【物語】デュアルソリッド 『シリュースの声 後編』
004
セントリア病院は敷地内に広大な公園も有する。ウトルたちがその公園内に入ったところで「ぼっちゃま!」と、叫びながら黒いスーツをきっちり来た白ひげの老人がお供ふたりと一緒に、ウトル達の前に現れた。
「じい!なんでわかったんだ!?」
驚くポーラに、じいと呼ばれる老人は
「ぼっちゃまのことは何でもお見通しです!お母上様は必ず戻るのでお待ちください、とあれだけじいが申しましたのに……ささ、帰りますぞ!」と、ポーラやウトルたちを取り囲んだ。
ウトルは「なんだなんだ!?お前おぼっちゃんなの?どういうこと?」と目を丸くして言った。ポーラは涙目のままだ。
「なんでこいつの親に会ったらだめなんだよ!せっかくここまで来たんだからいいじゃんか!」
ウトルは、じいに食ってかかった。
その時、黒服の一人が「何奴!」と木陰に向かってナイフを投げた。直後、その場から一気に暗い迷彩服姿のものが5人現れウトルやじいのお供たちに襲いかかってきた。
「おのれ、我らと知っての狼藉か!?無礼な!」
じいは語気を強め、自らも気合い十分に迷彩服の集団と応戦を始めた。
「坊ちゃま方は固まって!じいが守りまする!」
じいは叫びつつ、ウトルとパーシャもポーラと共に守り迷彩服の男どもをぶん投げまくった。
しかし、何かの音と共に、急にじいが倒れ込んだ。
「おのれ、狙撃兵か!ぬかった!」
肩から流血させつつ、彼は茂みの方向を睨んだ。
迷彩服のひとりが「石を渡せば命は取らぬ」とウトルに言った。
「石……?」
ウトルは言いかけて、止めた。こいつらの目的はシリュース!?
彼は冷や汗を流しながらも『どうしたらみんなを守れるか』と考えた。
ひとまずタブレットの緊急アラームをこっそり押した。アラームは父のタブレットに繋がっている。
エイミテがふいに「そうだ!ラビットに助けてもらう!」と叫んだ。ウトルがそれを聞いて目を丸くした瞬間。遠方のアウロア技研所の方向で低い音と共に灰煙が上がり、空気を切り裂く高音と共に白光がこちらに一気に近づいて、上空で制止した。
ウトル達が見上げると、白い機体が背部6枚羽型エコーエンジンを真珠色に輝かせて顔と金色のメインアイをこちらに向けている。
「ラビット!」
ウトルは驚いて叫んだ。閉鎖空間のコロニー内に体高20メートル弱のデュアルソリッドが飛ぶなんて!一大事だ!
「ラビット!頼む!暴れるなよ!」
彼は大声で無機生命体に嘆願すると、パーシャとポーラに「俺から離れるな」と言いつつタブレットで緊急コードを開いた。父から万が一の切り札と教えられた極秘コードだ。
そのコード信号を受けラビットはウトルを認識し、降下した。迷彩服の集団は「こいつら、メーシェ財団のものか!退くぞ!次の指示を待つ」と言いつつ脱兎の如く逃げていった。
そこへ一台の黒い車が高速でウトルの近くまで来て緊急停止し、中から作業着姿のラピスが飛び出てきた。
「ウトル!どうした!?」
大声で呼びかけるラピスに、彼も「俺もよくわからない!ポーラかシリュースが狙われたのかも!」と答えた。
ラピスは負傷しているじいにも声をかけ、救急コールをした。
「技研の方。私は財団管理部の者。襲ってきたのは月の者だ。ぼっちゃまではなく、少年を狙っておりましたぞ。石がどうとかと」
じいはラピスの作業着を見て話した。そして小さなポーラを抱くと、彼に礼を言った。
その時、ラピスのイヤホンに『ステラメーシェ本部よりデッキとクルーに緊急通達。出撃命令』と無線が入った。
彼ははウトルとラビットを見て「ウトル!ラビットに乗れ!パーシャも!そこが安全だ!あとは私が指示する」と言った。ウトルは戸惑いつつもラビットが開いてくれたコックピットにパーシャと共に乗り込んだ。
「10分以内で戻る。アレイシャのアップを」
ラピスはイヤホンに言いつつ、タブレットでラビットにコード指示を行った。そして無線で「ウトル、聞こえる?」と閉鎖完了されたラビット内部に話しかけた。
『うん、大丈夫!』
中から元気なウトルの声がした。
ラピスは車に乗り込みつつウトルに「狙われたのはシリュース。危ないのはエイミテだ。エイミテは逃げたほうがいい」と話した。そうして彼は一気にアウロア技研所へ車を飛ばした。
005
ラビットのコックピット内はとても穏やかな音が響いている。しかし、みんなの顔はしんみりしている。
「私のせいで……ごめんなさい」
エイミテがしょんぼりして言った。
