43、ラフィ、配信中
コメントと戯れながらリコリコさんの質問に色々と答えていく。
「故郷は何処ですか?」
「タマシティです。あんまり詳しい場所は迷惑になっちゃいそうだから・・・」
「開拓者ランクはお幾つ?アコライトですよね?ズバリ何処の会社所属ですか?」
「ランクは1です。まだ、組合からの正式なお仕事は受けてないんです。あと他の開拓者の方にお世話になっていますので無所属のフリーランスです。」
「実際強いんですか?」
「いえ、ボクはまだ全然で──「ラフィ様は当機とR.A.F.I.S.Sの同期中ならランク50相当の活躍が見込めるでしょう。」」
ボクの言葉を遮ってブランさんが自信満々に声を出す。思わずカメラがブランさんを向き、慌てるボクは画面外へ。
「らふぃーずぅ?え〜?!実績とかあるんですかー?」
「ラフィ様は例の開拓者試験の事故の生き残りの一人です。そして事故の真実を握る者。先日街を襲った大怪獣2体の討伐に多大な貢献をした者になります。可愛いだけじゃありませんので。」
グイグイとカメラを覗き込むブランさんの服を引っ張るボクは、顔を真っ赤にしてぷるぷるしていた。あれはボクだけの力じゃ無いって。タマさん達が居たからなんとかなっただけなのに。
ーふぁ?! ー盛り過ぎィ! ーんなわけ、ないよな? ースクトゥムロサってヤバいヤツだろ?ほぼブランの戦績だろうに
コメント欄も半信半疑って感じでちょっとだけ落ち着きを取り戻す。でもリコリコさんの見る目は何だかキラキラしていて。ボクの腕に尻尾が絡んだ。
「ふーん。そんなに凄いんだ。反応見てれば分かるよっ。コメ欄も!絶対これホントの事だって!だってランク1の子がこんなに人気になった事なんてないでしょ?何かあるんだって!」
急に抱き寄せられ、画面内にツーショットみたいにポーズを取られてしまった。
それからも色々聞かれたけど仲間の事とか、胡蝶之夢の事とかは伏せてお返事した。流石に勝手に色々情報を流すわけにもいかないし。でも。
「ボクの憧れの、お世話になっている開拓者さんはとっても頼りになってカッコいいんです!だから、いつか肩を並べて冒険できるよう頑張りたいんです!」
タマさんの事は目一杯アピールした。孤児院の皆、ボクは元気にやってるよ!タマさんも相変わらずカッコいいし、仲間と頑張ってるからね!
名前は出さないけど、なんとか伝えられたらなって思っていた。
その後、リコリコさんに誘われて蜘蛛の巣街を見て回る事になった。リコリコさんはここに住んでいるらしく、街の事には詳しいって得意げだ。
「ラフィきゅんと蜘蛛の巣街探検コーナー始まるよ〜!じゃあまずは目の前に見えますは蜘蛛の巣街の腹部、雑居マンションタワーだよ。」
見上げれば時計塔より少し低いくらいの積み木のような雑居街が重なっていた。マーケットから続く通りの先はそのままこの雑居街の中央の中庭に繋がっている。ここには自警団らしき建物や、診療所、賭博場までごちゃごちゃと施設が並んでいた。
「私の家はここの上!ほら、あの部屋。」
錆びた階段を何回か折り返した先の外見のおしゃれな家。早速指差す先へと向かう途中、賭博場の暖簾の奥から一人の大男が目の前に転がってきた。
「文無しが来んじゃねぇよ!」
暖簾の奥から聞こえる罵声に大男は言い返さず、ただ憎たらしげに唇を噛む。そして急にリコリコさんに向かって吠え立てた。
「てめぇは確か配信者とかいう・・・!撮ってんじゃねぇよ!」
「ええっ?!あ、いや。ええと!」
リコリコさんはこの辺りじゃ有名なのかな?あっ、いけない!大男は煮えくり返った腹の釜を噴出させるよう、問答無用で拳を振りかぶる。短い悲鳴を上げて咄嗟に目を瞑るリコリコさんのわずか手前で拳が止まった。ぽふっとしなやかで頑丈なカーボンエッジに拳を止められたのだった。
「はっ?!なんだこれ!こいつ!」
ボクの袖下から伸びたイルシオンが、大きな拳を受け止め受け流し続ける。両腕を振り回し慣れていないのか、大男は直ぐに疲労を見せるとボクに若干の怯えの視線を向けた。ボクは何も言わずに睨み返し、イルシオンの一部分にラインレーザーを起動する。熱を放って宙を泳ぐ光の帯を認識した大男は情けない悲鳴を上げて一目散に逃げていった。
「お怪我はありませんか?」
ボクがリコリコさんに振り向くのと、抱きつかれるのとは同時だった。慌ててイルシオンをしまい、わちゃわちゃとリコリコさんと揉み合う。
「何それ?!カッコいい!ねぇねぇ、それが武器なの?メチャ綺麗だったんだけど!ヤバっ!」
「ひゃあっ?!あ、あの!一先ず家に行きましょう!ここは目立ちますって!」
一連の流れを後ろから見流していたブランさんに少しだけ視線をやる。手を出さないよう事前に思念を飛ばしていなかったら、バラバラになった大男を治療しなきゃいけなくなっていた。カメラを回しているリコリコさんの前でスプラッタを映す訳にはいかないよね。
