6)陽だまりと月明かり
昼前に下宿を訪ねてきたクリフは、頬に大きなひっかき傷を作っていた。髪はうなじのあたりでさっぱりと切りそろえられているが、表情には疲れが見える。
「大丈夫かイ?」
「……子育てって大変っすね」
アンキュウは苦笑いを漏らし、クリフを招き入れる。クリフの後ろには、サイズの合わない服を着たベルと、それを抱き上げているロアルがいた。
出された紅茶に頭を下げて、クリフはソファに体を沈める。
「風呂……というか、シャワーまでは大人しかったんすけど、飯が大変で。スプーン使わないであっつい粥の皿に顔突っ込んで、ようやく食べ終わったら俺の飯も食おうとして。それでちょっと暴れました」
「食事は命にかかわるからネ。しばらくは意地汚くてもしょうがない」
「それはそうっすけど」
頬の傷に指を当て、クリフは向かいのベルを見る。夜はよく寝ていたが、朝食はまた一苦労だった。今はロアルの上で、のんきに寝ているが。
「言葉は、そこそこ通じてるっぽいです」
「賢いとは思ウよ。檻に入れられていなくても、ほかの子供から食事を奪ったりはしなかったそうだから」
「それは、ほかの子供のほうがすげぇんじゃ……」
「ああ、その子供たちだけど」
アンキュウはデスクから、憲兵のレポートを取ってくる。
「あソコにいた七人は七人とも、親御さんのところに帰ったよ。顧客リストから、ほかの子供たちもおおむね、居場所が分かっている」
「そうですか」
ずらりと並んだザマルの貴族の名前に、クリフは顔をしかめる。ザマルでは議会が国政を担い、貴族は形骸化して久しい。しかし中には、今でも血縁を重視する閉鎖的な気風を持っている家もあるという。だからとは言わないが、議会や憲兵といった現行体制とは折り合いが悪いと聞く。
「まあ、難しい話はいいです。あとは憲兵とかその辺が何とかするでしょうし」
「そうかイ。じゃあ報酬の話をしよう」
地図をテーブルに広げ、アンキュウはその一点を指差した。
「ここ。学院東通りに、教諭に与えられる研究棟がある。書庫が一室、中型の倉庫が一室、あと普通の部屋が一室。考古学者とかなら倉庫もいっぱいになるそうだけど、私は文献が主だから、あまり使わなくてね」
「本当にいいんですか? 結構でかいし、いつまでかも分からないのに」
「いいとも。下手に触らないとも約束しよウ。いつ移動させる?」
クリフはしばし考え込み、ロアルを見る。ベルの背を撫でていたロアルは、視線に気づいて顔を上げた。
「いつでもいいよ。どうせ魔術を使うのは君じゃないか」
「あー、じゃあ今の倉庫は一か月借りてるし……」
とんとん拍子で話は進み、三週間後に遊撃機を移動させることに決まった。その後の予定を聞かれ、クリフはまたロアルを見る。ロアルは「うーん」と悩むような声を出した。
「冬だし、あんまり動きたくないよね」
「まあ、ギルドの出張所があればどこでも冬は何とかなると思うが」
「そう? じゃあ気になる場所がある」
ベルをソファに降ろし、ロアルはクリフの隣に座る。ばさばさと地図を広げると、ザマルからやや上方に書かれた一点を指差した。
「とある国の跡地。今は、精霊の森とか呼ばれてるんだって」
「精霊……、もしかして【幻惑の森】か?」
それは、ザマルから北東へ十日ほど歩いた先にある、広大な森林地帯だ。常に深い霧に覆われ、不用意に入れば二度と出られないと言われている。広さはザマルの倍以上、嘘か真か、千年を超える歴史があると言われている。冒険者ギルドも、一応ダンジョンとして登録しているというだけで、詳細はほとんどが不明だ。
「そう。ボクの探しているものはどちらも、古いものだから。ここならあるかなって」
どうやらロアルは、森に踏み込む気が満々らしい。
「分かった。三週間で準備しねえとな」
「あんまり危険だったら考え直すけどね。またパーティ募集しないといけないなあ」
