からっぽのカバン
空のカバンを両手で抱え、ソルードは唸る。【周遊する異界】での冒険を終え、明日にはカササギ村を出発する。ソルードはクリフとロアルと別れ、アルグレッドたちに同行することになった。
そんなわけで今日は荷造りなのだが。今まで、ザマルで買ってもらった小さなカバンに最低限のものを入れてきた。しかし今回は、一回り大きなカバンを与えられている。いったい何を入れたものか、見当がつかない。
ので。
「ね、カバンの中、見せて?」
ソルードはからっぽのカバンを抱え、冒険者の先輩たちの袖を引っ張った。
クリフの場合
「カバンの中身?」
怪訝そうな顔をしながらも、兄貴分は自身の旅荷物を見せてくれた。大きな肩掛けカバンのほか、腰にはいつも小さなポーチを二つ吊るしている。ポーチの片方には調薬用の道具と薬包紙に包んだ魔法薬がきちんと整頓して詰め込まれていた。もう片方には、小刀やら糸巻やら木の実やら、何に役立つのか不明なものが雑多に放り込まれている。
「兄さん、きちょーめんなのかおーざっぱなのかわかんない」
「薬はそりゃあきちんとしないとダメだろ」
「カバンは? 兄さんのカバン軽いよね」
「今は家があるからな」
冒険者のカバンといえば、簡易天幕や食料、水、武器の手入れ道具、地図、ロープ、方位磁石、手帳、救急用品等入れるべきものがたくさんある。だが幸い、クリフもロアルも精霊から【秘密箱】をもらって以来、大荷物から解放されていた。特に食料と天幕が不要になったのはありがたいことだ。
クリフのカバンには、一番上にまず油紙が入れられていた。本来簡易の天幕として使うものだが、遺物を包んだりちぎって火種にしたりと、何かと便利なので一枚は必ず入れている。
その下には水筒と、ひもで束ねた本が二冊。財布や冒険者の手形を入れた麻袋。白い布が一枚、木製のカップが一つ入っていた。それらを退けると、底から鍵のかかった木箱が出てくる。
「これ何?」
「魔術師の必需品」
「ひちゅじゅひん」
木箱を開くと、内側にもう一つ鍵がかかっていた。蓋を開くと、トレイが二段持ち上がる。ソルードは目を輝かせた。
もっとも広い底には、折り畳み式の五徳とこぶし大の鉄鍋、木匙、乳鉢と乳棒が入っていた。二段のトレイには、細い瓶詰の薬種がきっちりと並んでいる。
「あ、飴もらった店で見てたやつ」
「よく覚えてるな。ああいう店で調達して、すぐ使えるようにして詰めておくんだ。俺の工房にある草もそのうちこうなる」
「どんな薬ができるの?」
「色々。その時必要なやつ。幸運を呼び寄せるのとか、毒が出ていくやつとか、体を元気にするやつとか」
クリフはソルードの鼻先をつついた。
「寝坊助のちびがすぐ起きるやつとか?」
むう、と膨らんだソルードの頬を、クリフが両手で挟む。ぷしゅると空気が抜け、二人は同時に笑った。
ロアルの場合
「ろぉ、カバンないよね」
ふふん、と得意げに腕を組み、ロアルはブーツを外した。
「これがボクのカバン」
「……カバン?」
「ということにしておいておくれよ。中が空っぽだから、全部下に落ちちゃうんだもの」
ブーツには意外なほど多くのものが入っていた。右足には布が敷かれ、その中に果物と小さなナイフが入っている。左足には砥石や目釘打ちなどの手入れ用具、薪が一本、火打石が詰め込まれていた。ついでに、と上着をめくると、裏地に帆布とロープが縫い付けられている。冒険者の登録証は、上着の内ポケットに入っていた。
「そうだ、これを君にあげよう」
ロアルはポケットから、小さな筒のようなものを取り出した。手のひらほどの長さの円筒に、同じ長さで半分の太さの筒が付いている。
