これからもずっと
前世で夫であったジン皇子のプロポーズを受けたジュディアンナだったが、その後が少し問題があった。
実は、ギア帝国の北の国境に点在する武装民族はアネア、ロドロア、アルチャの3つの部族で構成されておりギア帝国に属してはいるが、互いの利害が一致せず、長年にわたり三部族の膠着状態が20年近く続いている。
この三部族の膠着問題にギア帝国帝王はギア帝国第5皇子であるジン皇子とギア帝王と交流が深いアネアの民族族長の娘(当時10歳)との政略結婚を行う事でジン皇子をアネア民族に婿入りさせ、更にはギア帝国の後ろ盾で武装三部族を纏める長に、と言う話が持ち上がっていた。
当の本人は知らされておらず、知らない間に結婚話が進んでいる事にジン皇子は大激怒。
自分の父親である帝王陛下に直談判し、激しい口論の末に国王陛下は5年間の間に三武装民族の和睦協定を結ぶ事が出来なければ族長の娘との結婚話を進め、和睦協定を成功させればジュディアンナとの結婚を認めると宣言した。
ジン皇子はジュディアンナにプロポーズをした翌日にエンミリオン王国へジュディアンナの両親に会いに行き、ジュディアンナにプロポーズをした事、そして、ギア帝王の結婚の条件を事情を説明し、数日後に北の国境へ送り出されることとなったのだ。
ジン皇子はギア帝国王家ジェルフに生を受けてから生まれ持ったカリスマ性と人望、そして知性で協定に難航していた先方人員をまとめ上げ、本来10年以上かかると言われていた膠着問題を三部族長等に直々に交渉、時には力尽くで交渉の場に連れ出し、三部族長を集め話し合いをさせた。
若干20歳の若造に正論を突きつけられ、反発する者も勿論いたが、 3年の月日をかけて部族長同士で互いの意見を出し合い、不備のある所をギア王国が負担すると言う形でなんとか落ち着いた。
3年後ジン皇子は和睦協定を成功させると、直ぐに父親に報告。
入れ違いで母国帰国していた婚約者を追いかけ、その足で隣国のエンミリオン王国へ向かった。
そして、エンミリオン王国王妃誕生祭で起きた、あの茶番劇に遭遇したという訳だった。
「っふふふ」
狭い布団で寝ている、夫の勝一、ジン皇子の腕の中で鈴原小夜子としての記憶を取り戻した時のことを思い出し、ジュディアンナは思わず笑った。
「ん?何笑ってるんだ?」
「んー、3年前の事。貴方が私を見つけてくれた時の事思い出していたの」
腕の中にいるの顔を覗き込むジン皇子にジュディアンナは幸せそうに笑う。
「正確にはお前を見つけたのは、お前の国の第一王子のライアン王子の結婚式の時にお前を見つけたんだ」
「結婚式って、ライアン殿下とビオラの結婚式に?」
「ああ、あの結婚式には俺もライアン王子の友人として招待されていたからな。その時、お前を見つけた。まあ、殆ど直感に近いものだった」
ジン皇子はちょっと苦笑しながら笑う。
「だから確信は持てず、その場で声をかけることが出来なかった。
だが、どうしてもジュディアンナ・マーシャルが鈴原小夜子だと思えてならなかった。だから、あの日お前を呼んだんだ。ちょっと賭けに近いものだったけど」
「そうだったんだ・・・・・、そう言えば、ジン様はいつ前世の記憶を思い出したの?」
「・・・・・・・・7歳の時、二つ上の姉貴と大喧嘩して姉貴に分厚い辞書で頭を殴られた。その時、頭の中に俺では無い俺の記憶が蘇って来て、頭の処理が追いつかなくて、倒れてそのまま高熱出して3日くらい寝込んだな」
「ええ~~~、そう、だったの?」
「ああ、姉貴は恐いし、頭割れたかと思った」
苦い顔をして語るジン皇子に、思わず笑ってしまう。
今のジン皇子には6人の兄君と姉君、そして2人の弟君と妹君の9人兄妹。
見た目は逞しくて男らしいのに、やっぱり上のお兄さんお姉さんには頭が上がらないのかな?
