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番外編  過去と今

キッカケは本当に些細な事だった。


姉さんと喧嘩し、腹いせに姉さんが大事にしていたビスクドールの顔にちょび髭と猫髭の落書きをした。

そしたら、姉さんは烈火の如く怒り狂い、たまたま手直にあった分厚い辞書を俺の頭上へと持ち上げた。


「ジンの馬鹿ぁ!!!!」


泣きながら怒る姉さんがその辞書を俺の頭に振り下ろした。

ガンと言う衝撃を脳天に喰らい、俺は痛みよりも先に意識を失った。


深く深く沈んだ意識の中で俺は不思議なものを見た。


住み慣れた王宮ではなく、野や畑、田舎のある土地に俺は立っていた。

そして、


「ショウイチ」


女の人に、いや、母親に名前を呼ばれて俺は気づいた。

これは、前の『俺』だと言う事に。


鈴原 勝一。

少し身体が大きい事くらいしか取り柄のない普通の男だった。

人見知りで、慣れていない人と喋るのが苦手で、涙脆く、よく泣き身体が大きい事からよく熊のようだと友達や親戚から揶揄われていた。


そんな俺も年頃になり、一人の女性とお見合いをする事になった。


待ち合わせの場に行くとそこに居たのは、桜色の着物を着た、『桜』のような人だった。


その時、俺は人見知りで碌に会話らしい会話も出来なかった。でも、彼女は、雪村 小夜子さんは、俺が話す事をちゃんと聞いてくれ、笑い、共感してくれた。


お見合いを終えた後も何度も会いに行った。

その度、小夜子さんは笑顔で迎え、俺の手を取りいろんな場所へ連れて行ってくれた。


また会いたいと言う感情がずっと一緒に居たいと言う気持ちになるまでそんなに時間はかからなかった。


そして、散々考えて、考えて、考え抜いて、俺は桜が舞い散る桜の木の下で一世一代のプロポーズをした。

小夜子さん、いや、小夜子は笑って頷いてくれた。


でも、今思えば、かなりクサイプロポーズだった。


小夜子と結婚して、長男の陽一が生まれた時は本当に嬉しくて泣いた。

双子の女の子の朝子と日菜子が生まれた時も嬉しくて泣いたが、二人がお嫁に行った事を考えて、二人とも嫁に出したくないと思った。

そして、次男の明が生まれた時、やっぱり俺は泣いた。


月日が巡る度に子供達が成長する。

優しい妻と可愛い子供達。

当たり前の事だが、それが、嬉しくて、幸せで、愛おしい。


「勝一さん」


子供達に囲まれながら俺に微笑ながら名前を呼ぶ妻を見て、どうしようも無い愛おしさと幸せを噛み締めていた。


ずっと、続く思っていた。

俺が歳をとって、爺さんになっても、隣には婆さんになった小夜子がいる。

そう、信じていた。


あの時、まで。


仕事場の炭鉱での突然の落盤事故だった。

俺は、逃げ遅れた同僚を助けに炭鉱の中に止まり、救助にあたっていた。

そして、俺は落盤に巻き込まれ、足を挟まれて動けなくなった。


あの時、動かない体で生に縋り付く中、リアルに死神の足音を感じた。


嫌だ、嫌だ!!

俺は、まだ生きたい!!

先日、陽一と大人なったら酒を飲み交わそうと約束したばかりなのに!!

朝子と日菜子の誕生日プレゼントも買いに行かなきゃいけないのに!!

俺に似て泣き虫な明も俺が居なければ絶対に泣くのに!!

こんな所で死ねないんだ!!!


落盤が続き、崩れた壁がどんどん目の前に迫ってきた。


まだ、やりたい事が沢山ある。

美味いものをみんなで食べに行きたい。

色んな場所へ連れて行きたい。

小夜子と一緒に子供達の成長をずっと見守っていたい。

まだ俺は、家族を幸せにしきれていない!!


俺は、俺は、俺は!!!


『勝一さん』


その時、頭の中で小夜子の声が聞こえた。

思い出してくる『桜』のような大切な妻の笑顔。


・・・・・・・小夜子。


俺は、ちゃんと、小夜子を幸せに出来たのかな?


ずっと一緒に居たかった。隣で笑って欲しかった。


わがままを滅多に言わない君だ。きっと、色んな不安も不満もあっただろう。

幸せにしたかった。泣いて欲しくない。


・・・・でも、君には子供達がいる。


きっと、大丈夫だ。

突然俺が居なくなって君は泣くだろうけど、子供達が側に居てくれる。


俺と君の子供だ。


きっと君を信じて励ましてくれる。器用で人付き合いの上手い小夜子だからきっと色んな人が手助けしてくれる筈だ。


・・・・・・だから、俺が居なくても大丈夫、だよな?