丸くなって寝ていたベルが、はっ、と体を起こす。まだ長い黒髪が、床まで垂れ下がった。髪の間から飛び出した耳は、絵本の妖精かなにかのように尖っている。その耳を上下させ、ベルはきょろきょろとあたりを見た。ロアルは両手を広げ、「おいでー」と呼びかける。ソファを蹴り、ベルはロアルの腕の中に飛び込んだ。
「……ああそうだ、ちびの名前、ロアルが考えて」
温かい目をしているアンキュウに、クリフは顔を向ける。
「ソル……ソルード・ラージェはどうかって。あいつの国の古い言葉で、『陽光差すところ』だそうです」
「寝ないで考えたんだ。気に入ってくれるといいな」
お前もともと寝ないだろうが、という言葉は飲み込んで、クリフは黙って頷いた。
「いいんじゃないかイ。養子縁組をしたら、ラージェは残せないカモしれないけれど」
「名付けは祝福。ボクがつけた事実があればいいよ」
ロアルの腕の中で、ソルードはもそもそと丸くなる。おさまりがいい場所を見つけたのか、数秒もするとまた寝息が聞こえてきた。
昼食を、とアンキュウは誘うが、クリフは二人の様子を見て断った。今のソルードをレストランに連れて行けば、どんな惨事になるかは目に見えている。かといって、ロアルとソルードを除いて、というのをアンキュウは承服しないだろう。
「次来た時にしましょう。ちびも一緒に、ゆっくり食べられる店で」
玄関先で握手を交わし、クリフは気恥ずかしそうに笑って頬を掻いた。
「先生に頼られて嬉しかった。また、冒険者が必要な時は頼ってください」
「……うん」
困ったように笑うアンキュウに見送られて、クリフは走り出す。
シーラー国立魔術学院は、エストラニウス国内でも有数の規模を誇る。学園都市国家という環境も手伝って、はるばる隣国から留学に来る魔術師もいた。一学年が数百人規模、下は十歳から上は二十五歳まで、寮では昨日まで面識がなかった他人と顔を合わせ続ける。
それだけ学生の数が多ければ、軋轢も生まれる。出自、才能、成績、境遇。理由はいくらでも生み出せる。その捌け口として、農村出身でエキスパートのない人物というのは、あまりにも都合がよかった。
『君たちの理屈も感情も関係なイ。君たちはその子を傷付け、その子は傷付いた。事実を前に言い訳をするんじゃない、見苦しい!』
アンキュウが怒鳴るのを聞いたのは、後にも先にもあの時だけだ。
息が詰まりそうな日々が、あの瞬間確かに終わったのだ。もっとも、三人から謝罪を受けたあと、クリフも、折った歯と鼻の分は謝罪をさせられたが。
「……ちょっとは恩、返せたかな」
顔を綻ばせると、傷が少し痛んだ。
三日もすると、ソルードは椅子に座っていられるようになった。声はまだ唸りのようなものしか出さないが、足をぶらぶらとさせて朝食を待つ姿は、普通の子供と変わらない。若葉色の服も、さほど嫌がらずに着ていた。まだ痛々しいほどに痩せているが、ロアルかクリフにくっついていればどこでも寝られるようだ。この調子ならば、十日もあれば身支度くらいはできるようになるだろうか。
「今日はソルの髪を切ろうと思うんだけど」
「おう」
クリフがパンを小さく千切るのを、ソルードは口を開けて待っていた。犬歯が上下に二対あり、特に上の歯は鋭く尖っている。口元にパンを差し出されると、犬歯が当たらないように器用に歯で受け取った。雛鳥みたいだな、とそんなソルードを見てクリフは思う。
「頭に触るの、嫌がるんだよねえ」
「しょうがねえと言えばそうだが、暴れられるのは困るな……」
風呂ではそういうものだと諦めているのか大人しくしているが、それ以外の時は頭に手が近付くのを極端に嫌う。そもそも、自分の死角から手を出されるのが嫌なようだ。
「角もあるしなあ」
「角? それボク知らない」
「見せ……見えないか」
「調整すれば見えるかも」
クリフはソルードの前にしゃがみ、両手を取って目線を合わせる。
「頭、触ってもいいか?」