ウトルも「俺も全然エイミテを守れなくて、ごめん」と謝った。
ふと、コックピット内に静かな鈴音がたくさん響いた。
「ラビットが励ましてくれているみたい」
パーシャはラビットに「ありがとう」を言った。
そこへサイドモニターが展開してラピスの通信が入った。
ラピスは『今別の作業でそっちに行けなくてすまない。代わりにアレイシャから補助コントロールを行う。ラビットもいい子で優しいから大丈夫』とみんなに伝えた。
『エイミテ、すまない。今はこれで許して欲しい』
彼はエイミテに付け加えた。
エイミテは「ううん、ラピスのこころはわかる。ありがとう」と答えた。
『では、今からラビットは決められたコースでコロニー外に出るから安心して。あとはまた後で連絡する』
ラピスはそう話すと、通信を切った。
アレイシャのコックピットではウトルとの通信中にもデッキからの指示が入る。
『月衛星砲にエネルギー高反応と角度の変化あり。射軸がセラナに向いた様子。セラナ手前で迎え撃て。反粒子砲使用許可、指定地点で別機にて受け渡し。発進タイミングはパイロットに任せます』
それと共に衛星砲のモニタリングデータが流れ込んでくる。彼はそれを横目で確認しつつ、コロニー『底面部』である鈍色のカタパルトエリアに機体を移動させた。誘導ランプ、グリーンラインの先にはほの暗い宇宙空間が広がる。
『アレイシャ、発進する!』
朱色の機体は、背部羽型と四肢後部付属のエコーエンジンを燃える様に青白く輝かせ、重低音と共にカタパルトから一気に宙に飛び出た。
006
アレイシャは目標地点でエンジンを蛍の様に輝かせながら制止し、月衛星砲の射軸真正面に位置した。
機体背面には巨大なコロニー・セラナが浮かぶ。セラナに数カ所見える円柱状エコーエンジンも薄白く輝いている。
ラピスはアレイシャにて機体の倍はある反粒子砲を構え、エコーエンジンからもケーブルでエネルギーをさらに急速充填しつつ迎撃に備える。薄暗いコックピット内はエンジンの鯨の声と、低い弦の音が響くのみ。
「誤差修正幅調整完了。向こうの発射タイミングをお前が。射撃タイミングは全てこちらで」
ラピスはアレイシャに言うと、後は無言で発射桿を軽く握った。
絶対に、当てる。彼はただそれだけに集中した。
ついに合図の短く鋭い鈴音が鳴り、ラピスは発射桿を押した。モニター上では一直線の光が、幾重にも空間をつんざく音を追い抜き、狙った一点に向かった。そして月からの光とぶつかる。ふたつの光は楕円に拡散して、消えた。
「こちらアレイシャ。攻撃は対消滅。任務完了。これよりラビットの方に向かい帰還する」
ラピスはデッキに報告した。
コックピットの中ではキラキラした鈴音とイルカの笑う声が響く。彼もやっと、ヘルメット内の表情を和らげた。
007
ウトルとパーシャの乗ったラビットはゆっくりと宇宙空間を移動し、やがて地球の見える地点にて制止した。
「エイミテ、君のシリュースを拾った地球だよ。君は地球のどこかにいるんだ」
ウトルはエイミテに話した。
「私は自分のいる場所が青くて丸くて輝いていることを初めて知った!宇宙も知った!みんなと会えた!それだけでもとても嬉しいよ、ありがとう。ここからなら帰れる、大丈夫」
彼女はふたりに笑顔で言った。
パーシャは「私は地球に行ったことがないの。エイミテ、また会えたらいいな。地球の素敵なところを教えてね」と涙ぐんで言った。
「うん。また会おう。おしゃべりして、パフェも食べようね」
エイミテも彼女をハグして、笑った。
「ラピスにもありがとうと伝えて」
エイミテはウトルからシリュースを受け取ると、そのままラビットの装甲をすり抜けて宙に出た。彼女はラビットのメインアイに向かって手を振り、そこから光の塊になると地球に向かって一直線に消えていった。
モニターから見たその淡いグリーンに輝く光は、地球に落ちる流星の様であった。
「ウトル。いつか地球に連れて行って」
パーシャはウトルの顔を見て言った。ウトルも頷き、彼女に「約束する」と答えた。
コックピット内にワルツの様な響きが加わった。ウトルもパーシャもその音に笑顔が出た。
そこに『待たせたね、帰ろう』とラピスの無線が入り、メインモニターに朱色の機体が現れた。
『ラピス兄ちゃん。ありがとう』
ウトルのことばにラピスは静かに微笑み、宙を見つめた。
宙にシリュースの流星音が残っていて、アレイシャがそれに鈴音を加えてくれた。
みんなは無事に、それぞれの場所に帰還することができた。
(了)