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蒼天のアルターレ  作者: 日凪セツナ
断章 Ⅱ
57/61

明日の君:ソルード

人間生活一年生の少年の話。

「にゅーいやーでー?」


 雪を掻き分けていたソルードは、兄の言葉に振り返った。やや遠くで、クリフが自分を呼んでいた。


「そう、新年だから祝いの席をもうけてくれるってさ。おいで」


 雪から抜け出し、ソルードはクリフに駆け寄る。ぎゅう、と腕を抱き抱えると、クリフが「冷たい」と悲鳴をあげた。

 現在、ソルードたち三人は精霊の森で世話になっている。雪深い冬、隣町まで徒歩で移動するのは冒険者にとって自殺行為に等しい。ほとんどの冒険者は、雪で馬車が止まる前に大きな町で宿を取る。


「風の集落の村長殿が、準備を手伝って欲しいんだと」

「あい。にいしゃも?」

「ああ、俺も、ロアルも行く」


 ソルード、クリフ、ロアルの三人は、精霊が住まう森の中の集落に滞在していた。外との交流がほとんどないこの土地で、冬を越す客人は初だという。

 雪捨て場からササビシの茂みを通り、平石で作られた道に沿って進むと風の集落に出る。立ち並ぶ大木の枝に、葉と蔦で作られた球形の家が乗っている。その家々の間を縫うように、色とりどりの布が空中を彩っていた。


「金髪にいちゃーん!」


 上から、少年の声がした。クリフが受け止めると信じて疑っていない速度で、少年は枝を蹴って飛び降りる。クリフが杖を振ると、少年はゆっくりと地面に落ちた。両手を地面に着き、少年はむっとクリフを見上げる。


「わざわざ魔術使わなくてもいいじゃん」

「俺の手がご覧の通り塞がってたんでな」


 クリフの右腕には大きな魔術の杖、左腕にはソルードがぶら下がっている。ソルードはクリフの肩までよじ登り、ふふんと得意げな顔になった。


「なんだよぉ、ソル、そんな子供じゃないだろー?」

「んう……さむい、だから」


 先刻まで平気な顔で雪に埋まっていただろうに。クリフは苦笑してソルードの背を撫でる。確かに、体は氷のように冷えていた。


「そういや金髪にいちゃん、ソルって何歳?」

「え? いや、知らねえけど」

「兄ちゃんなのに?」


 クリフが顔をあげ、ソルードと目が合う。ソルードは首を傾げた。

 年齢はもちろん、ソルードは誕生日すら定かではない。碌でもない経緯の末にクリフとロアルに預けられたため、根掘り葉掘り聞いたこともない。


「……まあいいだろ。なんか仕事あるか?」

「じいちゃんが上に飾りして欲しいって」


 風の集落は、年明けに精霊をもてなす祭りをするそうだ。

 精霊の森は、風、炎、水、地の四元素の精霊によって守られている。夏至と冬至、そして年明けの三度、その守護と恵みに感謝する祭りがある。もっとも、冬至と近い年明けは、主役はほとんど人間だそうだが。

 色とりどりに染めた布と、木の実のビーズで作った飾り。集落の中心には踊り子の舞台が作られている。普段はふらふらと集落を出入りする風の精霊は、舞台の奥、小さな石碑の上でにこにこと準備の様子を眺めていた。

 ソルードを下ろし、クリフは木の上へ移動する。精霊がいる集落でも、魔術を使える働き手は希少らしい。同じく上で働いていたらしいロアルと、高所の飾り付けを請け負っていた。置いて行かれたソルードは、手持ち無沙汰になって辺りを見回す。顔見知りの婦人たちは、炊事場で料理に忙しいようだった。

