国王の言葉
「・・・・・・・・・」
右手を真紅の滴を滴らせ、無表情のライアン殿下は普段から想像できないくらい冷たい青い眼をしている。
もう、握り締めた拳から滴る滴が赤ワインなのかライアン殿下の鮮血なのか、心配で声をかけたいのに、無表情のライアン殿下が怖くて言葉をかけるのを阻まれてしまう。
ライアン殿下はどんな時も平常心で、普段は余程の事がない限りその笑顔を絶やさない。
幼い頃か後ろをついて回っていたジュディアンナだがライアン殿下が怒りの感情を表に出したのは少なくとも初めて見た。
無表情だけど、怒りの感情はビリビリ伝わってくる。
「・・・・・・」
「・・・・ガチギレだな」
声を顰め、そう言いながらジン皇子は視線を後ろへやると、後方のエリック殿下ば普段とは違う実兄の冷たい視線に、先程まで国王陛下に睨まれ蛇に睨まれたカエル状態だったが、今は、まるで処刑前の囚人のようだった。
と、その時険悪な雰囲気の中、
「やめんか、未熟者が」
「ッッ!?」
呆れた声と共に、国王陛下がライアン殿下の頭を軽く叩いた。
びっくりした表情のライアン殿下が後ろを振り向くと、呆れた顔をしている国王陛下がそこに立っていた。
「ライアン、今日は祝いの場。感情的になって流血沙汰など笑い話にもならんぞ」
「ッ、・・・・、父上」
「ジン皇子、我が息子達の無礼の数、申し訳ない。」
眉を下げ、済まなそうにジン皇子へ謝罪をする国王陛下に一同目を見開いた。
だが、ジン皇子はすぐに右手を左胸に当て、高台にいる国王陛下へ深く頭を下げた。
「・・・いえ、私こそ些か挑発し過ぎました。御子息への無礼をお許しください」
「いや、出来るだけ当事者達で解決させようと傍観していた、儂にも非がある。済まなかった」
溜息を吐きながら、呆れたような顔をする国王陛下。
その顔は、何処か父親の顔をしていた。
そして、国王陛下はエリック殿下へ目をやると、青ざめた顔で固まっているエリック殿下を見下ろし、
「エリック」
「ッッ!!」
実父に名を呼ばれビクリと体を震わせるエリック殿下。
「お前は、お前自身がこの国を背負うに相応わしいと思っているのか?」
「ッ!!!も、もちろんです!!父上!!」
静かに実父に問いかけられ、自分に僅かな希望を見た、エリック殿下は周りを囲む衛兵を押し退ける勢いで答える。
「では、お前はこの国がどう見える?」
「へ?」
突然の国王陛下の質問に思わず間抜けた顔をするエリック殿下。
「どうした?答えれぬのか?」
「あ、いや、そ、そうですね。国土は他の隣国に比べて些か手狭に感じますが、他国との交易は悪くない。この国には農村地域の他にいくつかの鉱山があります。
ですので、もっと鉱山企業に力を入れて、民から税を徴収し、更なる財と国の発展を、」
「誰が、この国の財政の話を聞いた。儂は、お前がこの国がどう見えるのか聞いたのだぞ」
国王陛下の低く鋭い言葉が、エリック殿下の言葉を遮った。
「は?」
「はぁ・・・・・。ここまで来ると、怒りを通り越して呆れしか無いな」
「へ?」
国王陛下が深い溜息を吐くと、小さく呟いた。
「エリック。儂はな、この国を美しく思っておる」
「はぁ??」
「確かに国土は他の隣国より狭く思えるが、自然が豊かで、国民も儂らを慕い、働き、街や村も賑わいがあり、建物もとても美しいと儂は感じておる」
「は、はぁ・・・・?」
エリック殿下は国王陛下の言葉の意味が分からず生返事をしてしまう。
だが、私もジン皇子もリーナ叔母様もライアン殿下も、周りの人達も静かに国王陛下の話に耳を傾けていた。
「4年前、ジュディアンナが、アンジェリーナの茶会に招かれた時だ。ジュディアンナが儂にこう言った。「この国はとても良い国ですが、私の親友には些か不便に思えます」っとな」
確かに、偶々帰郷時に叔母様に招かれたお茶会で、私の言った言葉だ。
「当時、ビオラに熱を入れていたライアンがそれを聞いて、直ぐにマーシャル公爵を筆頭に数家の有志を集い、儂の許可を得て国道の整備を実行し始めた。
確かに、金も人も動く大変な事だったが、ライアンは、戸惑う国民と向き合い説得し、協力を得て、僅か数ヶ月で国道の整備を完了させた」