「ジュディは思い出してから何か体調に不調はなかったか?」
「ええ、ちょっと、混乱しそうになったけど、ちゃんとみんなの事思い出せましたよ」
「そうか、・・・・・・・今、エンミリオン王国でビオラ嬢、妃殿下が推奨している『養護福祉施設』の建設計画の話はもしかして、お前の前世での記憶も関係しているのか?」
「ええ、と言っても、朝子が養護学校の教員への道を選んで私も少し勉強した知識をビオラに教えただけだけど、役に立って良かったわ」
「え、朝子が?」
「ええ、ちなみに日菜子は保育園の先生で陽一は消防士。明は会社勤めだったけどボランティアでよく日本中飛び回って、行っていたわ」
「え?明が?あの人見知りが激しかった明がか?本当か?」
私の言葉に、子供達の成長に目を丸くするジン皇子。
「ええ、本当よ・・・・・・子供達はいい大人に育ってくれましたよ」
「そうか」
「はい。みんな、一生懸命に働いて、良い人出逢って、結婚して、孫ちゃん達もひ孫ちゃんもとても可愛いかった、っと」
ポスッ、
そこまで言うと、ジン皇子がジュディの胸に子供のように顔を埋め、
「・・・・・・・・・ああああ~~~~~~、見たかったぁぁぁぁ」
心底残念そうに大きく呟いた。
あ、しまった・・・・。
ジン皇子の呟きを聞いて、ジュディアンナは少し後悔した。
ジン皇子の記憶の中の子供達はやっぱり子供の頃のものだから仕方がない事だけど、
「・・・・ごめんなさい。あなた」
「ぅぅぅ~~~、いや、先に逝ってしまった俺が悪い。本当に苦労をかけてしまった。ごめん」
「もう、謝らないでください、あなた」
「でも、」
小さな子供のように拗ねている夫の頭をそっと撫でる。
「それに、前世での、あの炭鉱の落盤事故は誰にも防ぎようが無かった。それでも、貴方は自分の危険も顧みないで、他の炭鉱夫さん達を助ける為に命懸けで助けに行った。貴方に助けられた人達が言っていたわ。「勝一さんのおかげで命を救われた。ありがとうございます」ってね」
「・・・・・・・・・・」
「ジン様。貴方のお葬式に沢山の人が来てくれたのよ?親族だけじゃなく、近所の人から仕事仲間の人、遠方からもお友達が。みんな、貴方の別れを心から泣いて、惜しんでくれたわ。不謹慎だったけど、こんなに貴方を、鈴原勝一と言う人間を愛して慕ってくれる人達がいた事にとても嬉しく思えたの。誇りに思えた」
小夜子としての記憶の中で多くの人が夫の死に涙し、悲しんでくれた。
そして、いきなりの夫の不幸に心挫けそうになった私に、15歳になったばかりの長男の陽一が目に涙をいっぱいに溜めながらも、私の手を強く握ってくれた。その横顔は真剣な時の勝一さんの表情とよく似ていた。
12歳の朝子と日菜子も泣きながらも、私に抱き着きながら「大丈夫だよ、お母さん」と言ってくれた。
9歳の明はいつもは泣き虫のなずなのに、その日はずっと泣くのを我慢していた。
ああ、やっぱり、この子たちはお父さんに似て強い子達なんだ実感した時だった。
「確かに、前世での勝一さんとの別れは悲しかったし苦しかった。だけど、それ以上に貴方は私にかけがえの無い時間と宝物をくれたの。だから、私は生きたの。どんなに大変でも苦しくても、あの子達を守って、ちゃんと育てて、貴方の分まで生きようって決めたの」
「・・・・・・ちゃんと、幸せになれたか?」
「・・・・ええ。辛い事も苦しい事もいっぱいあったけどね。でも・・・・納得のいく人生だったわ」
「・・・・・再婚は考えなかったのか?」
「貴方以外の夫は、考えられなかったもの。私は、あなたがよかったの」
「そうか」
胸に顔を押し当てていてジン皇子の顔は見えないが声がどこか安心したように聞こえた。
そんな、夫の頭をそっと抱き締めた。
「・・・・・・あなた、長生きしてね」
ジュディアンナはそっとジン皇子に囁いた。
あの日の朝。いつもと変わりなく、いつもと同じように夫に「行ってらっしゃい」と言って仕事へと見送った。
だけど、やっと家へと帰ってきたあの人は、「ただいま」と言ってくれなかった。
「・・・・私も今世を精一杯生きていくから、頑張って生きるから、今度はもっと長く一緒に生きて行きたい。置いて行かれるのは、もう嫌よ?」
子供みたいなワガママだ。
人の運命はいつ何があるか分からない。だけど、再び巡り逢えたこの人を手放したく無くて、ずっと一緒にいたいと願ってしまう。
