6)【どこにもない国】の冒険
不満げに家の中をひと睨みしてから、ゼオルドは見張りに戻る。胡坐をかき、ジャックは喉に手をやった。ロアルが隣から、自分の白湯を差し出す。
「悪いな」
がぶがぶと白湯を流し込んでから、ジャックは咳払いをした。
「お前らに求めることは二つだ。喧嘩すんな。エヴの機嫌を損ねるな。以上」
「君はどんな立場なんだい?」
「お前らには関係ない」
ジャックは空になった湯呑を置く。
「長には報告しておこう」
「神器は見つかりそうですか?」
ヨナーシュの問いに、ジャックは黙って首を横に振った。
「新しい種だ。ムギに近いものができた」
ジャックが出した麻袋が、とさりと軽い音を立てる。二杯目の白湯もさっさと飲み干して、ジャックは席を立った。
「新入り。ヨナをあまり困らせるなよ」
フードをかぶり、ジャックはさっさと家を出ていく。再び乱暴に押しのけられ、ゼオルドはよろめいた。
「……さて、と。一通り情報は出そろったようだが、どうするよリーダー代理」
アルグレッドがロアルに振る。黙っていたロアルは、ぽふ、と両手を合わせた。
「長耳妖精だ」
「……あん?」
「ああごめん、思い出したってだけ。これからの動きだね」
すっと姿勢を正したロアルに、アルグレッドは「おう」とだけ返す。
「そうだねえ。あのひゅんひゅん飛ぶ子の目的を知れたらそれが理想だけど、どうやら何の要求もないみたいだし。スカーレットさんの意見も聞きたいかな」
そもそも春寄谷に来たいと言ったのはスカーレットである。
「スカーレットさんの目的は人探しで、ボクは『歌う竪琴』があるっていうからほいほい釣られてきた。どっちもここにはなさそうだし、やっぱりまずは穴の外の探索からだなあ」
「脱出するなら止めねぇが、エヴには気をつけろよ」
「村長さん、新入りは家を建てるところからとかだったりするかしら?」
「ここで雑魚寝が嫌ならな」
嫌だ、と言うようにトートが尾で床を叩く。どちらにせよ雑魚寝に変わりはないだろうが、見知らぬ他人に挟まれるよりはアルグレッドとフォレイルのほうがまだましだ。
「よし、じゃあ手分けしよう。勇者君、こっち任せてもいい?」
「構わねえよ。騒ぎ起こさなきゃいいんだろ。クリフのバカじゃあるまいし、大人しくしてることくらいできる」
「あ、でもヤマネコ娘は欲しいな。助士の技能は貴重だし」
「脱出するの? いいけど」
てきぱきと役割を決め、ヨナーシュの家を出るころには昼過ぎになっていた。といっても、薄暗い穴の底で時間が分かるわけではない。レオナルドが持っていた懐中時計が昼頃を示していただけだ。
ヨナーシュの家には、看病のためにレオナルドとトートが残った。ロアルは脱出経路を探しに、アルグレッドとフォレイルは力仕事を引き受けに。ゼオルドはレオナルドに言われ、アルグレッドに同行することとなった。
トートが水を汲みに行ってしまい、広い家にレオナルドが残される。クリフもスカーレットも、依然として目を覚ます気配はなかった。
室内は暗い。木も油も、燃料となるものはすべて希少だ。初めの一年を費やしてようやく、人間らしい生活ができるようになったとヨナーシュは言っていた。布団も食料も、エヴから十分に与えられた。だが暗い穴倉で食事と睡眠を繰り返すだけの生活には、ものの数日も耐えられなかったらしい。
(……あの人は、何のために)
レオナルドの左手が、クリフの左腕に触れる。磨かれた水晶のような、冷たく硬い皮膚。手のひらに突き刺さった花は、暗い中でも憎々しいほど美しい。
うめき声がして、レオナルドは顔をあげる。
「ここは……?」
「兄上!」
「れ……、あっ……たまいてぇ……」
右手で額を押さえ、クリフは大きく息を吸った。
杖を受け取り、明かりをつける。柔らかな橙色の光が浮かんだ。
「あ~……。スカーレットさんは?」
「お隣に」
軋む左腕をさすり、クリフは布団の上に座りなおした。
