41.side1、幻のパンプキンモンスターは皆の心の中に
「幻のパンプキンモンスター様がラフィをもふっていいって言ったんだもん!ご神託を受けたんだから!」
胡蝶之夢の休憩室、ぐいぐいとボクを抱きしめて撫で摩るお嬢の一人が言った。
「幻のパンプキンモンスター様がよ。今日は1瓶10万するアイツを開けちまっていいって言ってんだ。」
クリムゾンイシダさんはいかにも高そうなお酒の瓶を片手に楽しげだ。
「お使いかい?はは、ほら一個サービスしようか。幻のパンプキンモンスター様が持ってけって。」
厨房の賄いメニューの買い足しに蜘蛛の巣街に行けば、店主のおじさんが笑顔でおまけしてくれた。
「幻のパンプキンモンスターね。最近流行ってるじゃない。」
パンタシアにて。リビングで寛ぐタマさんが口にした。雑談の中飛び出たどこか聞き覚えのある名前。昔何処かで聞いた事あったのに。覚えてない。
「街の誰もが口にしますね。まったく、集団幻覚でも見てるのでしょう。薬物臭いジャンキー野郎がラフィ様に近付くのは度し難いのですが。」
ボクの目の前をたゆたう虹色の泡。ブランさんが口から吐き出したシャボン玉がパンタシアをどこか幻想的に‥‥
「おい、コラ。野外と室内の見分けが付かないポンコツが何してんのよ。」
ってダメだって!シャボン玉を室内で吐いちゃめっ!ですって!というよりそんな機能あったの?!
タマさんの放ったクッションがフリスビーのようにブランさんの顔に直撃した。
明らかに重量のある物体がブランさんの顔を打つ鈍い音。思わず転倒するブランさん。ニヤニヤ顔でシャッター音を鳴らす悪いタマさん。
クッションの中に何か仕込んだみたい。あわあわするボクはタマさんとブランを見回しておろおろ。
「どうせ室内清掃は自動ですし、そんな事より集団幻覚にストレスを抱えたラフィ様の癒しが優先でしょうが。」
「ラフィの癒しはこれでいいのよ。」
しゅるりとボクの肩をくすぐり、首筋を尻尾が撫で上げた。きゃっ!くすぐったいですって!
尻尾が巻き付いて引き寄せられればスン、と大人しくなってしまう。
「てかどうせアレでしょ?こういう時に流行るモンって宗教的な。」
宗教。前の掃討戦で大勢の死者が出たし、多くのヒトが身内を失ったりで心の支えが必要になったのかも。でも幻のパンプキンモンスターなんてどういう神様なんだろう。そういえば。
「あっ。聞いた事あります。多分がっつりした宗教というよりスーパーカジュアルカルチャー‥‥その。言語化が難しいですけど。」
そもそもニホンコク人の共通認識としてニホンコクには八百万の神がいるとされている。不思議だけど、特に宗教を信じてないってヒトでもこの認識だけは結構共有されていた。
この共通認識の前では唯一神でも、偶像の無い概念的な神様でも八百万の一柱として迎え入れられてしまう。ありがたい神様はいくら居てもいいって考え方なのかは分からないけど、宗教をある意味身近なものにしていた。
スーパーカジュアルカルチャー‥‥SCCはそんな考えが転じて、宗教をエンターテイメントに。ファッションとして着飾るステータスに。コミュニティに気軽に参加して居場所を増やす機会として浸透していた。
八百万も居るんだし、オリジナルの面白くて親しみの持てる神様を自作して皆で信じて楽しんじゃおうってノリのもの。幻のパンプキンモンスターなんて名前からしてそういう類のものだと思った。
細かい戒律が決まっていて、練られた世界観があって、ヒトを生かす正しい道を示す宗教を若者達は受け入れない。
娯楽がパンクしたこの時代に、一見して難しそうな気配が漂うものは皆寄りつかないから。
SCCの入信は簡単。発信元となってるSNSのアカウントをフォローするだけ。戒律無し、世界観は二次創作頼り、宗教の信徒であるってステータスを得た気になれる。
宗教というよりそれっぽいなんちゃって宗教文化。お手軽だけど皆で共有し易くて、同じものを信仰する団結心が流行りを生んだ。今のアングルスで流行ってるSCCもそんな感じなんじゃないかな。
