《11.幸せなひととき》
王城から脱出するということはかなり難易度の高いことである。しかし、それはシーラが単独で行った場合のみでの話であり、ましてや王族の誰かが逃亡の手助けをしてくれようものならば、その難易度は急激に下がり、何の疑いも掛けられずに外へと逃げられる。
問題があるとするならば……。
「……私もお義姉様と一緒に行きたい!」
アズラエル王国の姫であるニーフ・リフ・アズラエルがシーラの側を頑なに離れようとしないということだろう。
「いい加減にしてよ〜、お姫様なんだから、アズラエル王国からいなくなるわけにいかないでしょ」
少年は、シーラにひしりとしがみつくニーフをなんとか引き剥がそうと腰のあたりを引っ張っている。
そんな2人のささやかな攻防戦を動かず見守っているのが困り顔のシーラだ。
「ニーフ姫殿下、私もニーフ姫殿下に久しぶりにお会いできて嬉しかったのですが……その、彼の言うことも一理あると思うのですよ」
シーラの言葉を聞いてなお、ニーフは諦めなかった。
「嫌ですわ! お義姉様とせっかくまた一緒にいられるのに、すぐまた離れ離れになるなんて……」
「もう……わがまま言わないでよ〜」
「部外者には、このお義姉様を想う私の気持ちなんて分かりっこないんですわ!」
──えっと、どうすればいいのかしら?
もはや蚊帳の外状態のシーラにとって、どう対処していいのか考えは浮かんでこなかった。シーラのことを手放すまいとするニーフの執念は凄まじく、強者の風格と余裕の立ち振る舞いをしてきた少年が全く相手にならないほどにシーラにピッタリとくっついていた。
「もう、一般人のくせになんでこんなに力が強いの……」
「一般人ではありませんわ。私はアズラエル王国の姫……これしきの逆風、耐え切ってみせますわ」
「その忍耐力は邪魔だからぁ〜」
──なんだろう。弟と妹がいたら、きっとこんな感じなんだろうな。微笑ましい。
シーラは完全に考えるのをやめていた。
この和やかなやりとりを今だけでも堪能していようという打算と純粋にこの時間が楽しかったからである。
──こんなに気構えしないでいられる時間はいつ以来かしら。
思えば、グレアスと婚約していた日々は我慢の連続であったとシーラは思い耽る。
決して愛情を向けてこない婚約者とその様子をいいように利用して陰口や悪口を無制限に投げ込んでくる貴族の令嬢、令息達。どれだけ退けても次から次へと湧いてきて、手のつけられない状態だった日常は、脆く崩れ去った。
──幽閉されたのは、辛かったけれど、息苦しい日々から解放されたと考えれば、結果的によかったかもしれないわね。
周囲の視線と王太子の婚約者という立場という両面から板挟みにされ続け、心を擦り減らしながらの毎日は息つく間もないものだ。
視野も狭まり、冷静さもなくなっていた。
──目の前のことに精一杯になって……だから、ニーフ姫殿下が私のことをこんなに大切に考えてくれていることにも気付くことができずにいた。
「……本当に敵だらけなんて嘘だわ」
シーラは嬉しそうに独り言を呟いた。
「も〜、笑ってないでお姉さんもなんとかしてよ!」
少年の恨言を聞きながら、シーラはそれでも笑みを絶やさずむしろ、クスリと微笑んでしまった。
「ちょっ、笑い事じゃないのに」
「ごめんなさい。……そうね、確かにニーフ姫殿下と一緒には行けないわね」
「だよね。説得よろ」
「だから、王城から出るまで一緒に行くというのはどうかしら?」
その一言でニーフは華が咲いたかのような嬉しそうな顔になる。
「うん、妥協してそれでいいわ!」
「正気ですかぁ……あんまり良くないと思うけどなぁ」
少年を諭して、ニーフを含めた3人で王城から外に出るまでの間行動することを決めたシーラであった。
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