「じゃあ、簡単に状況を説明しますね」
「頼む」
レオナルドの話を聞きながら、クリフは左手の花に触れる。傷口を含め、手首から先はほとんどが鉱石化しているが、人差し指だけは無事だった。
いや、確かに自分の手はすべて固まっていた。今感覚が戻っている場所は、レオナルドの左手が触れていた箇所だ。
二の腕から肩にかけても、今は浸食が止まっている。意識を失う寸前、スカーレットが触れていた。そしてスカーレットの頬にも、同じ雪の結晶が浮かび上がっている。
(……生得魔法)
詠唱も術式も必要ない、魔術師に与えられた天稟。
(そういうことか)
顔を見ると、レオナルドは不思議そうに首を傾げた。
穴の底では、畑組と採掘組、そして生活組と住人が組織されていた。アルグレッドは畑に志願し、フォレイルは採掘組にスカウトされた。ゼオルドはすべての組を回ってから決めることにして、レオナルドを呼びに戻ってきた。
「レオ、俺たちも適当に仕事を……」
ドア代わりのこもを持ち上げたゼオルドは、そのまま言葉を失う。
淡い光が室内を照らしていた。その光は、クリフの左腕から発されている。胡坐をかき、突き出した左腕に、レオナルドが触れていた。
白かった腕はすっかり人間の皮膚の色を取り戻し、抜け落ちた花が床に転がっていた。手のひらの傷もすでに塞がっている。熱を取り戻した左手を、クリフは軽く握ったり開いたりした。光が弱まり、レオナルドは額の汗を拭う。
「できたじゃねえか」
そう笑いかけるクリフの声音は穏やかで、レオナルドも笑みをこぼす。
「嘘みたいです」
「スカーレットさんは見抜いてたんだろうな。俺も名前でもつけるか……」
暗がりで話す双子が、同時にゼオルドに気付く。
ずっと昔。あの双子はああして、二人で内緒話をしていた。小さい声で話していたつもりだろうが、ゼオルドの耳にはよく聞こえていた。
まだ互いの身分も、これから別れ別れになることも知らなかった、昔の話だ。そんな思い出が今更蘇って、ゼオルドの目じりを緩めさせた。
「ゼオ、なに?」
「ああ、ここでの仕事のことなんだが……」
レオナルドは手先が器用なので、生活組がいいだろう。植物から布を作り、枯草と泥で家を作り、少ない食料で食事を拵える。生活組は最も重要で、人手がいつでも足りていないと聞いている。
「それなんだけどさ」
一通りの話を聞いてから、レオナルドは片手を挙げる。
「僕、エヴさんとお近づきになろうと思うんだ」
兄と護衛が、同時に目を丸くした。
翌朝。夜明けとほぼ同時刻に、エヴは飛来した。穴の底でそれを待つのは、レオナルドとスカーレットである。
「せっかく飾ったのに」
「呪いを飾りというなら、貴殿に人を娶る資格はないな」
スカーレットの頬の傷は、薄い痣程度になっている。エヴは鼻を鳴らし、レオナルドへ顔を向けた。
「お前は誰だ?」
レオナルドは髪を高い位置で結び、にいっと勝気に笑った。
「やだな。お前が兄貴欲しいって言ったんじゃんか」
口元だけの勝気な笑みと、少し低い声。顔は元からよく似ている。
そして、おそらく。エヴは他人の容姿に、さほど興味がない。
考え込むように、エヴは腕を組んだ。そのまま空中でくるりと横転して、片目でレオナルドの髪と服を見る。
「名前は?」
「好きに呼べ」
「ふーん。……ふーん。ふふ、ふは、あはははははは! 優しいなあ優しいなあ、嬉しいなあ! お前は大事にしなきゃなあ。そうだ俺、兄が欲しいって言ってたっけ」
瞬きの間に、エヴの両手がレオナルドの頬に触れていた。枯れ枝のような感触が頬を撫でまわし、そのまま抱え込む。
「じゃあ行こう。みんながうらやましがる、きっと!」
ソルードがそうするように、エヴは両手足でレオナルドを抱え込んだ。ついでとばかりにスカーレットを吊り上げて、一気に上昇する。
