41、街を分ける2つの巨塔はピエロと虎のお姉さん
「あ〜、満足♪満足♪」
ぽんぽん、とお腹をさすりながら鼻歌混じりのタマさんは尻尾でボクの片腕を引いていた。もう片方はシロさんの手のひらに収まってきゅうっと握られている。両手を引かれて歩くのは、タマさんとブランさんに連れられて慣れてはいた。
‥‥幼児みたいで恥ずかしいけど。
「ラフィくん、大はしゃぎで可愛いかったね〜。」
「一緒にご飯できて楽しかった〜。」
シロさんとハクさんも上機嫌に尻尾でくすぐってくる。あ、タマさんの尻尾が2人の尻尾をさり気無く払い除けた。タマさん達はにこやかな雰囲気で笑い合いつつも、ボクに巻きつく尻尾がもちゃもちゃと居場所を奪い合う。
「くすぐったいですっ!ふぁ‥‥!」
よく手入れされた柔らかい動く尻尾に頬を撫でられるのは気持ちよく、落ち着かないけどついなされるがままにしてしまう。マーキングだっけ。獣尾族は特に匂いを気にする。匂いのなすり付け合いにさすさすふにゃふにゃ‥‥
その後も流れで近くのお洒落なバーでちょこっとお酒を入れ(ボクは勿論アイスとジュースセット)、気の向くままに近くのお店を梯子する。そんな中、通りに面した小さな公園の茂みから1人の男が飛び出してきた。最初は薄暗いお陰でよく見えなかったけど‥‥うわぁ。思わずボクは目を隠してタマさんの背に隠れる。
局部が丸出しだった。
それにお尻の方から嫌な振動音が低音で響き、ボク達の前で転がったままくねくねと身を悶えさせる。いつの間に無表情になったタマさんが袖下から取り出した銃を構え‥‥
「おうおうおう、何だよ逃げなくてもいいじゃねぇか。」
ドスの効いた声にびっくりして向いた先、公園の暗がりからゾロゾロと獣の耳と尻尾を揺らした集団が現れた。
「げっ。」
小さく声を漏らしたシロさんとハクさんが身構え、タマさんも一旦銃をしまって彼女達を睨み付ける。肢体を艶かしく見せる事を意識したようなボンテージ姿の6人の覆面の女性達。そんな怪しい集団を連れるのは、覇気のある目をした虎の耳と尾の獣尾族の女性。タマさんより少しだけ年上かなって感じで、強そうって印象を受けた。
でも傷一つない顔はすっごい綺麗で、紅白のリボンで雑に纏め上げた派手な金髪を揺らしてタマさんを睨み返していた。
「あん?てめぇは‥‥何だよ、帰って来てたのか。似合わねぇ街に居るんだな。」
「アグニこそこんな往来で何してんのよ。随分趣味が悪いのね。」
ハッハッ!って景気良く笑い、アグニさんは手先のスイッチを弄ぶ。ああっ、バイブ音が急激に強く、弱く波の様に揺れ動く。虫の鳴くような男の情け無い声も通りの雑踏に消え入ってしまう。
「こいつがオレらの金をちょろまかしてたんだよ。お仕置きの真っ最中だったんだ。アゴーニ流のな。」
アゴーニ流?お仕置きってこんな事するの?
疑問を口にできずタマさんの後ろからアグニさんをチラチラと覗き見る。
「この街の住人は大なり小なり戦える奴が多い。暴力に訴えるやり方じゃあ上手く回らないんさ。サキュバス連中のやり方を真似てみりゃあ、ハッハハッ!中々上手くいくもんだ。男も女も羞恥刑が一番効くんだよ。」
カラカラと笑うアグニさんと、ふと目が合った。ニンマリした口から舌をちょろっと出してボクを覗き込む。
ピイっ?!と逃げようとするボクはあっさり腕の中に抱えられてしまった。話しながら駆動魔具で後1歩の距離まで歩み寄って来ていた。その一瞬の間にも、タマさんの尻尾とアグニさんの尻尾が交差し火花を飛ばす。いつに間にタマさんの尻尾の先に付けられた短くも鋭い刃先が、アグニさんの尻尾の先に付いた鉄甲に弾かれたのだ。さっきまで2人とも尻尾にそんなの付けて無かったのに、即座に臨戦体制に入っている。
「おいおい!何だよこのちっこいのは!カレシって奴か?」
「そんな所、ね!」
瞬時に装着したブレードランナーの低空回し蹴りが、瞬き一つの間に青い弧を宙に残す。だけどボクの体は浮遊感と共に弧の上を通り過ぎ、身軽なステップでボクを抱えたままのアグニさんが衝撃もなく着地した。
「ふんふん、お前の名前は?」
「ええと、ラフィです。」
「その顔見た事あるな。ちょっと待て。そうだ、ハムハムで話題になってた奴だ!タマの連れだったのか。」
交差した尾と尾が火花を散らし、無言で蹴り掛かるタマさんをいなしつつもアグニさんは悠長にボクとお話ししていた。互いに本気って感じは無いけど、このヒトやっぱり凄い強いのかも。そう思うと自然とボクはしっかりと支える腕の中で小さくなってしまう。
「これが噂の癒しの力か?ふふふ、今日はアタイの抱き枕のバイトはどうだい?言い値で出してやろうか。」
「ううっ。」
このヒトこの街を牛耳るマフィア、アゴーニの関係者さんだよね。部下っぽいヒトも連れてるし、簡単に断っちゃダメそう。タマさん、助けて!
