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「会いに来ちゃった」
「……私が呼んだからな」
にやっといたずらっぽく笑うその女に、傭兵は抑揚のない声で返す。すると女は軽やかにころころと笑い始めた。
「久しぶりでも傭兵さんはかわらないわねぇ」
ひとしきり笑って満足した後、女は右手を胸に添え、黒を基調とした仕立てのよい服の裾を軽くつまみ、お辞儀をした。
「商人リディス、傭兵さんからのご依頼を承り参上しました。とか言ってみちゃったりして。寒いから入れて」
美しい所作も冗談めかした口調ですべてを無にしたリディスは、いそいそと酒場に入ろうとする。が、急に動きを止めて目線を傭兵の腰の辺りに下す。
「こ、こんにちは」
傭兵の影に隠れながら少しだけ顔を出した少女は、おずおずと小さな声でリディスに挨拶をした。リディスは反射的に「こんにちは」と笑顔で返したが、少女を穴が開くほど見つめる。傭兵を見上げる。また少女を見る。
最後に傭兵で目線を止めてしばらく、リディスは手で半開きの口を押さえる。
「隠し子」
「違う」
リディスの言葉の言い終わりを聞かないまま否定する。その後すぐにリディスが何か言おうとしたので片手で制し、傭兵が言葉を続ける。
「依頼で預かっている子だ。名前は」
傭兵は隠れたままの少女の背中に手を添えただけだったが、少女は自ら影から出た。
「はじめまして、ソルナと言います」
そう言った後、女商人がしたのと同じようにお辞儀をする。ぎこちなさはあれど慣れた動きだった。
「素敵な自己紹介ありがとう。あたしはリディス。王都で絵の具商人をしているの。傭兵さんとは友達よ。よろしくね」
少女は目を丸くした。
「ようへいさんの友達?」
「そうよ。だからソルナちゃんともお友達になりたいなって思うんだけど、どう?」
リディスは中腰になって手を差し出す。
「はい、よろしくお願いします」
少女の頬がゆるみ、差し出された手を取った。
傭兵はひとりでに息をついた。この女商人との仲を否定する隙は与えられなかったが、これも二人の仲を取りもつ犠牲と思えば諦められた。
「さて、傭兵さん。挨拶も終わったし本題に入ろうじゃないの」
リディスはそう言って近くの長椅子に腰をかけた。傭兵はリディスの向かいの椅子に少女を先に座らせた。
「出せるものは何もないがいいか」
「お構いなく。店主さんの茶器を割って台所入れないんでしょ?」
傭兵は黙って視線をそらす。なぜかこの女商人には話が筒抜けだ。
「で? 急にお手紙で呼び出すなんて珍しいことして、どうしたの」
にやついた口元が隠せていないままリディスは話を切り出す。傭兵はごまかすように一度咳払いをして、口を開く。
「今日一日、ソルナと一緒に過ごしてくれないか」
「構わないけど。今日は休業にしたし」
「……私の手紙のせいか」
「一日休んだところで何もないわよ。商人リディスは自由だから」
それに、といいながら手を頬に添える。
「傭兵さんから『会いたい』なんて言われちゃったら、そりゃねぇ」
頬を赤らめたリディスに、四つ折りにされた紙切れを飛ばす。
「だったら試し書きの切れ端で返事を寄越すな」
まっすぐ飛んだ紙はリディスの額を軽く小突く。
「痛っ! わざわざ魔法使ってまですること?!」
立ち上がって訴えるリディスの鋭い視線を避けるように、傭兵は黙ってそっぽを向いた。あらゆる私情が入って魔力がこもりすぎたかも知れない、と心の中で謝る。
リディスは額を撫でながら椅子に座り直した。
「それじゃあ、ここで過ごせばいいのかしら」
「二人で王都に行っても構わない」
「いいの?!」
先に反応したのは隣に座っていた少女だった。薄い青緑の瞳を宝石のように輝かせて傭兵を見つめる。傭兵は少女の声に少しまぶたを持ち上げた後、首を縦に動かす。
「リディスがよければだが」
「そんな素敵な反応されたら行かなきゃでしょ! この商人リディスに任せて頂戴。最高の一日にしてみせるわ」
胸に手を当て自信ありげに笑むその姿は、理由はつけがたくも自信が本物であることを感じさせる。
「なら、ソルナちゃん。早速出発と言いたいところだけど、この辺とは違って王都はまだ全然寒いの。暖かい格好に着替えた方がいいわ」
「分かりました。着替えてきます!」
少女は屈託なくうなずいて、リディスに小さくお辞儀をしてから階段を駆け上がっていった。奥の部屋の扉が閉まる音が聞こえると、傭兵はすぐに魔法を発動させた。リディスと傭兵を囲む程度の薄い空気の膜が、蜃気楼のように揺らめく。
「どうして魔法?」
「聞きたいことがあるかと」
「なるほどね」
常に口元に浮かべていた笑みを消し去ったリディスは、紺色の瞳をまっすぐ傭兵に向けた。
「ないわ」
一言。傭兵は少し伏していた黒目を持ち上げるのに時間がかかった。
「だって傭兵さんが預かった子でしょ? 曰くがついてないわけないじゃない! 聞くだけ無駄、無駄」
姿勢良く座っていたリディスは、背もたれに身体を預けて首を振る。
「ずいぶんな言われようだ」
「否定してこないのもお察しよ」
「すまない」
リディスの目が細まる。そして、にやりと笑ってみせる。
「いいの。あたし、傭兵さんの役に立てるなら何でもやるって決めてるから」
紺色の瞳は嘘を言わない。傭兵は長く息を吐いて、その視線をただ受け入れる。
「今日は頼む。日没までにはここにいるようにしてくれ。私もそのくらいで帰れるはずだから」
そう言いながら傭兵は腰を上げる。
「依頼なんだっけ?」
首をかしげるリディスに、腰の袋から黒色の封筒を取り出して見せる。鮮やかな青の印章のない封蝋を見て、リディスは息をのむ。切りそろえられた前髪が目の光を隠す。
「……まだ続いてたのね」
「使い倒せるいい駒だからな」
傭兵は封筒をしまい直して、隣の自室にかけてあった外衣を羽織った。リディスの表情をゆがませる蜃気楼を撫でて魔法を解き、扉の取っ手をつかんだ。と、傭兵は思い出してリディスに振り返る。
「リディス」
傭兵に呼ばれて顔を上げたリディスの表情を読み取らず、口を開く。
「あの子は手首を痛めている。重たいものは持たせないようにしてくれ」
「分かったわ」
「それと」
傭兵は女商人から視線を外し、取っ手を押し下げた。
「十年も前のことだ。君が気にすることじゃない」
リディスが言葉を返したのかどうかは分からない。傭兵は目の前に広がった、酒場の外とは違う景色の場所に足を踏み入れた。




