ね上げ、照準が逸れると同時に発射が中断されて中へと銃口が消えていく。
同時に展開していたもう片方のイルシオンがチャガマを囲い込むも、“脇腹から”伸びた一対の両腕が同じように応戦した。着込んだ強化外装の性能のお陰で、チャガマは光の帯に触れたら真っ二つという事態を避けられている。対人戦を想定するなら必須となる抗光学装甲を積んだ強化外装が、先程から複数回イルシオンに掠ったダメージを軽度に抑えてくれていた。
(あんのラインレーザー何て出力してやがんだ?掠っただけでアホ程装甲エネルギー持ってかれたぞ!直撃はマズイかもな。)
自前のモノと合わせて背中と脇腹から伸びた腕の総数は6本。肉体改造手術の末に手に入れた多腕を駆使して攻撃を凌ぎ続ける。チャガマはこれまでにそれなりに対人戦の経験を積んだお陰か、初見の不規則な動きをするイルシオンの動きにギリギリの所で対処出来ていた。
対人戦に於いて一般に知られない武器種‥‥特に一点物のオーダーメイド品ともなれば大きなアドバンテージを取れる。ラフィの操る光学帯ともいう武器種をチャガマは知らない。敢えていうなら光学ワイヤーウィップの類が近いかもしれないが。音速で振られるウィップ類と比べ、速度は比較的遅い。
ただ帯である都合上、先端がこちらを追尾しつつも通った軌道上に高出力のラインレーザーが残り続ける。これが余りにも厄介。どれ程伸びるのかも分からない光の帯が展開される程に逃げ場所を塞がれていく。
「うわっ?!クソッ!」
ラフィが大きく動けば勿論、袖下から伸ばされた帯全体も複雑な軌道で引っ張られて迫ってきた。伸ばされては袖下に引っ込み、交互に出し入れする事で迂闊に接近できぬよう立ち回ってもきた。
今も飛び退いた直ぐ真正面をイルシオンが通過し、いい加減ラフィに反撃しようと6本の銃口が狙いを定めたその瞬間。イルシオンの中から飛び出した重たい蹴りがチャガマを容赦なく吹き飛ばした。
「アガッ?!」
イルシオンの中から突き出たメイドの脚。そう、いつの間にか居なくなっていた片割れがイルシオンの中にいた。
直撃ダメージに自動で強化外装が体感時間を引き延ばし、その間チャガマは冷静に配信の内容を思い出す。そうか、メイドは確かバトロイドだったか。イルシオンから生える銃が収納のマギアーツによるもんなら、確かに有り得る攻撃方法だ。
吹き飛んだ先に事前に回り込んでいたイルシオンの伸びた一端が、光の帯に激突せぬよう地面に食らいついたチャガマを取り囲む。背後から飛び出したブランのこめかみに反射神経にモノを言わせて一発。しかしその姿は一瞬でかき消え、目の前から再度飛び出したブランの平手打ちがチャガマの頬を激しく波打たせる。
「クソッ!それズルッ!」
平手一発、銃弾二発の応戦。背後からの突然の膝カックン、更に平手二発。胸ぐらを掴んで執拗に往復ビンタ。そしてトドメの一発で地に頭を叩きつけられ、嘲笑う表情のブランに見下ろされる。
「ハッ!如何でしょうか無様を晒す屈辱は。諦めて早々にご逝去なさりなさい。」
「その動きは反則だろうが!」
転がるようにブランの踏み付けを逃れ、五発の銃弾がブランを狙い、一発が遠巻きに援護を続けるラフィを狙う。しかし収納のマギアーツに戻ったブランの姿は消失し、ラフィも顔を逸らしてあっさり回避してしまった。
(あんのガキをどうにかしねぇとどうしようもねぇな!てか可愛い顔して2体1でリンチとか卑怯だろ!)
勿論、戦いに卑怯なんて概念はない。しかし愚痴らずにはやってられない。所詮戦闘向きでないアコライトと舐めていた所もある。警戒するべきはスクトゥムロサを自称するバトロイドだけだという誤算もあった。
なんとか包囲網を逃れたものの、直ぐに2本の光の帯がきりもむ様に迫ってくる。そしてその間を姿を見せては消えるブランが、走りながら両手に携えた純白のライフルで牽制射撃を繰り出してきていた。
一発顔面にぶち込んでやりたい気持ちを抑えたチャガマは、ラフィに狙いを絞って6丁の引き金を激しく引き続ける。頭を狙った二発を体ごと逸らしながら前進して躱し、胴狙いの四発をその場で半回転して躱す。片方のブレードランナーを高出力で踏み込む事で、小さい体は足元に振り回されるようにその場で半回転したのだ。普通ならそのまま頭から落ちる所なものの、もう片足を同様に踏み込みピッタリバランスを取って難なく着地する。
同時にラフィは両腕を交差させるように大きくイルシオンを薙ぎ払った。鋏で両断するように迫るイルシオンを前に跳ねて躱すか、しゃがんで躱すかの二択にチャガマは僅かに逡巡した。跳ねれば動きの制限される空中で集中砲火を受ける?咄嗟にイルシオンの真下に滑り込んだチャガマは、丁度真下に姿を現したブランと目が合った。
「‥‥やぁ。」
「さっきぶりですね。」
逃げ場の無い狭い空間で重たい回し蹴りが、チャガマを容易く吹き飛ばし屋上を囲う縁に激突する。チャガマは見た。飛び上がったラフィが両手からイルシオンを伸ばしてプロペラのように回転しながら迫るのを。
「マジかよ‥‥!」
その叫びは光るプロペラに巻き込まれて消えていく。戦いの中で激しく消耗した強化外装の残存エネルギーでは、イルシオンの直撃に耐えられる筈もなく。銃を構える腕先がバターのように斬り飛ばされ、その数瞬後に脚と胴が輪切りに。そして計算されたように綺麗に首が跳ね飛ばされ、ふわりと浮いた視界の中ラフィと目が合った。
それは配信の中でのおどおどしながらも優しげでちょっと気弱そうな男の子の目では無く、どこか機械的で瞬き一つせずに冷淡に見つめる怖気の走る視線。
かつてバトロイドとも戦った事のあるチャガマは、ラフィの動きに終始違和感を感じていた。何処までも合理的で機械のように正確な攻撃をする反面、バトロイド特有の硬い動きが無い。極めて柔軟で、まるで未来視でもしているかのような気色の悪い先読み行動。
コイツは何者だ‥‥?チャガマの意識は遠のいていった。