スカーレットは仮面を押さえ、レオナルドの表情をうかがう。笑顔を張り付けたまま、レオナルドは左手を握りしめていた。白い布と金の鎖で作った手袋が、震える左手を包み隠している。
『じゃあこれ、お守りな』
布はレオナルドの外套の切れ端で、鎖はクリフの外套留めだ。大雑把なようで、こういうところがクリフはまめまめしい。
薄暗い岩の壁は、所々に木が生えている。下から見れば小さいが、曲がりくねった幹の上に、大人が寝転べるほどの大木だった。エヴはその木の一つに近づき、枝葉の間にするりと滑り込む。
エヴが入った木はいっとう太く、幹が岩肌に食い込んでいた。その木のうろに、藁と布で作られた寝床があった。エヴは、その寝床に二人の客人を放り投げる。スカーレットはかろうじて着地し、レオナルドは顔から藁に突っ込んだ。
「俺の家だ。いいだろう」
うろの内側は丹念に磨かれ、橙色の明かりが浮かんでいた。入口の反対側は岩肌が露出している。その岩肌には穴があり、エヴはそこに手を突っ込んだ。
「前の家族がいなくなったんで、ずっと欲しかったんだ。お前が弾け」
振り返ったエヴの手には、古びた竪琴が握られていた。
「長持ちしたら嬉しいなあ」
エヴの表情はころころとよく変わった。背中の光輪は次第に小さくなり、首に文身として輪が残るのみになる。裸足で床に降り立つと、エヴは印象よりも背が低かった。
レオナルドが竪琴を受け取る。つるりとした半月型。本体に開けられたサウンドホールは横長の楕円だ。ぴんと張られた弦は十八本。一本足りていない。支柱には細かな飾り彫りが施されている。色はくすみ、本体にも浅い傷が刻まれているのに、弦には錆びの一つもない。
レオナルドの指先が、弦を弾いた。ぴんと張った弦から、音が響く。
玲瓏たる音とはこのことだろう。レオナルドの故郷にも宮廷詩人がいる。記憶の中の詩人を呼び覚まし、その指の動きを辿った。
たどたどしく紡がれる音楽に、エヴは満足そうに体を揺らし、目を閉じる。ばたり、とその体が床に倒れ伏した。驚くレオナルドに、スカーレットが目くばせをする。
「ここを任せる」
「えっ、はい」
スカーレットは慎重に、寝床から立ち上がる。レオナルドは曲を続けながら、ゆっくりと息を吸った。
「どちらに?」
「情報を集める」
髪を一つに束ね、スカーレットは岩肌に足を当てた。
「ここからが、ダンジョン調査隊の本領だ」
するりと、スカーレットの体が岩肌に飲み込まれる。レオナルドは目を丸くした。そのまま、スカーレットの姿は岩の向こうへと消える。エヴはぴくりと眉を動かしたが、床に倒れたままだった。細い肩が上下している。眠っているのだろうか。
(……ふう)
ひとまず、予定通り。エヴが眠るのは予想外だったが、気を引けているという意味ではこれ以上ない成果だろう。
(兄上……)
幻想種【周遊する異界】がカササギ村を発つまであと五日。使える時間は多くない。
「…………」
まずは、起きた後にスカーレットがいない言い訳を考えておくべきか。
藁布団に背を預け、レオナルドは長く息を吐き出した。
エヴが穴の底に注意を向けていたのは、ほんの数分だった。スカーレットとレオナルドが引き付けている間に、クリフたち三人は地上へ向かう。
クリフが杖を箒に変え、ロアルとトートは瓶の中に。グレンから教わった封緘の魔術だ。この大きさと重さならば、抱えていても十分な速度が出せる。
狭い穴は垂直ではなく、勢いを殺したクリフは地面に投げ出される。土と砂の感触がした。放り出された瓶が空中で溶け、ロアルとトートが着地した。
「いって……」
「大丈夫?」
「何か当たったんだ。結界が弱かったのは意外だが」
クリフは膝の砂を払い、穴を振り返る。
その穴は、真っ白な壁面にあった。地面から突き出した崖の下端、痛いほどに日が差す岩のうろである。
クリフとは反対、トートが見ているのは、廃村だった。
石造りの家が一部の壁だけを残して崩れている。腐った木箱や樽、地面にこびりついた布の切れ端が、そこに人の営みがあったのだと示していた。家々の基礎はほとんど草に飲み込まれている。