「うわっ?!」
タマさんの蹴りを躱したその瞬間。気配を消して背後から近付いたシロさんにボクを奪われ、ハクさんの蹴りをお腹に受けて吹っ飛んでしまった。公園の暗がりにごろごろ転がるもそのままくるりと体勢を立て直し、ケタケタと笑っていた。
「ハッハッハ!ラフィはガードが多いようで。」
そう言いつつ暗がりから出た所で、ボク達の背後から近付く嫌な気配を感じた。調子のいい軽いステップがレンガ敷きを小突き回し、さも楽しげな鼻歌にタマさんも嫌そうな顔で振り返る。
まず目に飛び込んで来たのは特徴的な青のフルフェイスヘルメット。小洒落た黄色いスーツの上から羽織った、末端が蛸足の様に枝分かれした赤のコート。片手に携えたステッキを揺らしてご機嫌に道を行く。
「んあっはっは!おやおやおや??こんな所で奇遇だねっ。アゴーニのボス猫と、色街の暴れ姫、それに隅っこの街に舞い降りた天使くんまでいるじゃないか。」
ボス?えっ?!アグニさんってもしかしてアゴーニの?!
「そうだね。それに、そこのちんちくりんはL.Cのボス、ピクルスとかいう奴。頭おかしい狂人さ。」
ボクを抱えるシロさんがこっそり教えてくれた。こんな所にマフィアのボスが勢揃い。どうしてそうなったの?!
ボクが驚く内に、コツンと頭をステッキで叩かれる。紙吹雪を残し、いつの間にシロさんの間横に移動したピクルスさんはバァッと覗き込んできた。フルフェイスヘルメットのお陰で顔は全く見えないけど、楽しげな笑顔が見えるように感じてしまう。
「わわっ?!」
慌てて飛び退くシロさんはボクを抱きしめ、ハクさんが前に出て威嚇した。
「んあっはっは!はいビックリ頂きました!で、何してたん?俺も混ぜて欲しいなぁ。」
「ちょっとした自己紹介だよ。はぁ、アタイらは帰るぞ。おい、脇で伸びてるそいつも抱えてけ。」
嫌気の差した顔で踵を返すアグニさん。顎で指示を飛ばし、バイブ音の発信源を抱えた連れのボンテージ達と一緒に何処かへ行ってしまう。
「アタシらも帰りましょ。」
タマさんも自己主張の激しいピクルスさんを無視して背を向ける。
「おいおい、連れないなぁ。俺、無視されんのすっげぇ嫌いなんだけど。」
「言っとくけどここで暴れたら面倒になるわよ。何で一人でふらふらしてんのかしんないけど、ここはアゴーニのシマよ。全面抗争でも起こす気?」
背中越しに言うタマさんに、肩を竦めるピクルスさん。
結局それ以上絡まれず、ボク達は色街まで無事に帰ることが出来た。マフィアのボスって言うともっと強面のおじさんってイメージだったのに。キャラが濃いっていうか、色々と想像以上な存在だった。
でも二人とも相当な実力者だと思う。アグニさんはタマさんの攻撃を容易く躱していたし、ピクルスさんの瞬間移動にはシロさんもボクもまったく反応出来なかったしね。彼らから色街の独立を保つ抑止力として認められるタマさんはどれくらい強いのかな?よくトレーニングルームで簡単な手合わせをするけど、いつも1分も持たずに抱き枕にされてしまう。
この街に来て、改めてタマさんの背中をより大きく感じたのだった。
ーアゴーニー
獣尾族を始めとした様々な亜人が集まって出来た亜人系マフィア。金勘定や組織運営力なんかより腕っ節な亜人らしい脳筋縦社会が特徴。アグニの秘書が実質的に組織の運営を統括している。
ーロスト・コンパス(L.C)ー
アングルスにふらりとやって来た新参ニホンコク系マフィア。元開拓者や旅団を脱した傭兵が集まって出来た。ボスが風来坊で頼り無い代わりに、組織構造自体はしっかりしていた。ボスのピクルスが連れる幹部とその取り巻きを母体に急成長した組織であり、単純な規模ならアゴーニを凌ぐ。
ー胡蝶之夢ー
一介の娼館がどうしてこれらに並ぶ影響力を手にしたかは諸説あり、確実に言える事は色街の支配者は胡蝶之夢という事。マフィア達が鼻の下を伸ばす色香を牛耳り、3大欲求の一つを支配する胡蝶之夢の存在感は異質だった。




