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送者  作者: 桜刄
2章 ここにいるために
9/9

2

「会いに来ちゃった」

「……私が呼んだからな」

 にやっといたずらっぽく笑うその女に、傭兵は抑揚のない声で返す。すると女は軽やかにころころと笑い始めた。

「久しぶりでも傭兵さんはかわらないわねぇ」

 ひとしきり笑って満足した後、女は右手を胸に添え、黒を基調とした仕立てのよい服の裾を軽くつまみ、お辞儀をした。

「商人リディス、傭兵さんからのご依頼を承り参上しました。とか言ってみちゃったりして。寒いから入れて」

 美しい所作も冗談めかした口調ですべてを無にしたリディスは、いそいそと酒場に入ろうとする。が、急に動きを止めて目線を傭兵の腰の辺りに下す。

「こ、こんにちは」

 傭兵の影に隠れながら少しだけ顔を出した少女は、おずおずと小さな声でリディスに挨拶をした。リディスは反射的に「こんにちは」と笑顔で返したが、少女を穴が開くほど見つめる。傭兵を見上げる。また少女を見る。

 最後に傭兵で目線を止めてしばらく、リディスは手で半開きの口を押さえる。

「隠し子」

「違う」

 リディスの言葉の言い終わりを聞かないまま否定する。その後すぐにリディスが何か言おうとしたので片手で制し、傭兵が言葉を続ける。

「依頼で預かっている子だ。名前は」

 傭兵は隠れたままの少女の背中に手を添えただけだったが、少女は自ら影から出た。

「はじめまして、ソルナと言います」

 そう言った後、女商人がしたのと同じようにお辞儀をする。ぎこちなさはあれど慣れた動きだった。

「素敵な自己紹介ありがとう。あたしはリディス。王都で絵の具商人をしているの。傭兵さんとは友達よ。よろしくね」

 少女は目を丸くした。

「ようへいさんの友達?」

「そうよ。だからソルナちゃんともお友達になりたいなって思うんだけど、どう?」

 リディスは中腰になって手を差し出す。

「はい、よろしくお願いします」

 少女の頬がゆるみ、差し出された手を取った。

 傭兵はひとりでに息をついた。この女商人との仲を否定する隙は与えられなかったが、これも二人の仲を取りもつ犠牲と思えば諦められた。

「さて、傭兵さん。挨拶も終わったし本題に入ろうじゃないの」

 リディスはそう言って近くの長椅子に腰をかけた。傭兵はリディスの向かいの椅子に少女を先に座らせた。

「出せるものは何もないがいいか」

「お構いなく。店主さんの茶器を割って台所入れないんでしょ?」

 傭兵は黙って視線をそらす。なぜかこの女商人には話が筒抜けだ。

「で? 急にお手紙で呼び出すなんて珍しいことして、どうしたの」

 にやついた口元が隠せていないままリディスは話を切り出す。傭兵はごまかすように一度咳払いをして、口を開く。

「今日一日、ソルナと一緒に過ごしてくれないか」

「構わないけど。今日は休業にしたし」

「……私の手紙のせいか」

「一日休んだところで何もないわよ。商人リディスは自由だから」

 それに、といいながら手を頬に添える。

「傭兵さんから『会いたい』なんて言われちゃったら、そりゃねぇ」

 頬を赤らめたリディスに、四つ折りにされた紙切れを飛ばす。

「だったら試し書きの切れ端で返事を寄越すな」

 まっすぐ飛んだ紙はリディスの額を軽く小突く。

「痛っ! わざわざ魔法使ってまですること?!」

 立ち上がって訴えるリディスの鋭い視線を避けるように、傭兵は黙ってそっぽを向いた。あらゆる私情が入って魔力がこもりすぎたかも知れない、と心の中で謝る。

 リディスは額を撫でながら椅子に座り直した。

「それじゃあ、ここで過ごせばいいのかしら」

「二人で王都に行っても構わない」

「いいの?!」

 先に反応したのは隣に座っていた少女だった。薄い青緑の瞳を宝石のように輝かせて傭兵を見つめる。傭兵は少女の声に少しまぶたを持ち上げた後、首を縦に動かす。

「リディスがよければだが」

「そんな素敵な反応されたら行かなきゃでしょ! この商人リディスに任せて頂戴。最高の一日にしてみせるわ」

 胸に手を当て自信ありげに笑むその姿は、理由はつけがたくも自信が本物であることを感じさせる。

「なら、ソルナちゃん。早速出発と言いたいところだけど、この辺とは違って王都はまだ全然寒いの。暖かい格好に着替えた方がいいわ」

「分かりました。着替えてきます!」

 少女は屈託なくうなずいて、リディスに小さくお辞儀をしてから階段を駆け上がっていった。奥の部屋の扉が閉まる音が聞こえると、傭兵はすぐに魔法を発動させた。リディスと傭兵を囲む程度の薄い空気の膜が、蜃気楼のように揺らめく。

「どうして魔法?」

「聞きたいことがあるかと」

「なるほどね」

 常に口元に浮かべていた笑みを消し去ったリディスは、紺色の瞳をまっすぐ傭兵に向けた。

「ないわ」

 一言。傭兵は少し伏していた黒目を持ち上げるのに時間がかかった。

「だって傭兵さんが預かった子でしょ? 曰くがついてないわけないじゃない! 聞くだけ無駄、無駄」

 姿勢良く座っていたリディスは、背もたれに身体を預けて首を振る。

「ずいぶんな言われようだ」

「否定してこないのもお察しよ」

「すまない」

 リディスの目が細まる。そして、にやりと笑ってみせる。

「いいの。あたし、傭兵さんの役に立てるなら何でもやるって決めてるから」

 紺色の瞳は嘘を言わない。傭兵は長く息を吐いて、その視線をただ受け入れる。

「今日は頼む。日没までにはここにいるようにしてくれ。私もそのくらいで帰れるはずだから」

 そう言いながら傭兵は腰を上げる。

「依頼なんだっけ?」

 首をかしげるリディスに、腰の袋から黒色の封筒を取り出して見せる。鮮やかな青の印章のない封蝋を見て、リディスは息をのむ。切りそろえられた前髪が目の光を隠す。

「……まだ続いてたのね」

「使い倒せるいい駒だからな」

 傭兵は封筒をしまい直して、隣の自室にかけてあった外衣を羽織った。リディスの表情をゆがませる蜃気楼を撫でて魔法を解き、扉の取っ手をつかんだ。と、傭兵は思い出してリディスに振り返る。

「リディス」

 傭兵に呼ばれて顔を上げたリディスの表情を読み取らず、口を開く。

「あの子は手首を痛めている。重たいものは持たせないようにしてくれ」

「分かったわ」

「それと」

 傭兵は女商人から視線を外し、取っ手を押し下げた。

「十年も前のことだ。君が気にすることじゃない」

 リディスが言葉を返したのかどうかは分からない。傭兵は目の前に広がった、酒場の外とは違う景色の場所に足を踏み入れた。



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