薄れて行く意識、俺は、一人笑った。


でも、もし生まれ変われるのなら、また人間になりたい。

今度は大切な人をずっと守れるような強い男になりたい。


もう一度、小夜子に、逢いたい・・・・・・。

そして、もう一度・・・・・・。


俺の意識は暗く沈んでいった。



次に俺が目を覚ますと、俺は王宮の自室のベッドの上にいた。


駆けつけた主治医が言うには俺は姉さんに辞書で殴られてから三日間寝込みその間に高熱を出したと言う事だった。

その後、部屋に駆け込んでこんで来た姉さんに泣きながら謝られた。


俺は眠っていた時に見た事は誰にも言えなかった。

7歳の俺がそんなこと言っても夢だと言われることがわかっていたから。

でも、夢だとは思わなかった。思いたくなかった。


「・・・・・小夜子」


記憶の中で俺は確かに恋をしていた。

俺が愛したたった一人の女性。

この世界で逢える日は来てくれるのだろうか。


7歳の俺は年甲斐もなくそんな事を考えていた。



だが、現実は、


「父様、抱っこして下さい!!」

「父様!おんぶして下さい!!」

「こら、お前たち、父上に飛び付くな!!」

「キャー!!兄様コワーイ!!」

「コワーイ!!」


屋敷の庭園。

可愛い赤髪の双子の娘、フェルシアとシンシアを黒髪の長男、ジェシーが咎める。

小さな娘達はキャッキャ笑いながら、仔猫のように俺の足に纏わりつく。


「ほーら、ジェシー、フェルシア。シンシア。怪我するわよ」


視線を上げると、そこには小夜子、いや、ジュディアンナが笑っていた。

妻の腕の中には生まれたばかりの柔らかい赤毛に褐色の肌のロジャーが抱かれている。


彼女を探すのは絶対に長丁場になると覚悟をしていたのに、まさか、あんなにも早く見つける事ができたなんてな思いもしなかったなぁ。


心の中で思わず苦笑した。


前世で妻だった小夜子がこの世界でジュディアンナとして生まれ変わり再び俺の妻になった。

そして、偶然にも今では前世と同じ4人の子宝にも恵まれた。

子供達は優しくて、しっかり者なのに頑固で、甘え上手でいじっぱりな泣き虫だ。まるで、あの子達のようだった。


だけど、この子達はあの子達では無い。

前世での俺に未練は完全無いと言えば嘘になる。

だが、俺が、ジンが、前世で鈴原 勝一だったと言う話は、不思議な話だし、妻以外に話していない。

これからも俺達夫婦が生まれ変わりだと言う事は誰にも言うつもりは無い。


今は、ただ、今世の家族を守る。


そう心の中で呟きながら抱っこを強請るフェルシアを右腕に、おんぶを強請っていたシンシアを左腕に抱き抱える。

嬉しそうに首に抱きつき、はしゃぐ、フェルシアとシンシア。

それを見て、呆れたようにため息を吐くジェシー。

そして、その光景を幸せそうな笑顔で小さなロジャーを抱くジュディアンナ。


「あなた」

『勝一さん』


ジュディアンナの呼ぶ声と記憶の小夜子の声が重なる。


「ああ、幸せだな」

「え?父様なーに?」

「なになに?」


抱き抱えた娘達が首に抱きつきながら不思議そうに聞き返してくる。


「ん?何でも無いよ」


俺はそう言いながら、娘達を抱えたまま妻と息子の元に歩き出した。


「ジュディ」

「はい?何ですか?ジン様」

「・・・・生まれて来てくれて、ありがとう。愛している」

「へ?・・・・え!!」

「ッ!!」


ジュディアンナは俺の言葉を聞いて、ポカンと惚けたと思ったら見る見るうちに顔を赤らめた。

ついでに隣にいたジェシーもつられて顔を赤らめた。


思春期の息子には少し刺激が強かったか?


「キャー!!母様と兄様がお顔真っ赤!!」

「真っ赤っか!!」

「クク、ハハハハ!!!」


そんな妻の顔を見て俺とフェルシアとシンシアは顔を見合わせ笑った。

ジュディアンナは頬を赤らめながら恥ずかしそうに笑い、ジェシーも頬を赤らめ拗ねたように睨んできた。

ジュディアンナの腕の中のロジャーはキョトンとした顔をしている。


前世の自分に未練や後悔が無いといえば嘘になる。


だけど、戻りたいとも思わない。


俺は、この世界で俺を選んでくれた家族と笑って、泣いて、ぶつかって、そうやって歳をとって行く。

今度は俺も一緒にひ孫に逢えるように。



最後まで読んでいただきありがとうございます。

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