風が吹き、トートの耳が跳ねる。
「人の声」
そうトートが指さしたのは、廃村の東――太陽が昇るのが東であれば――にある林だった。
トートが先頭に立ち、三人は林へ入る。田舎によくある雑木林のようだが、地面は固く、木ばかりがにょきにょきと生えていた。首筋を撫で、クリフはトートに駆け寄る。
「なんか変じゃねえか」
「そう?」
「こういう森って、もっと草があるし、枯葉も……」
言いながら、クリフは上を見る。葉が落ちない木なのだろうか。そもそもここは幻想種の体内、クリフの知っている木々があるとも限らないが。
「……やっぱおかしいよな」
青々と茂る木の間に、林檎がぶら下がっていた。
「何が?」
「あれ見てみろ」
クリフが指さして、トートも林檎を見る。
真っ赤に色づいた、立派な林檎だった。大きさはトートのこぶしを二つ合わせたほどで、林檎にしては大きい。丸々とした果実が風に揺れ、枝をしならせていた。
「美味しそうじゃない」
「よし、じゃあ三秒目を閉じろ」
「?」
トートは言われたとおりに目を閉じる。クリフの杖が、こつんとトートの頭をつついた。
もう一度目を開くと、林檎のあった場所に、人の首が生っていた。
「ぎゃああああっ! あっ……、え? はあっ!?」
反射で悲鳴が出る。一瞬脳が理解を拒み、それから改めて、その光景に驚愕する。
「なに腰抜かしてんのさ、ヤマネコ娘」
「なに平然としてんの!? それ、ひっ、人の」
「【人頭果】。古代魔法……いや呪術か。ともかく古くからある呪いの一つだ」
クリフは揺れる首に手を添える。生暖かい。
「俺の恩師の故郷では、『生かす』呪いがあるそうだ。苦しめて殺すんじゃなく、生かしたまま苦しめる。【人頭果】はその中でもまあ、焚書レベルの禁術だな」
生首がぶるぶると震え、その口が開く。こぼれたうめき声は、トートが聞いた人の声と同じだった。
「……生きてるって、こと?」
「意識もある。正気かは知らねえが」
「殺してあげられる?」
クリフはロアルを見る。普段は分かりやすいその表情が、今は見えにくかった。
「できる」
人頭果の解呪方法は簡単だ。同化してしまっている木ごと焼けばいい。
がさがさ、とにわかに枝葉が騒がしくなった。クリフは首から手を離す。
トートは背を丸め、あたりを見る。気付けば、頭上を覆う枝の間に、いくつも林檎がぶら下がっていた。
風はさして強くない。だが真っ赤な林檎がすべて、震えながら揺れている。細い声がいくつも重なって、悲鳴のようにトートの耳を這いずった。
「殺すな!」
怒声が割り込む。ほとんど同時に、ロアルが剣を抜いた。
枝の間から現れたのはジャックだった。険しい顔をしたその右手には、弩が握られている。すでに矢は番えられていた。
「殺すな。エヴが怒る」
「やあ伝書鳩君。ご機嫌いかが?」
「……何だ新入りどもか」
フードを下ろし、ジャックは飛び降りる。
「村長君から伝言を預かっているよ。ボクたち、エヴをどうにかしようと思って。そうしないとあの人たち全員連れ帰れないだろう?」
「……ばかみたいなお人よしがいたもんだな」
「あはは! そうでしょうそうでしょう。協力してくれない?」
白々しい、とトートはジト目になる。
「君だって、何とかしないといけないと思っているから、危険を犯しているんだろう」
「俺の事情を勝手に推しはかるな」
「じゃ教えてよ」
弩から外した矢を、ジャックは指先で弄ぶ。
「イヤだね」
ニヤリとして、ジャックは再びフードを被った。
「俺の村に来い。知恵を借りるなら長がいい」
背を向けると、マントの下に白くふわふわしたものが覗いていた。そのふわふわが、腰の矢筒を覆っている。
ジャックの服装は、全体的に簡素で古風だった。麻のような目の粗い布でできた上着と短いズボン、革製と思しき紐のサンダル。腰のベルトに、矢筒やナイフが吊るされている。脚と腕はむき出しだった。
