44、配信道中蜘蛛廻り
リコリコさんとくっ付いたまま天使の羽を思う存分わしゃわしゃされていると、急にドアが叩かれ勢いのある名乗り文句が飛び込んできた。
「ちょりぃーっす!!ここにラフィくんが居ると聞いてやって来ました飛び込み企画!」
驚いてドアを見れば郵便受けのポスト口から、カメラの付いた棒が差し込まれてる?!きゃああっ!怖い!
「あっ!その反応マジちょりぃぃーっす!先日登録者1000人突破の期待の超新星、ビフテキ!やって参りちょりぃぃぃーっす!!」
ブランさんが棒を掴んで無理やりドアの向こうに押し出し、短い悲鳴とドア前の階段を転げ落ちる音が離れていく。
「ラフィきゅん!ここを離れよう!凸されまくっちゃう!」
トツって何?!状況の分からないままのボクはリコリコさんを咄嗟に抱き上げると窓から飛び出した。強化外装の性能のお陰で、リコリコさんを抱き上げるくらい問題ない!
抱き上げるのと同時、バリア装甲の影響範囲にリコリコさんを追加する。密着するくらい近ければ、バリア装甲内に他のヒトを入れる事も可能だった。これで大きく動き回ってもGでリコリコさんにダメージがいったりはしない筈。
ボクの合図で一瞬先に飛び出したブランさんが、窓の外でカメラを構えていた二人の男女を足払い。驚くリコリコさんの悲鳴と共に青い軌跡を残して雑居街の積まれた家々の間を駆け抜ける。
数m先に見えた階段の手すりが一瞬で足元に収まり、丁度目の前に駆けつけた配信者らしき男の前で90度向きを変えてターン。手すりを蹴った勢いでボクの姿は家々の隙間に消える。3階建ての配管の通った狭い隙間の両面の壁を、交互に蹴ってボクの体はぴょこぴょこ跳ねた。
「わわわっ?!そんな所通るの?!」
興奮しながらカメラを回すリコリコさんに配信者根性を感じる。ボクの背を追うポチのワイプ映像がスマイル越しにも見えた。
ー急にどうした ー凸攻めに合うのは分かってたろ ーてか今どこ居んの?そこ道じゃないよね? ー速過ぎィ!
コメントも今の状況に戸惑いつつもどこか楽しげで。そういうボクもちょっと追いかけっこしているみたいで内心ワクワクしていた。
「お願いします!」
ボクが合図すればピッタリのタイミングでブランさんがビームシュナイダーを差し出す。勿論作動させた状態で。
光学兵器のビーム部分が何故刀身の形を保てるのか。それは光を鏡のように反射する透明な膜で覆っているから。しかしこの膜同士がぶつかり合うと強い反発力を生む。この現象をキックバックと言う。
膜は物理的な干渉を殆ど受けない性質を持つお陰で、破けたりはしないんだけど。
基本的に駆動する時に光を発する魔具は光学機構を持つ。いつも使っているブレードランナーも、ブレード部分はラインレーザーを纏っていた。
何が言いたいかというと、ビームシュナイダーの光学部分をブレードランナーで踏みつけると‥‥
弾ける瞬音と同時にリコリコさんの悲鳴が一瞬で上空に消え、ボクの体は瞬きひとつの間に雑居街の屋上部分に到達していた。キックバックの勢いとブレードランナーのジャンプ力を合わせればこんな事も出来ちゃう!
力強くキックバックの衝撃を支えたブランさんも、そのまま背中のバーニアを吹かしてあっという間に追い付いて来た。
「ブランさん、何処まで逃げればいいですか?」
「周囲を包囲するよう蟻が群がってきてますね。ハンッ、ヒトがゴミのようです。」
表情少なくも毒を吐く様子にドン引き顔のリコリコさん。しかしその視界はメイドさんの姿を数秒も捉えられず、あっという間にカメラの外に消えてしまう。
ー毒舌メイド‥‥いい ースクトゥムロサってこんな事言うの?! ー超高級バトロイドの闇を見た ーてか映せ
急激に動く状況と、激増した書き込みでカオスなコメント欄にリコリコさんは頭を抱えていた。そんな間にもブランさんの誘導に従ってボクは雑居タワーの谷間に姿を消す。しかし同時に降り立った一人の男が並んで並走する様子に驚いてしまった。
「開拓者系ARチューバー、ランク9の爆裂シャインマスカット参上!おほほほ!逃がさん!突撃取材敢行ダァ!」
足にはボクと同じようなブレードランナー。白い軌跡を残してボクと一緒にタワーの側面を滑走する。
「まぁず質問!先日新発売の超濃縮シャインマスカットスパークは飲みましたか?!ほら、マーケットとかで売ってたあれ!」
あの緑色のグロいジュースの事?一杯あおったタマさんが口を押さえてトイレに駆け込んでたけど!
