冒険者たちの浮世語り (7)
ロアルが話し終えると、クリフとアルグレッドはそろって難しい顔になっていた。微妙な沈黙を感じ取り、ロアルは「どうしたのさ」と言う。
「いや……そのエルフが、なんだってそんなに献身的なのかって思ってな」
「おとぎ話に突っ込むのは野暮だけどな。俺も兄貴と同意見。病気を治してもらった恩人だからって、何百年も待てるもんかね?」
スカーレットは唇に指を当て、くすりと笑う。
「ユークリッド。どうやら少々、若者には難しかったようだ」
「そうかなあ」
「スカーレットさん、分かったんすか?」
首をひねるクリフに、スカーレットは「そうだな」と頷いた。
「ペトラも……彼女も、だったんだろう?」
「そういうこと。……さて、鈍い男たちは放っておいて、最後はあなただよ」
ロアルの指が、スカーレットを示す。
「さて、では何を話したものかな」
四番の籤を指先に巻き付けながら、スカーレットは苦笑した。
『テルホルスト子爵の塔』
或る男の話をしよう。旅の商人たちが子供にこぞって聞かせる、有名な寝物語だ。
その男は領主の末の息子だった。領主は三人の息子に『塔の上にある宝を持ち帰った者に家督を譲る』と言った。その塔は広い屋敷の片隅にあった。
長兄は真っ先に塔に上った。螺旋階段を上がっていくと、二階部分は古びた書斎になっていた。そこから上まで、まっすぐに梯子が伸びていた。梯子をさっさか上ると、跳ね上げ扉があった。小さな金具は簡単に外れた。
宝とは何だろうか。父の財産か、それとも思い出の品か。あるいは大昔から受け継いだ由緒のあるものかもしれない。いろいろと想像を巡らせつつ、長兄は、宝が金銀財宝であることを望んでいた。
小さな跳ね上げ扉を開くと、果たして、そこには金貨の山があった。長兄は大喜びで山に飛びつき、金貨を懐にせっせとしまい込んだ。父が持ち帰れというのだからしょうがない。まずはポケットというポケットに。足りないので、脱いだ上着を風呂敷にして。それでも足りない。ブーツにもしっかり詰め込んで。それでも金貨の山は尽きない。
そうだ、扉から下に落とせばいいじゃないか。
長兄は、床に散らばった金貨を押しのけた。しかしそこに扉はなかった。おや、と別の場所をさぐる。どこにも扉はない。さっき、自分は確かに、取っ手に指をかけたのに。長兄は段々と焦ってきた。床を隠す金貨が邪魔でならなかった。押しのけても押しのけても、金貨が崩れてくる。暑い夏の話である。塔の上の小部屋は蒸し風呂のようだった。こんなに金貨があるのに、水の一杯も手に入らない。長兄は金貨の海でひとしきり暴れてから、ようやく、屋根に小さな窓があることに気が付いた。背伸びをしても届かない高さだが、何とか、通り抜けることはできそうだ。
長兄は金貨をかき集め、もう一度山を作った。靴底を叩き、ポケットをひっくり返した。そうして身軽になって山を登り、何とか窓を押し開けた。蔦をつかんで地面に降りるころには、精魂尽き果てていた。それでも何とか父親の元へ行き、素晴らしいものがあったと報告した。父親は、それで、その宝はどこかと問うた。長兄は困ってしまったが、靴のつま先に何かが残っていることに気付いた。
「私は金貨の山を見た。そしてそのうちの一つを持ち帰りました!」
長兄はブーツをひっくり返す。しかし、転がり出たのは薄平べったいだけの石ころだった。
次の日、次兄が塔を上った。長兄が見た金貨の山は、幻に決まっている。なぜなら、そんなにたくさんの金貨なんて、持ち帰れないに決まっているのだから。次兄は、宝は小さな何かひとつだろうと思っていた。
塔の小部屋には、一脚の椅子があった。次兄は拍子抜けしたが、これで家督は自分のものだと喜んだ。椅子は飴色で細かな飾り彫りが施されており、クッションには金糸が、背もたれには随所に宝石が光っていた。なんとも無駄に豪奢な椅子だった。次兄は運ぶ前に、ちょっと座ってみたくなった。そこで軽く埃を払い、分厚いクッションに尻を乗せた。背もたれとひじ掛けが丁度よく次兄を受け止め、何とも良い座り心地だった。
これはいい。自分が領主になったら、これを自分の椅子にしよう。そう思って立ち上がろうとすると、椅子は次兄の尻にくっついて離れなくなっていた。重い椅子をがたがたと揺らし、次兄はどうにか梯子へ向かおうとした。しかし両手も背中も椅子にくっついてしまい、声を出すことしかできなくなった。たまらなくなって上を見ると、長兄が開けた窓がそのままになっていた。次兄は仕方なしに、大声で助けを呼んだ。声が枯れるころようやく、末の息子が梯子を上って助けに来た。次兄は、何もない部屋でじたばたと体をよじっていた。次兄は一日寝こんでから、父親に報告した。
「あそこには玉座がありました。二度と立ち上がれなくなるような、最悪の!」
父親はうんうんと頷きながら聞いていた。
次の日、末の息子に塔の鍵が回ってきた。まさか自分に順番が回ってくるとは思っておらず、末の息子は困ってしまった。そこで、塔を上る前に父親に尋ねた。いったい、宝とは何なのかと。父親は少し笑って、
「私だけの宝だ」
とだけ言った。
仕方がないので、末の息子は塔を上った。父の宝とは何だろうか。父は本当にいろいろなものを持っている。土地も、領民も、父のもの、と言えばそうだろう。長兄が見たという金貨の山も、次兄が見たという立派な椅子も、大切なものなのかもしれない。
けれど、それは父でなくとも得られるものだ。父が、私だけの、と言ったのだから、本当に父にしか価値の分からないものがあるに違いない。
答えが出ないまま、末の息子は跳ね上げ扉を押し開けた。
古びた屋根裏部屋は埃っぽく、開けっ放しの天窓から、一筋の陽が差し込んでいた。その光の先に、光るものが落ちていた。末の息子が拾い上げると、それは、古びた手鏡だった。何の変哲もない。立派な飾りがついているでもない。末の息子は首をかしげたが、手鏡を抱えて梯子を下りた。待ち構えていた兄二人は、鏡を見て鼻で笑った。そんなものが、本当の宝のはずがない、と。
しかし父親は、末の息子に家督を譲ると宣言した。末の息子は、鏡について父に尋ねた。それほど大事なものだったのだろうか。例えば、母に贈られたものであったとか。
父親はまた笑って言った。
「あれは、ただの鏡だよ」