大はしゃぎなリコリコさんに連れられ、中庭から逃げるように家の中へ転がり込んだ。外側はお洒落なステッカーが彩り。中はピンクのカーペットや優しい白色の壁紙が可愛い空間に仕上げていた。
たわいのない雑談も程々に。ソファーにお尻が馴染んできた頃、リコリコさんがそろそろ我慢できないって風に切り出してきた。結構前からコメントで催促されてたけど、リコリコさんは敢えて焦らすように無視していた。
「ねぇ、例のアレ見せてくれる?白くてふわふわできゃわわなアレ!」
やっぱり見たいんだ。動画に撮られている事を考えるとちょっと恥ずかしいけど、それでもお茶とかご馳走になっちゃったし見せない訳にはいかないよね。背中の収納空間がそっと開き、ふわりとエンジェルウイングが姿を現す。何だか気恥ずかしいボクは片翼でむにむにする口元を隠していた。
隣で上がる黄色い声に、それとなくツンツンと弄ってくるブランさん。
「きゃ、きゃわわっ!動画で見るのと全然違うんですけど!めっちゃふわふわ!ねぇ、見てこれ!すっごい羽毛が細かい!てかラフィきゅんハーピー系男子なの?!」
「ボクは・・・何だろう。」
「ふふん、自分探しに耽る思春期はまだ早いぜ!」
急にリコリコさんに抱きつかれ、羽の内側に顔をもっふーと埋めてすりすり。きゃっ?!近いです!わわっ、リコリコさんの髪から凄い良い匂いが。
「ラフィ様。サキュバスの髪は取り分け異性を惑わせる強い催淫作用を齎します。処理は後で当機が致しますので、そこのサキュバスに情欲を向けぬようお気をつけを。」
そうなの?!心が溶かされそうな凄い良い匂いだけど、でもそれ以上は何も感じない。特に体に異変は無いし。ミケさんのといい、こういうのは効かないのかな?でもそれはそれとしてあんまりくっ付かれると、むずむずしてきちゃう。
「おやぁ?普通ならリコっちの匂いでギンギンになって涎とか垂れちゃうのに。でも、むずむずはしちゃったみたいだね。ねぇねぇ、カメラ一旦止める?」
真っ赤になったボクの耳元でリコリコさんがごにょごにょと囁く。慌てて首を振るボクの首筋を優しく唇で突かれてしまった。だけどそれはカメラの外での事。恥ずかしくなって羽を震わせるボクは、リコリコさんからちょっと距離を取るように体重を傾けていた。
登録者数10万越しの有名ARチューバー、リコリコの生配信は世界中に公開されていた。彩色祭の頃から注目されつつも、結局正体不明のままだった天使の羽の美少年。そんな彼の素性が少しずつ明らかになっていく配信は、瞬く間にSNS上でも話題となり大衆の視線が集まっていく。
明らかになった素性の内、特に開拓者試験事故の生き残りというワードは大きい反響を呼び、直ぐに各所のニュースサイトで記事が作られ出す。世間から見てもあまりに不審な所の多い開拓者試験事故の真相を握る者。僅かな生き残りの存在を示唆しつつも、行方不明扱いになっていたその一人。それがどういう訳か組合タマ本部に戻らず、未踏地最果てのゴロツキの街にいる。噂が噂を呼び、様々な憶測が囁かれ出していた。
事はリコリコが思っていた以上に大きくなろうとしていた。
タマシティの中央街。その一番の頂の部屋で、歯軋りをする男がいた。疲れ切ったその目を苛立ちに尖らせ、食い入るように画面を見ている。部下から入った緊急の一報に確認しない訳にはいかなかった。元よりARチューバーなど毛程も興味のない彼だったが、今や画面の向こうの揉み消した筈の事件を掘り返しかねない存在に全神経を集中させる勢いで食いついていた。
ここで仮にラフィとやらが事件の真相を暴露した所で、魔王との繋がりの証拠がなければ何とか躱せる。確かにラフィの持つであろう羅針盤には魔王の存在が記録されているだろうが、タマ生命との繋がりの証拠まではない筈。絶対に有ってはならない。
開拓者組合は確かに生き残りの存在を示唆していたが、正直ダンガン本部長の負け惜しみだと考えていた。タマを裏から支配するあの魔王が現れたのだ。ランク1にすらなっていない奴らが逃げ果せる訳がない。油断があった事は否定出来ない。しかし居るかも分からない行方不明者の探索なんぞにいつまでも資金を回せる程の余裕も無かった。
男は不安と焦燥に駆られ、遂には一本の電話を掛けるに至った。それはタマ生命の持つ影の刃───
胡蝶之夢の休憩室。お昼を片手に黒パーカーの女、タマは配信の様子を見てニヤリと笑っていた。どうせ放っておいてもじわじわとバレるのは知っていた。だったら宣戦布告も兼ねてタマ生命にドカンと1発揺さぶりを掛けてやった。ここは最果ての街アングルス。どれだけ焦っても迂闊に手を出せる程近くも無いし、甘くも無い。
ラフィが注目を浴びている今、迂闊な行動を起こしてくれれば万々歳。タマ生命の伸ばした刃を絡めとる準備を整えていた。
そして街に燻る一発逆転を狙う配信者たちもまた、リコリコの生配信を横目に準備を整えていた。動くなら今しかない。目指せ夢の登録者数100万越しのARチューバー。静かに戦いの狼煙が上がろうとしていたのだった。