「あんなんで森歩いたら怪我しそうだ」
ジャックの後を追いながら、クリフはロアルにささやく。ロアルは「あはは」と軽く同意した。
「でも長耳妖精だからねえ」
「エルフ……。エルフ!? あのっ、伝説の?」
クリフの指が、ジャックの背を差す。
「エルフって?」
「人間より先に魔法を使っていたっていう種族だよ。人間が幅を利かせてからとんと見なくなったらしいが」
ふうん、と首を傾げ、トートはジャックの背へ視線を向けた。
人頭果の林を抜けると、地面の緑がやや濃くなった。ジャックが通る獣道以外は、腰ほどまでの背丈の草が生えている。背の高い木々の葉が頭上を覆っていた。
茂みを抜け、ジャックは三人を振り返る。
「あれが、俺たちの村だ」
視界が一気に開け、その眩しさにトートは顔をしかめた。
茂みの先は崖になっていた。雲一つない快晴の空と、一段低くなった地面がある。起伏のある地面に、森が点在していた。いくつかの丘の向こうに、大きな湖が見える。
地面に大きな段差があるのか、と崖を覗き込んで、クリフは我が目を疑った。
「……なあジャックさんよ」
「何だ」
「下にも空があるんだが」
「? そりゃあるだろう。ほら、滑車貸してやるから先に行け」
崖に近い大きな木に、太い鉄縄が結びつけられている。その先端は、崖下へと伸びていた。ジャックが設置した滑車には、縄と布の腰掛だけがついている。
「えっ」
「着地できるから大丈夫だ。行け」
崖際に立つと、その下には青空があった。地続きだと思っていた地面は、その空を挟んだ向こう側にある。
「え、ちょ、俺は魔術で」
「ほら行くよ魔法使い君」
ロアルが滑車を受け取り、クリフの襟首をつかむ。行ってらっしゃい、とトートが手を振った。
「まっ、今ちょっと覚悟決めるから、ロアル!」
「遅いよ」
ロアルがクリフの足を蹴り、体が滑車から吊り下げられる。内臓が浮く感覚に、クリフは顔をひきつらせた。
「うわあああああーっ!」
クリフの情けない声とともに、二人は空中通路を滑り降りる。
ワイヤーの角度は外見よりもなだらかだが、それでも風が轟音となる程度のスピードが出ていた。
「速いねえ! ねえ、どんな景色? 幻想種の体内って空は青いのかい?」
「その質問今じゃなきゃダメか!?」
景色を見る余裕などあるものか。目を開けているのでもやっとだというのに。
「だって、ボクは見えないんだもんさ。君が見てくれないと」
「っ……あ~、クソっ!」
その言い方は、少々ずるいのではないだろうか。
数度首を振ってようやく、クリフは両目に景色を映した。
(……浮島だったんだ)
誰しも――少なくとも、アークリヴァルティという大陸に住んでいる生物であれば――大地はこの上なく確かなもので、星に支えられた確固たる土台である。まさか水面の筏のように、その下に支えがないとは思わないだろう。
だからこそ、今のクリフには、その蒼天が鮮烈だった。
全天の、途切れることのない青。先刻まで歩いていた森も、それを育んだ大地も、一つの岩山のようになってしまった。その先には空がある。見下ろした足の先にも空がある。
蜂蜜色の瞳が、蒼天を映す。
まばゆい青空に浮かぶ群島。まるで現実味のないその景色が一瞬、クリフに恐怖を忘れさせた。
「綺麗?」
「……ああ」
「そう。よかった」
ワイヤーの角度が緩やかになり、速度が落ちる。着地地点の木には、綿の入ったクッションが巻き付けられていた。枯葉と藁を積み上げた地面に飛び降り、ロアルはクリフを受け止める。
二人からやや遅れて、ジャックとトートも滑り降りてきた。
「さあ立て。上から見えただろ? あの湖のほとりが俺たちの村なんだ」
「……結構遠いんだな」
「長身族に合わせて歩いてやるから、遅れるなよ」
木々が密集する森を抜けると、地平線のかなたに水面のきらめきがあった。