ソルードは二度瞬きをすると、すっと頭を下げた。
「いい子だ」
ぎゅっと目を閉じているソルードの頭を撫で、クリフは手早く髪をかき分けた。ロアルが角を確認すると、すぐに頭から手を離す。ソルードはぶんぶんと頭を振った。
「何の獣人なんだろうな、本当に」
「さあ。角のある爬虫類なんていたかなあ」
クリフの手からパンを食べながら、ソルードは両手を頭にやって俯く。
「とりあえず、ボクが一緒に床屋行くよ。多少は落ち着いていられるかも」
小さいパンを二つと豆のスープ、ハムを三枚食べ終わると、ソルードはクリフの手元をじっと見た。
「……これは俺の。あーってしてもあげない」
「いいじゃない、ちょっとくらいあげても」
「食いすぎだよ、まだ体が慣れてねえだろうに」
水が入ったコップを差し出すと、ソルードは両手でそれを取る。勢いよく飲む口の両端から、びたびたと水がこぼれた。
「クリフは今日、どうする?」
「……そろそろ出稼ぎ行くか……」
ギルドの掲示板を見る。相変わらず、たくさんの依頼が貼り付けられていた。
「オッケー。稼いできてね、お父さん」
「こんなでけぇガキいてたまるか」
ソルードは小柄だが、十歳は超えていると思われる。まだ十八歳のクリフとしては、父親、という言葉にはそこそこの拒否感があった。腕で抱えられるような乳幼児ならばともかくとして。
「だいたい父親二人息子一人っておかしいだろうが。お前が何歳かは知らねえけど」
「そう? 別にいいじゃない、養子みたいなものだし。それに、正確には父一人子一人背後霊一人だね」
「もっとおかしいわ」
頭の上で交わされる会話に、ソルードは首をかしげる。二人はそれに気付くと、同時にソルードを見た。
「あーあー、腹までびっちゃびちゃじゃねえか」
「ふふ、元気がよくて大変よろしい」
「ほら動くな」
顔を拭かれると、ソルードはきゅっと目を閉じた。
食事を終えようと立ち上がった三人に、たたっ、と軽い足音が駆け寄ってきた。ロアルは両腕でソルードを抱え、足音の主を見やる。
「あ」
「ん?」
ぴんと耳を立て、トートが立っていた。ダンジョン帰りなのか、頬に泥を拭った跡がある。トートは三人を順番に見ると、やや深く息を吸う。
「生んだの!?」
「ああ!? なん……ンなわけあるかバカ!」
開口一番の言葉に、クリフは若干遅れて反応した。
「そうだよヤマネコ娘。こんな大きい子がお腹から出てくるわけないじゃないか」
「そこじゃねえだろ!」
クリフの大声にも慣れたのか、ソルードは我関せずといった様子でトートの耳を目で追っている。ズレた返答にかえって冷静になったのか、トートは「そうだよね」とだけ言って話題を流した。そうだよねじゃねえ、と喉まで出かかった言葉を、クリフはなんとか飲み込む。
「あんたら、あとどれくらいザマルにいる? ワリのいい仕事があって。あたしたちもう出発しちゃうから、何人か紹介してほしいって言われてるの」
「渡りに船だ。クリフ、今日それ行きなよ」
午後に約束を取り付けると、トートは颯爽と去っていった。ロアルを真似て、ソルードも小さく手を振った。
アンキュウとの約束通り、引き取って十日目、クリフはソルードをアンキュウの下宿に連れて行った。身寄りのないソルードは今後、アンキュウが養子として迎える――予定だったのだが。
「ダメだったんですか? 養子縁組が?」
「ああ。二人ともザマルの戸籍を持っていないかラ、手続きができないと」
「……あー……」
アンキュウは渡来の学者であり、ソルードはダンジョンで発見された孤児だ。一応、魔術学院の教諭として市民権は持っているが、それと戸籍はまた違う話である。
クリフの膝の上に座り、ソルードは天井の木目を数えていた。その向かいで、アンキュウは難しい顔になる。
「そこで、相談なのだけど」
「……滞在は伸ばせないっすよ。ちびを引き取ってもらえたら、出立を早めようって話もしてるんです。雪が降りそうだから」