 冷たい風に、ソルードは身震いをする。その肩に、後ろから毛皮がかけられた。


「寒いだろう。暇ならこっちを手伝ってくれないか」


 顔を出したのは、白髪に赤目の青年、ユゥロだった。


「てつだい?」

「ああ。ついでに相談にでも乗ろう」

「じごくみみ!」

「誰に教わったそんな言葉」


 一瞬眉間に皺を寄せてから、ユゥロは頭の上に兎耳を立てて見せた。


「その通り耳がいい。さあ、お兄さんに言ってごらん」


 ユゥロに手を引かれ、ソルードは村長の木の裏へと案内される。そこにはこぢんまりとしたかまどが作られていた。小さな鍋の中で、ふつふつと湯が沸いている。

 丸太の椅子に、ユゥロとソルードは揃って腰掛けた。ソルードに持たせた盆に、ユゥロはコップを並べていく。


「……ゆーにぃ」

「うん?」

「ゆーにぃは、知ってる? たんじょうび」

「さあ。僕は取り替え子(チェンジリング)だからなあ。お祝いはしてもらっていたけど」

「たんじょうびって、うれしい?」


 缶を開け、ユゥロは茶色い粉をコップに入れる。ほろ苦い香りがした。


「そうだな……誕生日を知っているっていうのは、嬉しいかもしれないけど」


 ユゥロを見上げ、ソルードは首を傾げる。長生不老の幻想種は、赤い瞳にソルードを浮かべて微笑した。


「ソルード、耳を貸して」


 コップを上下させて粉を均しながら、ソルードは首を傾げる。


「おれのみみ、とれないよ」

「僕のも別に取れないよ」


 そうじゃない、とユゥロはソルードを手招きした。




 祭りは日の入り直後から始まった。ようやく一通りの仕事を終え、クリフとロアルは客人席に座る。


「すっかり労働力になったなあ」

「いいことじゃない。あと二ヶ月ちょっとお世話になるんだからさ」


 袖を引かれ、ロアルは振り返る。緊張した面持ちで、ソルードが立っていた。


「おや、どこに行ったのかと思っていたら」

「ゆーにぃと作った。にいしゃ、のめる?」


 ソルードは持っていたコップをクリフに差し出す。甘い香りのする液体がなみなみと入っていた。


「お前、さっきこれ配ってたのか」

「ん。ゆーにぃのおてつだい」

「そりゃ偉かったなあ。いただくよ、ありがとうな」


 ソルードは口元を緩め、照れたような顔になる。その背をそっとユゥロが押した。


「あとは僕が配るから。お疲れ様」

「ん」


 ソルードは自分のカップを受け取り、クリフとロアルの間に座った。ひょい、とロアルがソルードを膝の上に乗せる。


「ホットチョコレートみたいな匂いだな」

「カルカココア? だって」

「美味い」


 目の前の舞台では、精霊の舞が始まっていた。手拍子と歌に合わせ、二人の踊り子がくるくると舞っている。


「……あの、ね。にいしゃ、ろぉ」


 コップを両手で握り、ソルードは顔を上げる。


「お、おれ、ね」


 クリフと目が合った。その目が優しく微笑んで、ソルードは次の一言の勇気をもらう。


「たんじょうび、ほしい」


 言葉を絞り出してから、ソルードはぎゅっと目を閉じる。

 ワガママだっただろうか。クリフもロアルも、自分の親でも家族でもない。誕生日というのは親に教えてもらうものだとも知っている。

 ロアルの手が、ソルードの頭を撫でた。びくりと肩に力が入る。


「嬉しいね、クリフ」

「……そうだな」


 わしゃわしゃと、大きな四つの手に頭を撫でられた。


「めいわく、ちがう?」

「迷惑なもんか」


 ココアを飲み干し、クリフが両腕を広げる。ソルードはその腕に飛び込んだ。


「いつにしようか。六の月とか似合うと思うけど」

「八の月もいいな。太陽が眩しい季節だ」

「名前がソルード(日の当たる)だからねえ」


 頭の上で話す二人を、ソルードは交互に見る。ふにゃふにゃと、その口元が不器用に笑った。


「…………いや」


 クリフが、両手でソルードの頬を包む。