そう、数年前はエンミリオン王国では道はあっても地面が剥き出し、市街に出れば、あぜ道状態の道だった。
だが、国土整備工事を終えこの国の7割の道が多くの貴族と民の協力によって、外観にも美しく、きちんと整備された道が敷かれている。
「大きな道では道を馬車が走る車道と人が歩く歩道と分け、歩行者が道を横断する場所を複数作る事で、馬車による人身事故の割合が大幅に減った。
更に、道をキレイに整備した事で、今までよりも馬車の揺れも軽減され荷台の荷物の損傷も少なく、物資の運搬は勿論、輸出、輸入に関しても大きな利益を生み出した」
誇らしそうに語る国王陛下多くの人が共感の表情をする。
「ビオラがライアンの嫁として王家に嫁いで来たが、彼女は博識で特に医療、介護、介助についての知識が高い。
この国にも、事故や病気で何かしらのハンデを抱えている者がいる。
ビオラは自身の身体を教訓にこの国で同じように身体の不自由がある者の手助けがしたいと、儂に進言した。
彼女が発案した、介護、介助の知識は今まで手の回り切らなかった、身体に障害を持った者の助けに大いに役に立っている。また、身体に障害を持ち、それでも働きたいと願う者に適性された仕事を与えた。仕事をする者が増えればそれだけ、民に余裕が生まれる。皆、よく働いてくれているぞ」
「へ?は?」
国王陛下の言葉に信じられないと顔に出す、エリック殿下。
「お前達が先程叩き割ったり、握り潰したワイングラスのデザインは皆、身体に障害を持ちながらも働きたいと願った者達が丹精込めて描いた傑作だ。ワイングラスだけでは無い。
我が国から輸出している工芸品の幾つかは、身体に何かしらのハンデを抱えた者達が携わった作品だぞ」
「そ、そんな事、」
「知らなかったのであろうな。お前は,興味を持たなければ無関心。特に、勉学、経済的な事に関してはよく逃げて関わろうとしない。それで、よく財政の話を口に出来たものだな」
呆れる実父の言葉に顔を真っ赤にして、何か言いたげに口を開けては閉じていた。
「エリック。その者に何かが欠けているのであれば、周りが補えば良い。ただそれだけの話だ。生きたいと願うのであれば尚の事だ」
そう言った国王陛下の言葉は、簡単そうに聞こえる言葉だが、実際そんなに簡単な事ではない。
周りとは違う障害を持つ人達への理解と知識。そして、全国民へ対しての偉大なる愛情をジュディアンナは感じる事が出来た。
「お前は自分が次期王だと言った。お前にとって、王とは何だ?王座に座れば、それで王か?上部だけの国を束ねるだけが王か?自分の我を押し通す事が王か?自分の非を他人に押し付けるの事が王なのか?」
「・・・・ッ、~~~~~」
国王陛下の問いかけに答えられず、悔しそうに顔を歪め、居た堪れないと言うふうに実父から視線を逸らすエリック殿下。
「答えられないか。答えられないと言うことは、それだけ、お前が未熟者だと言う事。お前はただ単に、他人を見下して自分は偉いと勘違いをして優越感に浸っていただけに過ぎない」
「ッ、父上!!私は、私なりにこの国のを想って、」
「それで、ありもしない婚約の婚約破棄をしてジュディアンナを非難し、ギア帝国皇子であるジン皇子を挑発するような発言をしでかし、そして、実兄であるライアンの妻のビオラを侮辱したと?随分と思い上がっていたな」
「ち、父上・・・」
「まだ、王座を譲る気は無いが・・・・次の王位はライアンだ。国の為、国民の為に努力を惜しまないライアンは良き王になるだろう。ライアンの子が世継ぎになるかは、次期王であるライアン達が決めれば良いい」
「そ、そんなぁ」
実父からの兄の次期王位の確定宣言に情け無い声を上げるエリック殿下に王子の風格は最早無いに等しかった。
「時に、エリック。お前は、そこの男爵令嬢と一緒になりたいと言っておったな」
「へ?」
「許してやろう」
「は、へ?」
唐突の実父の言葉に、間抜けた声を出すエリック殿下。
周りも、声には出さないが怪訝そうな表情がちらほら見える。
「エンミリオン王国国王、アシュベル・ルイーズ・ゴルドンの名の下、第2王子エリック・トム・ゴルドンと男爵令嬢モニカ・グーデルの婚姻を此処に認める」
「ほ、本当ですか!?父上!!」
「え!うそ!?」