‥‥という沢山の前提知識を交えた説明が必要で。やっぱり全部を言語化して説明するのは難しい。だけど多分タマさんもなんとなく雰囲気で知ってる筈。よくSNSでも、まとめサイトでも、ニュースでも話題になるんだから。
「あー、アレね。説明出来ないけどこう、推しの創作神で盛り上がっちゃおう的なアレ。この前も波濤のコロッケ男爵神の信徒達がトウキョウシティで大集会開いたってニュースになってたわ。ジャガイモコロッケを所構わず振る舞って回ったんだっけ。」
「総理にコロッケを振る舞うとか言い出して国会議事堂前で警備と揉み合いになったって。あはは、変なお話です。」
「信仰も過ぎれば集団ヒステリー案件でございますね。まぁラフィ様の笑顔の糧になった分、件の騒動で逮捕された数人の人生にも価値があったのでしょう。」
ブランさん。そういう事言っちゃめっ!ですから。アングルスでSCCが流行ったという事は、やっぱり皆この前の悲劇を引きずっているんだ。SCCは孤独を紛らわすもの。大切なヒトを失って、繋がりが欲しくなったヒトがハマりやすい。何か出来る事はないかな?皆には笑顔でいて欲しいのに。
掃討戦で亡くなった方達のお葬式は個別に行われず、大葬儀って形で纏めて遺体が焼かれた。胡蝶之夢からも何人かお嬢が帰らぬヒトになり、ボクも喪服姿で参列していた。泣いてるヒトも居たし、黙祷を捧げるヒトも居た。暗い影は未だに皆の心を覆っているようだった。
「友人や家族が居なくなったりで皆孤独なのよ。だからSCCにでも縋ってヒトの輪に入りたくなる。とはいえ、幻のパンプキンモンスターなんて聞いた事ないわね。」
有名どころじゃないのかな?誰が広めたんだろう。SNS‥‥ハムハムで調べてみれば一つのアカウントに辿り着いた。
幻のパンプキンモンスター様の導き手
そんなアカウントのフォロワー数は1000人。連日の投稿からここ最近で一気に伸びたアカウントって感じがした。
『#パンプキンモンスター 5日後にパンプキン祭を開催!アングルスに集まれ!』
『#パンプキンモンスター 最近伸びてるけどリアイベやるんだ。行こうかな』
『#パンプキンモンスター カボチャのFAがハムにめっちゃ流れてくる』
『#パンプキンモンスター アングルス最近デカい事件あったし伸びまくってるのこれが原因だろ』
『#パンプキンモンスター カボチャ料理出て酒飲んで騒いでキャンプファイヤー?こういうので良いんだよ』
『#パンプキンモンスター マジかよアングルス住まいじゃないけど行ってこようか』
『#パンプキンモンスター アングルスと言えば風俗の街だよな。胡蝶之夢に凸る良い機会』
『#パンプキンモンスター 最近流れてきた天使の羽の動画もあるしアングルスに行けば天使君に会える?』
わっ。ボクの事だよね。天使君って呼ばれてるんだ。話題にされるのはこそばゆいような、恥ずかしいような。でも折角だから、街を明るく出来そうなお祭りに参加したいな。ええと、どうすれば。
「ラフィ、気になるの?」
共有モードでホロウインドウをいじいじ。ハムハムにハムつくボクの頭に尻尾がぺしっと乗っかる。タマさんも一緒に覗き込んできていた。
「はい。この前の件で街が暗いままなのはヤ、です。出来る事は無いかなって。」
「参加したいんだ。なら、主催者のアカウントにDMしてみなさい。」
『ラフィ』
突然のメッセですいません!アングルスにいる開拓者のラフィです!お手伝い出来ることありませんか?!一緒にお祭りを盛り上げたいんです!
送信、と。
まだかな?
返信来ないかな?
‥‥
返信来ないかな?
「待ちきれずにソワソワするラフィ様も愛くるしいですね。」
ブランさん!そわそわなんてしてません!って、返信来た!
『幻のパンプキンモンスター様の導き手』
お手伝いしてくれるの?明日、お昼に胡蝶之夢の食堂に来てくれるかしら?
胡蝶之夢?てっきり街のどこかで待ち合わせだと思ったら。もしかして胡蝶之夢のお嬢とか?
思わずタマさんと顔を見合わせてしまった。