「今日にしよう」

「きょう?」

「今日。年明けの祝いと一緒なら、絶対忘れない」

「おや。じゃあ誕生日プレゼントを用意しないと」


 頬がこわばり、ソルードはきゅっと唇を閉じる。クリフの手のひらに伝わる体温が、あっという間に熱くなった。鱗に覆われた竜の尾が、ぎゅうっと隣のロアルを引き寄せる。


「ぎゅー!」

「はいはい、ぎゅー」

「ぎゅーう」


 クリフとロアル、二人の腕がぎゅうぎゅうとソルードを抱きしめる。そうされていないと、どこかに飛んでいってしまいそうだった。

 幸せとはこんな気持ちだろうか。ほんのひと月前まで、誕生日、なんて言葉も知らなかった。冷たい床に腐った毛布を敷いて、暑さ寒さにじっと耐える。それ以外に注意を向ける力も残っていなかった。

 体の垢を落として、新しい服を着て、靴を履いて、髪を切って。毎日、お腹いっぱいになるまで食べてもいい。丸くなって眠らなくてもいい。それだけでも十分過ぎるほどだったのに。名前も誕生日も、この二人はくれると言う。


「……どうした、にや……にこにこして」

「んふふへへ」


 頬をクリフの胸元に擦り付ける。クリフの体温が、心臓の音が、すぐ近くに感じられた。




 宴も後半、子供たちが家に帰ると、酒が振る舞われた。村長の誘いをありがたく受け、クリフはソルードを膝で寝かせたまま盃を受けとる。


「そのくらいの年の子だと、やっぱり遊べるものがいいんじゃないかねえ」

「聞いてたんすか」

「あんな特等席で、舞もろくすっぽ見ていなかったら気になるさ」


 白濁した酒を、村長はなみなみとクリフの盃に注ぐ。


「欲しいもんはまあ、相談して。こいつ、おもちゃってものをまず知らなそうなんで」

「難儀な」

「そっすね」


 久しぶりの酒は、二杯で十分体を熱くさせた。ほどほどで、ソルードを寝かせると言って祭りを離れる。

 火を焚いている広場を離れると、途端に寒々しい冬の風が吹いてくる。木々の葉の隙間から、雪が滑り落ちてきた。


「おかえり」


 先にロアルが寝床を整えていた。まだ家のない三人は、風の集落の片隅に仮宿を作っている。地面に分厚く敷いた葉の上に、毛布を重ねた寝床がある。壁の代わりは、木の幹と地面の間に渡した帆布だ。これも、隙間を埋めるように大きな葉が貼られている。普段の野宿よりは上等で、気になるのはその狭さくらいだった。


「プレゼント、おもちゃはどうかってさ」

「悪くないね。ソルはもうちょっと遊ぶことを知るべきだ」


 クリフからソルードを受け取り、ロアルは毛布に潜り込む。魔術の明かりを浮かせ、クリフは入り口の布を下ろした。

 眠るソルードを挟み、二人は横になる。ソルードは手探りでクリフの腕を見つけると、それをぎゅっと抱き締めた。


「お兄さんが大好きなんだねえ」

「寒いだけだろ。お前体温ないし」

「ひどいや」


 控えめに笑ってから、ロアルはクリフを見る。仮面の眼窩に、クリフが浮かんだ。


「クリフ」

「うん?」

「今年もよろしく」


 仮面の奥で、ロアルが微笑んだ気がした。


「こちらこそ、よろしく」


 冒険者というのはその日暮らしが当たり前で、新年の祝いも、一年無事だったことへの感謝がほとんどだ。次の一年、また次の一年、と未来を語るには、冒険者の日常は不安定すぎる。

 けれど。


「……来年も三人だといいな」


 ソルードの頭を撫で、クリフはそんなことを呟く。


「じゃ、君はもっと自分を大事にしないとね」

「なんだよ新年早々説教か?」

「事実じゃないか」


 明かりを消し、クリフは枕に頭を乗せる。

 一年後のことなど分からない。自分も、ロアルも。ただ、ソルードの誕生日をその日にしたのだから、生きて迎えなければならないだろう。


「……善処するよ」


 顔を緩め、クリフは目を閉じた。

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