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田宮ヤシロの過去 前編

「田宮くん、レース系上手いよねー」

 ゲーセンにて。同じクラスの友達の佐久間が言った。

 佐久間は虐められっ子だけど、気の良い奴で、休日もこうして一緒にゲーセンに行ったりしている。

「佐久間は始めたばかりだろ。年季が違うよ。早くゲーム廃になれ」

「ははは」

 ゲーセンに行って、帰りにアイスを食べながら帰る幸せな日々。

 正直、俺は教室の隅で大人しくしているタイプの人間だったが、これさえあれば何もいらなかった。

 でも、来年は受験生だし、こんなのんびりしていられないんだろうなー。

***

 学校へ行くと、佐久間の数学のノートがボロボロになっていた。

「先週、持って帰るのを忘れちゃったんだ……」

 佐久間は隣の席で悲しそうに呟く。

「俺のノート貸してやるから、新しいノートに写せよ」

 俺の言葉に、佐久間は「ありがと……」と呟いた。

 佐久間を虐めているのは、クラスの春日を中心とした六人グループだ。

 五人は正直言って、自分を守るために佐久間を生贄にしている臆病者だ。

 それで春日は威張っているだけのガキだった。

 俺は佐久間を虐めるなってあいつらに言ってやりたい。

 だが、大事にすると佐久間の虐めはもっとひどくなるんじゃないかと不安なんだ。

 まあ、一つだけ佐久間の虐めを解決する方法があるが……。

「田宮!」

 リア充っぽい男子、山下が俺に話しかけてくる。

「お前の友達、大変だな。お前も偉いよ、助けてあげて」

「いや別に……」

 俺が否定すると、山下はニッと白い歯を見せた。

「なんかあったら言えよな!」

 だったら今すぐ佐久間虐めを解決していただきたい。

 そう思ったが、それを彼に言うのは酷だろう。

 でも、何かあったら言ってね、という言葉は、結構上から目線なんだよなあ。

***

「プリント、ですか?」

 俺は職員室で担任に聞き返す。

「そう。春日くん、ここ三日風邪で休んでいるから、お家まで届けて欲しいの。家知っているでしょ?」

「まあ……」

 小学校が同じだったし。

 でも、親友を虐めている奴の家に行くのは、なんとなく気が進まなかった。

 ただし、それでもやはり断る決定的な理由がないので、結局、プリントを届ける羽目になった。

***

 春日の家はおんぼろアパートだった。

 多分、貧乏の腹いせに佐久間を虐めていたのだろう。

 佐久間のことを母子家庭だなんて言っている割に、自分の家はちゃっかり隠しているし。

 ピンポーン。俺はインターホンを押す。

 ガチャ。

「……なんだ。お前か」

 ドアを開けた春日がつまらなそうな顔をこちらに向ける。

 そんな春日の姿を見て、俺は動揺した。

「プ、プリントを届けに来た」

「あっそ。受け取った。じゃあ早く帰れ」

 春日は礼も言わずにドアを閉めようとする。

 俺はちょっと心配になって尋ねた。

「お前のほっぺの痣、なに?」

 春日の右頬には青黒い痣があったのだった。

「お前の知ったことじゃねえよ」

 春日が俺を拒絶した瞬間、部屋の中から男の低い声が聞こえた。

「お前の友達か?」

 男は明らかに無職風の中年だった。

「ちがっ。こいつはなんの関係も……」

「おうおう! お前に似て可愛くねえガキだなー」

 男がギンッと俺を睨む。

「お前、帰れよ」

 春日の焦った表情に気圧されて俺は頷く。

 俺は春日を裏切ったのだろうか。でも、そんな仲良くないしなー。

***

 春日がおそらく虐待されていることを知ってから、俺は春日に対して同情的な念を抱くようになった。

 春日は俺がプリントを届けた一週間後に登校してきた。痣は綺麗さっぱり取れていた。

 ある日、俺が学校に登校すると、佐久間は頭から水を被っていて、その肩には雑巾が載っていた。

 春日グループにバケツの水をぶっかけられたのだった。

 さすがにクラスメイト達が騒然とする。

 騒ぎを聞きつけて先生がやってきた。

「佐久間くん、どうしたの?」

 担任に尋ねられて、放心状態だった佐久間は、重い口を開いた。

「僕……虐められています」

「誰に?」

 担任の質問に、佐久間はすっと指を差す。

 その指の先に居たのは――――俺だった。

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