国王陛下の突然の許しに、顔を綻ばせ歓喜の声を上げるエリック殿下とグーデル嬢。
だが、その表情は次の瞬間、
「それと同時に第2王子エリック・トム・ゴルゴンの王族の除籍を此処に宣言する」
一瞬の沈黙。
「・・・・・・・え?」
「は?」
国王陛下のその言葉に2人の表情が崩れ落ちた。
「お前が、良からぬ輩に唆されて、民に無用な税の引き上げで税金を騙し取ろうとしている報告を受けている。証拠も証人も抑えてある」
更なる国王陛下の追い打ちの言葉に皆、驚き会場が一気にざわつき始めた。
「へ、はぁ!?な、何を仰って!!私は何も知りません!!ッッ、離せ!!!」
「キャ!?な、何で?!私は関係ないでしょ!!!」
今度は驚愕と言った表情をするエリック殿下、いや、元殿下は青い顔で何とか国王陛下に弁解しようとするがグーデル嬢と共に近くに控えていた衛兵にあっと言う間に取り押さえられた。
「まだ、決行されてはいないが、そこの男爵令嬢の家も無関係では無かろう。婚姻を認めてやるから夫婦揃って神妙に取り調べを受けよ。追ってお前達の新たな処分を言い渡す。連れて行け」
「この、離せ!!わ、私はこの国の為を、想って、父上!!!話を、話を聞いてください!!!!」
なんとか取り繕うとする息子に国王陛下は、
「エリックよ。儂は確かにお前の父親だが、それ以前に儂はこの国の王。国に仇なす芽は早々に摘み取らねばならん。それは親子であっても関係は無い」
そう言い放ち、問答無用といった風に右手を振ると、2人は引き摺られるように、会場を連れ出されようとする。
「い、いやぁ!!なんで!?こんなの違う!!想っていたのと違う!!!」
「待って下さい!!父上!!父上!!」
見苦しく騒いで会場の外に引き摺られるグーデル嬢とエリック元殿下。
その時、ジュディアンナの目とエリック元殿下の目が合った。
「ッ!!ジュディアンナ!!!私を助けろ!!」
「げ、」
またいきなり名指しで呼ばれ、思わず心の底から嫌そうな声が出てしまった。
「私を助けろ!!私を助けたら、愛人、いや、側室に置いてやる!!だから、助けて、私達を匿え!!!」
私を睨み付け有りったけの声で叫ぶエリック元殿下。
もう、この人に正常な判断ができるほどの精神は残っていないのだろう。自分がどれだけ愚かなことを口走っているのか理解していないんだろうなぁ・・・・。
そう考えると、とても愚かで馬鹿らしくて、哀れに思えた。
だから、私は、とびっきりの笑顔を浮かべ、そして、元殿下に向かって、
「ん」
下瞼を指で引き下げ、小馬鹿にするように小さく舌を出した。
「~~~~!!!!」
元殿下は、怒りで何かを言おうとしたその瞬間、
バタン!!
会場の出入り口の扉が閉まった。
「・・・・ふぅ、皆もの、我が愚息のつまらない茶番に付き合わせて済まなかった。さて、仕切り直しといこうか」
国王陛下は何事もなかったかのように、リーナ叔母様の隣へ。叔母様も何事もなかったかのように微笑んでいる。
側にいたライアン殿下とお父様は少し複雑そうな顔をしていたが、何も言う事は無さそうだった。
「・・・・・・なぁ、本当にあの第2王子が横領を考えていたのか」
「・・・・・・さぁ?あの人、乗せられやすい性格ですから、誰かの口車に巧く乗せられたんじゃない?裏目に出たみたいですけど。この国では縁を大切にしていますけど、一度でも切った縁には容赦はありませんから」
ジン皇子の疑問にジュディアンナは小さく肩をくすめ興味なさげに答えた。
その間に、使用人達が素早く会場の床に叩きつけられたワインと砕けたワイングラスが掃除され、お父様が持っていたグラスは回収され、ライアン殿下のワインで濡れた手袋を取り替え、新しいワインと果汁水、ワイングラスが手渡された。
「さぁ、皆の衆。今宵は、我が妻の誕生祭、ジュディアンナの婚約、我が初孫の報告。そして、この国の豊かな縁を讃え、乾杯!!!」
「「「「「「乾杯!!!!!」」」」」」
会場に響く国王陛下の音頭に多くの者がワイングラスを高らかに掲げた。
そうして、一悶着あった王妃の誕生祭はその後、何事も無く、何事もなかったかのように、幕を閉じた。
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