「太いほうは小刀。細いほうは鉛筆。ずいぶん前に吹き溜まり市で見つけたのだけど、渡す機会をなくしててね」
「きれい」
「ふふ、そうかい? 君は勤勉だから。その鉛筆がなくなるころには、手紙だって書けるようになっているんじゃないかな?」
ソルードは小刀と鉛筆をカバンに入れる。ロアルは両手で、ソルードの頭をわしわしと撫でた。
アルグレッドの場合
「そんな面白いもんねえぞ」
そう言いつつも、アルグレッドは大きなカバンを地面に下ろした。カバンの中だけでなく、両脇にもいろいろな道具が括りつけられている。最も目立つのは、大きなカップとランタンだ。
「天幕」
丸められた布が、カバンの一番上に紐で括られていた。
「寝袋。と、敷き布」
きちんと折りたたまれた布が二つ、天幕の隣に並ぶ。
「水筒。携帯食料。あとたまに果物も入れてる」
円筒状の水筒は、革のカバーがつけられている。食料は箱型で、油紙でくるまれていた。冒険者御用達の携帯食料は、魔術で限界まで圧縮されており、栄養価が高い代わりに味が悪いことで有名だ。
「調理用のナイフ。動物解体用のナイフ。予備の火打石」
「かいたい?」
「鹿とかざくざくする」
「ああ、兄さんもやってた」
分厚い刃のナイフは、試しに持たせてもらうとずしりと重かった。クリフが使っている小刀が玩具のようだ。
「ロープ。あと色々使える布。包帯。薬箱」
薬箱の中には、傷薬と燃料油の瓶が入っていた。
「食器、水晶ランタン、あと……何だこれ……ああ、あれだ、火種」
木製の器の中に、小さな木の実が三つ放り込まれた。
「これは財布とか。金はあんまり入れてねえけど」
冒険者はあまり現金を持ち歩かないことが多い。冒険者ギルドに預けておけば、手形と登録証でどの町のギルドからでも引き落としができるようになっている。
「その下にもう一つ食料があって……あとは着替えだな。武器の手入れ道具はポーチ」
「いっぱい!」
ずらりと並んだ道具を見て、ソルードは小さく跳ねた。その様子に、アルグレッドはニヤリとする。
「じゃあ、ほら」
「んい?」
「入れてみろ」
着替えのみが入ったカバンを差し出される。ソルードは「ぎゃあ」と悲鳴を上げた。
「できないよ!」
「やってみろ。ぎゅーってやって壊さなきゃいいから」
「んいいい」
「できたらこいつをプレゼントだ」
アルグレッドは腰のポーチを開き、携帯用の火打石と打ち金を取り出した。トートが火おこしをするようになってからすっかりお役御免になっていたものだ。ソルードはしぶしぶカバンを受け取り、道具を見下ろす。
「えっと……最初が最後だから……こっちのご飯? から?」
難しい顔で荷物をつかむソルードを、アルグレッドは上機嫌な顔で眺めていた。
トートの場合
助士のカバンは、その仕事の秘密が詰まっていると言っても過言ではない。地図を作るための複数の測定器具から調理道具まで、こなす仕事が多ければそれだけ道具も多岐にわたる。
「あんたには、まだ助士は難しいと思うけど」
「でもおれ、耳はいいよ?」
ソルードは自身の耳を指差す。人の耳を引き延ばしたような、長耳のそれによく似ていた。上下にぴくぴくと動くさまは、獣人の獣耳らしいといえばそうだが。
「助士は魔術師と同じくらい何でも屋なの。手先が器用なのが一番」
「てさき」
「針金一本で鍵を開けたりとか」
「どろぼー?」
「合法だから!」
トートのカバンからは、そんなピッキング道具が一式のほかに、木製の小瓶に詰まった調味料と組み立て式の木杓子が出てきた。その奥には、紙と鉛筆、針が数本入った筒、そして真新しい方位磁石がある。
「きらきらしてる」
「ふふん。最近買ったの」
「おれももらったのある!」