「置いて、なんて行かないさ・・・・」
「え、ッ、わぁ」
腕の中から囁くような小さな声が聞こえたと思った瞬間、横向きだった身体が動き、仰向けになり、目の前には夫の顔があった。
「置いて行かないさ。あの時、死の間際で俺が、お前たちを置いて逝ってしまう事に気付いて、どれだけ後悔したかわかるか?あんな思いはもう御免だ。俺も頑張って生きるから、ジュディも長生きしろ」
互いの鼻先が擦れ合うくらい顔が近い。
月明かりに照らされ解かれている赤髪が顔に垂れ落ちる。
だけど、それが嫌では無かった。
金色の眼が目の前の瑠璃色の瞳をじっと見つめる。
「俺もひ孫見るからな」
悪戯好きの子供の様に笑うジン皇子に、思わずつられてジュディアンナも笑顔になる。
「ふ、あはは」
「何で、笑う。俺は本気だ」
「それを言うなら、私も本気よ。貴方も私と生きる覚悟を決めてもらうからね」
挑発的にジン皇子の眼を見つめ笑うと、それに答えるようにジン皇子も笑みを深くする。
「上等」
ジン皇子が不敵な笑みを浮かべながらそう呟くと、
「ッ!!あ、んん、ちょ、ちょっと!!」
スルリと、寝衣の中に手を入れジュディアンナの素肌に手を這わせる。
突然の事に先程の挑発的な笑みは驚きと気恥ずかしさで顔を赤く染めた狼狽えた表情に変わった。
「ん?どうした?」
「どうしたッ、って、急に、アッ!」
「いやー、よく考えたら結婚初夜に花嫁に何もしてやらないもの男としてどうかなぁ、と思って」
「ちょ、ちょっと、待って!!」
獲物を狙うようなジン皇子の眼にジュディアンナは真っ赤になって慌てジン皇子を止めようと声を上げる。
「・・・・・なんだよ」
妻に拒否され不機嫌そうな顔をするが、顔を真っ赤にして視線を泳がせる妻。
「あの、えっと、その、明日はジン様のお義父様とお義母様との大切な会食があるから、その・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・・明日、腰が立たなくなるのは、ちょっと」
赤い顔で語尾が段々と小さくなるジュディアンナ。
だが、前世でこの雰囲気になって次の日無事に布団から起き上がれた記憶がジュディアンナには無かった。
期待をしていなかったと言えば嘘になるが、今の夫は屈強な身体に丹精で整った顔立ち、自分を見下ろす熱の籠った夫の瞳に今になって緊張してしまい、戸惑ってしまうジュディアンナ。
だが、先程まで自分を慰め諭し挑発的に笑った妻が、今自分の腕の中でいじらしく顔を赤く染め身を小さくする姿を見て、ジン皇子は笑みを深くし、妻の耳元に顔を寄せ、
「・・・・先に断っておく。手加減出来る保証はない」
「ッ、ふぇ??」
いきなり耳元で低くも艶のある夫の声に思わず一瞬固まってしまった。
「大丈夫だ。親父殿には明日朝一で手紙を送っておく」
「て、手紙って、なんて伝えるつもりなんですか!?」
「・・・・・・・・・・・・・・腰痛」
「理由!!!!!」
ジン皇子の答えに更に顔を赤くして、声を上げるジュディアンナ。
そんな、聞いて分かる人は分かる理由、恥ずかしいすぎる!!
ジンに抗議を言おうとするが、
「あー、ちょっと黙ってろ」
「ッ、ンン!!」
その言葉は、ジン皇子に塞がれてしまった。
ああ、もう、こういう所も変わらないのね・・・・・・。仕方ないなぁ。
唇を塞がれて、半ば諦め、目の前にいる夫の首に抱きつき更に引き寄せた。
翌日、本当に起き上がる事が出来なくなり、文句を言う妻を慰めながら、両親に会食の欠席の連絡の手紙を送るジン皇子。
その手紙に目を通したギア王国国王と王妃は、
「孫を見る日は近そうだな」
「そうね。孫は何人いても嬉しいものですからね」
そう笑い合っていた。
数ヶ月後、ライアン殿下とビオラとの間に可愛らしい男の子と女の子の双子が無事に産まれた。それから程なくしてジュディアンナも小さな命をその身に宿した。
ジュディアンナの懐妊に両親も義両親も喜び祝いの言葉を頂き、ジン皇子は前世同様に泣いて喜んでくれた。
月日が過ぎ、子供達が元気に走り回り声をあげて笑いあう。そんな光景を見るのはもう少し未来の話。
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