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彼女の心の中の人として去って行く人

 新学期になってからのある土曜日。

 俺は東方グッズ巡りに秋葉原に来ていた。

「なんだこの免許証は……!」

 店の中でにやついている俺は、どう考えても不審者だろう。

「あー! やっと見つけた!」

 そう言って俺と同じ商品を手に取った男は、ふと俺を二度見する。

「あ! 田宮さんじゃないっすか!」

 いやにオタクらしくないイケメンが隣に来たな、と思っていたが、彼は望月の中学時代の後輩の山名公明だった。

「おう。久しぶり」

 俺は片手をひょい、と挙げる。

「この前はありがとうございました! 俺、建築関係の内定貰いました!」

 建築関係とは言いつつ、危険な肉体労働なんだろうな、と思う。

 山名公明はLDという発達障害のせいで文字が読めないらしい。

 望月とは特別支援学級で助け合ってきたのだそうだ。

 この前、山名が仕事の内定が決まらずに望月に泣きついているところに居合わせて、マックで愚痴を聞いた経緯で知り合った。

 彼は非常に前向きで喋り方が論理的な子なのだが、やはり、障害があるという一点だけで苦労しているなと思う。

「よかったな。おめでとう。どうだ? たこ焼きでも食いながら喋らね?」

「いいっすね!」

***

 内定祝いに山名にたこ焼きをおごろうかと思ったのだが、バイトもしていない高校生におごられても嬉しくないらしく、断られた。

「望月さん、元気ですか?」

「おう。成績もいいし」

「すごいなあ。あの人」

 ほのぼのと会話をしながら、たこ焼きを頬張る俺達。

「望月さん、泣いたりしていません?」

「あいつが? そんなイメージないけど」

 俺の言葉に、山名は真面目そうに言った。

「あの人、中学時代はクールぶっている癖に、臆病な人だったんですよ」

「まじか」

 今と真逆だな。

「でも、仲良くなれば朗らかな人でした。まあ、臆病なのは変わりないけど」

 懐かしむ山名に、俺は呟く。

「今はもっと……感じの良いバカみたいな奴だぞ」

「ああ。それは……」

 山名は寂しげに微笑んだ。

「俺みたいになろうとしているんですよ」

 俺は何と答えたらよいかわからなくなる。

「望月さんには望月さんのいいところがあるし、結局自分にしかなれないことに気が付かないんです。あの人」

 結構厳しいことを言う山名に、俺も頷く。

「無理しなくていいのになあ」

「それは田宮さんがいい人だからですよ。大抵の健常者は発達障害者に対して、無理してでも他人に迷惑をかけないように振る舞えって思います」

「そうかなあ。健常者だって他人に迷惑かけているぞ」

「望月さんや俺と一緒に暮らしたらわかります。そうも言ってられなくなります。

 俺と望月さんは、一生懸命生きているだけなのに、他人に迷惑をかけて、自分が加害者になったような気になります。まあ、実際加害者なんですけど。

 障害なんて免罪符にならないんです。被害者からから見たら、過失も故意も同じなんです。

 でも、俺達は一生懸命生きているだけなので、責められたら傷つくんすよ、やっぱり」

 文字が読めないと、どんなことで迷惑をかけるのだろう。

 でもきっと山名も、傷つくことはたくさんあったのだろうな。

「望月さんはものすごくお喋りで、空気が読めない言動を繰り返して……。それが嫌なのか、クールぶって無口になって……でも俺が話しかけるようになってからはまたお喋りになりました」

 望月は不登校を経験しているらしいし、無口になる何かがあったのだろう。

「多分、望月さんは自分が普通じゃないことにものすごくコンプレックスを持っていると思うんです」

「それは……あるかも」

 普段描写してないが、望月はそこそこ愚痴っぽい性格だ。体育の時も「あーもう! 私の走り方、変!」とか言っているし、この前は「田宮くん。どうすれば黙れる?」と尋ねられた。

「でも、あの人、精神年齢が小学生じゃないですか」

「…………」

 俺は無言の肯定をする。

「望月さんってものすごく客観的に物を考える人だから、自覚はしているんでしょうけど。勝手に悩んでくれないんですよねえ。『どうすれば精神年齢が小学四年生じゃなくなる?』って二、三回訊かれましたよ。もういいから、気にすんなっちゅーに」

「俺も『どうすれば頭の良い言動ができる?』って訊かれたよ……」

 しかも、俺に訊いて満足できなかったのか増谷にも尋ねていたな。

「まあ、でも望月さんが他人に責められたり、殴られたりした回数が少ないのは、あの素直で優しい性格と普通よりちょっとだけ可愛い顔のおかげでしょうね」

「…………」

 俺はまた無言になる。いや、そうなんだろうけどさ!

「田宮さんは望月さんのこと、好きっすか?」

「え、あ」

 どっちの意味でだろう。友達としてなら好きだ。でも、付き合うかどうかと言われれば……。

「俺は好きですよ」

 山名は不敵な笑みで告げた。

「おめでとう。告っちゃえよ!」

 少女漫画でヒロインとヒーローをはやし立てるクラスメイトAを意識した口調で俺は言った。

 すると、山名は笑顔をへにゃりとしたものにシフトチェンジする。

「無理ですよ……。去年同じクラスだったあの時は、確実に両思いでしたけど。でも、それでも無理なんです」

 俺はなんといえばよいかわからなくなる。

 とりあえず、俺のたこ焼きは残り一個になったわけだが、それにつまようじを差す。

 そして、山名の口にねじ込んだ。

「は、はむ!?」

「口を開いてそういうことしか言わねえんなら、これでも食っとけ!」

 山名はもぐもぐもぐもぐと咀嚼して、やっと飲み込んだ。

「とっても美味しかったです。ごちそうさまでした」

 頭を下げられて、こういう時に形式ばった言動しかできない不器用さが望月に似ていて俺は笑ってしまった。

「まあ、就職したら彼女を作りますよ! 俺のことは気にしないでください!」

 にっこりと笑う山名。その顔はどこか晴れ晴れしていた。

「でも、望月さんにちょっとだけ優しくしてあげてください」

 こいつは社会の理不尽さに耐えられる、一番強くて優しい子だな。

 その後、俺と山名は連絡先を交換して別れた。

***

「おはよう」

 月曜日。俺は隣の席の望月に自分から挨拶をしてみる。

 望月はとても嬉しそうににっこりと笑って告げた。

「おはよう!」

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