ソルードは家へと走っていき、方位磁石を引っ掴んで戻ってきた。トートの蓋つきのものに比べれば、子供のおもちゃのような大きさだ。大きく方位が書かれているので、初心者向けには違いない。
「あらお可愛らしいこと。あんた、ホントに助士になりたいんだ」
「なりたいよ」
笑顔を引っ込め、ソルードはじっとトートを見上げた。
「……そ。まああたしは夢を否定する立場じゃないけど。覚えることいっぱいあるから、とーっても大変ってことだけは言っておくわね」
「お勉強?」
「じゃあはい、これあげる」
トートがカバンから、半分に折った紙束を取り出す。角が丸く擦り切れ、不揃いの側面は黒ずんでいた。助士の基本、太陽と月と星の教則本だ。数ページ見て、ソルードは本を閉じた。眉間に皺が寄っている。
「読めるのに、意味わからない」
「でしょうね」
「にゃーねぇ、わかるの?」
「当然。あんたも分かるようになるんだよ、これが」
ソルードの手から本を取り、トートは自分の膝を叩いた。ソルードはそこに腰かけ、トートに寄りかかる。
「はい、音読。ちょっとだけね」
「ん……星を、よむ……こと、は、数千年の……から……」
難しい顔で、ソルードは単語を指でなぞった。
ソルードの場合
重くなったカバンを抱え、ソルードはクリフの元に戻ってきた。
「ずいぶん荷物増えたな」
「ん。ろぉからこれ、アルにいから石もらって、にゃーねえから、本? あとフォルさんは水晶ランプくれて、ゼオにいは、カバンは見せてくれなかったけど、箱くれた。大事なもの入れとけって!」
貰いもので膨らんだカバンを地面に下ろす。大きくなったとはいえ、まだまだ子供用のカバンには違いない。貰いものを詰め込むと、着替えが一着入るかといった隙間しか残らなかった。
「ランプと箱が嵩張るな」
「箱はおうちかなあ」
「ランプはここの横に結んどけ。ほら、こうやって」
「みんな持ってたから、おれもおっきいナイフほしい」
「まだ危ないからだーめ」
荷物を引っ張り出し、改めて荷造りをする。クリフが手を貸すと、カバンにはだいぶ隙間が残った。ソルードは目をキラキラとさせてクリフを見上げる。
「ぜんぶ持てるようになった!」
「パッキングは経験値だからな。そのうちお前もできるようになる」
「なるかなあ」
「んで、ここの空いたところに着替えをもう一着入れて……寝るのはうちだから、寝袋はいらねえな」
「うん」
「じゃあ最後に」
クリフの手が、カバンの中に小瓶を置いた。ソルードは首を傾げ、カバンを覗き込む。
コルク栓の小さな瓶。その中には、星型の金平糖が詰まっていた。
「これ……これ!」
ソルードは両手で瓶をつかみ、クリフを見る。クリフは微苦笑を浮かべ、ソルードの頭を撫でた。
「食べたらちゃんと歯ぁ磨けよ?」
「うん!」
瓶を掲げ、ソルードは飛び跳ねる。そして荷物をそのままに、ロアルの方へと走って行ってしまった。やれやれ、とクリフは頭を掻く。開きっぱなしのカバンを放置するのは、冒険者であればご法度だ。
「……ま、ゆっくり覚えていけばいいさ」
ソルードはまだ冒険者ではない。数年後、本当に冒険者になるのか、それとももっとやりたいことを見つけるのか。学校に行きたいと言い出すかもしれない。ザマルの銀行にはソルード名義の口座を作ってあるし、アンキュウから預かった大金の九割はそこに預け入れたままになっている。アンキュウが後見人になれば、ザマルの職業訓練校に行くこともできるだろう。読み書き計算ができる、と言えば、大体の職種で歓迎される。
ひとしきり自慢をしてきたのか、笑顔でソルードが戻ってきた。
「ほら、大事なモンいれたらちゃんと閉じる」
「うん!」
ソルードは両手で、満杯のカバンの口を閉じた。




