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三ヶ月間 ~夏休み前~

「明日からの夏休みだが、あまり羽を伸ばしすぎないよう、節度を持って過ごすように」


夏山先生の声が教室に響いている。


そのはずなのに、話の内容はほとんど頭に入ってこなかった。


他の生徒は、もう休み気分で浮ついた顔をしてる。

どこに遊びに行くとか、祭りがあるだとか、そんなことでも考えているのだろう。


けど…どうでもいい。


ほんの少し隣にいるウェルベルに視線を向ける。


ウェルベルはいつも通りの気だるそうな顔で先生の話を聞いていた。

聞いてないように見えて、内容はしっかり覚えているからすごい…。


こいつといると心地よくて…楽しくて…

ーーー夏休みの事なんて忘れていた。


明日から、夏休み

当たり前だが学校はない。

昼休みも、放課後もない…


毎日のように隣にいた存在が、急にいなくなる。


……別に、今後あえなくなるわけじゃない。


そう思うのに、なんだか落ち着かない。


「おいカイカ、しっかり聞いてるか~?」


不意に夏山先生に声をかけられる。


「聞いてる」


適当に返すと、先生は「ならいい」といってまた話を続ける。


ちっと小さく舌打ちをする。


その横で、ウェルベルが少しだけ肩揺らした。

笑っている。


「……なんだよ?」


小声でウェルベルに話しかける。


ウェルベルは前を向いたまま答えた。


「別に、珍しいなって」


「何が?」


「ここまで上の空なの」


図星を刺されて、少しだけ眉をひそめる


「うるせぇ」


「はいはい」


興味のなさそうな返事。

けど、口元は少しだけ緩んでいた。


こいつ……


チャイムが鳴る。


途端に教室の空気が弾けた。

椅子を引く音、笑い声、帰りの支度をする音が一気に広がる。


「よーし、忘れ物するなよ!!宿題も忘れずに」


夏山先生の声すら、聞かれていない。

友達同士で騒ぎ出す奴。

そそくさと教室から出てく奴。


一気に空気が緩む。


椅子を引く音、笑い声、鞄のファスナーを閉める音。

全部がごちゃ混ぜになって、やけにうるさい。


そんな中、ウェルベルはいつも通りに鞄に教科書をしまっている。


慌てる様子もない。

誰かと騒ぐわけでもない。


ただ、いつも通り。


ウェルベルを見ていると、周りのことなんてどうでもよくなる。


恐れられるのが怖くて、そう見えるように振る舞ってきた。

その方が楽だったし、余計なこと考えなくて済んだから。


……馬鹿みたいだ。


こいつの前だと、そんなの全部、意味がなくなる。


取り繕う必要も、距離を置く理由もいらない。


ただ――


隣にいたいと思う。


それが、一番楽で。

一番、心地よかったから


そんなことを考えてたら、ウェルベルが席を立ち教室から出て行った。


多分いつも通り屋上へ行くのだろう。

俺は急いで後を追う。


廊下に出れば見慣れた背中がある。

ウェルベルは階段を上っていく。


俺もその背中を追って屋上に行く。

別に理由はない、ウェルベルが行くから行くだけ。


屋上に出る。


ウェルベルはいつもの場所に座っていた。

俺はそんなウェルベルに声をかける


「尻尾触らせろ」


「……またか」


ウェルベルは呆れたように、嫌な顔をして言ってくる。

それでも、尻尾を少しだけこちらに寄せてくる。


「少しだけな…」


「ああ!」


やっぱりウェルベルは優しい…


ウェルベルの尻尾に手を伸ばす。


柔らかい。

温かい。


……落ち着く。


お互い何も言わない時間が流れる。

風の音と遠くの蝉の鳴き声。


それだけなのに、妙に心地いい。


けど、ふと頭の片隅で思い出してしまう。


ーー明日から夏休み。


ここにも、しばらく来ない。

この時間も無くなる。


そう思った瞬間、少しだけ手に力が入った。


「……どうした?」


「別に」


少し強めに言う。


ウェルベルは何も言わない。

ただこちらを見てる。


……多分、バレている。


いつもそうだ。

何も言わないくせに、全部わかっているみたいな顔をしてくる。


だからーー


楽だ。


余計なことも言わなくていい。

取り繕わなくてもいい。


……なのに、


夏休み、遊びに行こう…


たった、それだけのことが言えない。

喉の奥で引っかかるように言葉が出てこない。


「……」


何も言わないまま、尻尾を撫でる。


ウェルベルは本を閉じてつぶやく。


「…面倒な奴」


ウェルベルは右手を突き出して言ってくる。


「スマホ」


「え?」


「夏休み、どうせ暇だろ?」


ぶっきらぼうに言いってくる。


一瞬、体が固まる。


「……ああ」


慌てて鞄からスマホを取り出す。


ウェルベルは俺の手からスマホを奪い取る。

迷いもなく自分の連絡先を登録していた。


「ん」


ウェルベルがスマホを返してくる。


「僕の連絡先、登録しといたから」


それだけ言って、ウェルベルは帰っていく。


引き止めることも、声をかけることもできなかった。


扉が閉まる音。

屋上に、静けさが戻る。


手の中にスマホに視線を落とす。


ウェルベル


新しく登録された連絡先のをしばらく眺める。


それだけで、妙に落ち着く。

……単純だな、俺。


スマホの画面に通知が来る。

ウェルベルからのメッセージだった。


慌てて画面を操作する。


『宿題後回しにするなよ』


「うるせぇ…」


小さく呟く。


少し迷ってから、打ち込む。


『わかってる』


すぐに既読がつき返信がくる。


『わからなかったら言え、面倒みてやる』


「誰が頼むか!」


思わず声に出る。


『必要ない』


そう送ろうとして、やっぱり消す。

多分…頼ることになるし


『ありがとう』


送信。


またすぐに既読がつく。

それ以上、返信はない。


ーー今なら、言えるか


指が動く。


『終わったら、どっか行くか』


『いいぞ』


数秒後返信が来る。


短い返事。

けどそれだけで十分だ。


どこに行くかも、何をするかも決まっていない。


それでも。


「……ま、なんとかなるか」


そう思えた。


スマホをポケットにしまい、立ち上がる。


屋上を後にする。

色々忙しすぎる…

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