「ボクは舌先で満足でした!飲み込んでないです!」
「はいはい!爆裂シャインマスカットの“超濃縮ジュース一気飲みしてみたらヤバかった”視聴の儀ィ!」
爆裂シャインマスカットさんは華麗なターンを決め、ボクの前に共有モードで開いたホロウインドウを表示する。数秒後に映し出された汚い光景を、自然とブランさんの手が隠してしまう。激しい嗚咽の音で想像できるけど、片足で蹴り飛ばされた爆裂シャインマスカットさんの姿は既になかった。
「ヒャッハー!配信開拓連合、突撃取材突貫じゃー!」
しかし次々現れる開拓者系配信者達の巻き起こす、主張の激しい自己PRの嵐から中々抜け出せない。
「激辛あひる豆!僕あひる豆!あひ‥‥ボォッ?」
ボクが直角に曲がって回避した、向かいの階段の手すりに引っ掛かってあひる豆さんが縦回転しながら吹っ飛ぶ。
「こっち!こっちに目線お願い!」
「あっ!まってぇ!」
追い縋る二人の女性はタワーのてっぺんでボクの姿を見失った。ブランさんの差し出したビームシュナイダーを蹴った反動で、真後ろに飛び去りそのままタワー下に飛び降りていたのだ。雑居の積み上がったタワーの側面をちょこまかと飛び回るボクは、人混みに隠れようとそのまま中央通りの方へ飛んで行った。
ここまで来れば大丈夫かな?
散々振り回されてちょっとふらふらなリコリコさんを下ろし、コソコソと路地裏に逃げ込んだ。
ー情報量が凄い ーリコリコ生きてるか〜? ーちっさくて可愛いのにめっちゃ動くやん ーラフィきゅんカッコ良すぎでしょ! ー開拓者ってこんな動き出来るのか ー←一般には無理です ー少なくもランク20以上はあるだろ
コメント欄が凄い事になってて、リコリコさんも追いきれずに愛想笑いで流していた。特にビームシュナイダーを蹴って急加速する所とか「?!」コメントの雪崩でちょっとフリーズしかけてたし。
ブランさんとR.A.F.I.S.Sで連携している間なら、やろうと思えば案外出来ちゃうんだ。思えば何でもスパスパな光の刀剣を踏み台にするなんて怖い事してるけど。
「ラフィきゅん、こんなに激しかったの初めてだよ。ほら、結構汗かいちゃった。」
カメラに向けてそれとなく胸元をチラッと見せれば、
ーエッッッッッッ?! ーワイの右手も激しくなっちゃうねぇw ーうぉぉぉぉ(雑居タワーが盛り上がる音)
ーはぁ?ラフィ映せや ー美少年の汗だくを見たいです ーラフィくん画面端ィ!何やってんの?!
コメントの反応が二分され思わずリコリコさんも苦笑い。
そんな中、不意に路地裏を塞ぐよう黒服の男達がゾロゾロと現れ囲んできた。へ?って顔で後ずさるリコリコさんの背がボクにぽふりと当たる。急に流れた不穏な気配にコメント欄にも動揺が走った。
この服はL.Cかな?どうしたんだろ?ボクもちょっと驚いてブランさんのスカートの裾を握った。
「ははっ。生配信なんてしてくれたお陰で手間も省けるってもんだ。リコリコ、ちょっとツラ貸せや。」
「なな、何で?!私何もしてないよ?!」
「知らねぇよ、お頭が連れてこいってキレてんだ。てか配信止めろ!」
ブランさんが動くのが気配で分かった。遅れないようボクも動く。この状況じゃボクも何をされるか分からないし、タマさんも言っていた。マフィア連中に遠慮するな、容赦なくぶん殴っても案外大丈夫って。街の住人とマフィアの武力衝突は珍しくなく、そういう揉め事の仲介を色街を仕切る胡蝶之夢がやっているらしい。結局の所、より強い者の主張が通るのだとか。だったら。
マフィアの一人が宙を漂うポチをはたき落とそうとした瞬間、徐にブランさんが手を掴んで握り砕いてしまう。カメラにかなり生々しい音が収録され、同時にボクもR.A.F.I.S.Sを起動。袖下から展開したイルシオンが、目前の3人の脚を薙ぎ払って後頭部を強打させた。
一瞬の行動に理解が追いつく前に、硬化したイルシオンが頭部の高さをぐるりと旋回。ブランさんに腰に手を添えられてスレスレで避けたリコリコさん以外、残ったマフィア達が目から火花が散ったようにその場で半回転して突っ伏した。材質が紙だった頃と比べ、カーボンエッジは結構重たい素材だ。
質量兵器になるタイプの素材と比べると、軽いってだけ。側頭部をこれで殴られたら相当痛そうだなって、呻き声を上げる彼らを眺めて感じたのだった。
ー爆裂シャインマスカットー
アングルス在住、登録者5万人の大物ARチューバー。開拓者と兼業しつつも、動画配信の比重が重い為ランクは伸び悩んでいる。好物は一周回ってみかんに落ち着いた。みかんの筋全部取ってみた、の動画が何故か炎上した過去を持つ。
ービフテキー
10年やって登録者1000人のアングルス配信界隈で徐々に頭角を現してきた期待の新人。ちょりぃーっすを流行らそうとするも失敗、炎上系動画で一山当てるもチャンネル凍結の憂いに遭い振り出しに戻った。