「逆だよ。連れて行って欲しいンだ」
アンキュウの言葉に、クリフは目を瞬かせる。ソルードはアンキュウを見ると、大きな目を丸くした。
「……えっと」
「意外かな」
「はい」
アンキュウは、ソルードに危険が及びかねない選択肢は取らないと思っていたのだが。
そもそも、養子縁組が却下されたとしても、他の選択肢はいくらでもある。学院の孤児院や支援会、冒険者ギルドに預けるのも手だ。戸籍を諦め、アンキュウがそのまま後見人として引き取ることだってできるはずだ。
「それに、冒険者は危険ですし」
「そこは君たちを信頼していル。私なりに考えてね。彼にとって、一番苦しくない選択をさせたいと思ったんだ」
視線に居心地が悪くなったのか、ソルードはクリフの背中とソファの間に頭を潜り込ませていた。
「でも、それが最善かは……」
「だかラ私が決定した。私は君たちを信頼して、彼に猶予を与えたい。彼がどう生きるか、選べるようになるまでの。それは、大人の仕事だかラね」
真剣な顔で言ってから、アンキュウは表情を緩める。
「結局何もかも君たちに任せっきりで、無責任だけど」
「……先生が裏で動いてくれたから、憲兵ともうまくやれたんです」
どうも、と苦笑して、アンキュウは一冊の本をテーブルに置く。
「学院からの謝礼。未来への投資と思ってもらっても」
本は白紙の日記帳。開くと、白い封筒が挟まっていた。
スノウブラッド横丁の一角には、時折、景色を売る本屋がやってくる。全身をすっぽりと覆うローブと木製の杖、大きな背負子が目印だ。杖の上端には、小さな鈴が文字通り鈴なりになっていた。
背負子には木製の棚が取り付けられ、その中に薄い板がずらりと並んでいた。一本足の椅子に腰を下ろし、本屋はオカリナを吹き始める。
尖った耳を上下させ、ソルードは足を止めた。髪はさっぱりと短く切られ、クリフの外套を握っている。ソルードが止まったことに気付くと、クリフは足を止めて振り返る。
「……る」
「ん? どうした、ちび」
ソルードははっと顔を上げ、急いでクリフに身を寄せる。クリフはソルードの視線を追い、本屋に目を向けた。
「ああ、見ようか」
「……う」
かすかな声に、喜色が混じっていた。棚の前でしゃがみ、クリフは店主に声をかける。
「読んでも?」
「ご自由に」
板を一枚取り出すと、角を丹念に磨かれた一枚板には、魔法陣が刻まれていた。裏面には『テスタ草原』と書かれている。しゃがんだソルードの前に板を出し、同心円の間を指でなぞった。
シャリン、と、金属の板がこすれるような音がした。魔法陣に赤い光が走り、五芒星の頂点が順番に点滅する。と、木製の板の上に、両開きの扉のような模様が浮かび上がった。扉が奥へと開き、その向こうに青空が映る。
ソルードの大きな目が、驚いたように丸くなる。窓から外を見ているかのように、木の板の上に、果てしない草原の景色が現れた。窓から外へと手を伸ばそうとして、ソルードの手は板に触れる。奥行きのない板から、草の匂いを含んだ風が吹いてくるようだった。
雲一つない晴天の下で、春風が草木の葉を揺らしていた。雪をかぶった青い山脈が、はるかな先に見えてくる。白い土の道がまっすぐに、その山脈へと伸びていた。
誰かが見た景色なのだろうか。ゆっくりと上下に揺れる風景の中を、馬の群れが横切った。その中の一頭がこちらを見て、それからすぐにふいと顔をそむける。景色は道端の木陰に入ったかと思うと、ゆっくりと空を見上げた。木の葉の間から、日の光が差し込んでいる。抜けるような青空。小鳥のさえずりが聞こえたかと思うと、景色は遠ざかり、扉が閉じる。風の音が止み、扉はまた木の板へと戻った。
「……う!」
「おう、買おうか」
ソルードはクリフを見上げ、何度もうなずく。地面に触れている尾が、それに合わせて上下した。
「それがいいか? 星空とか、海なんかもあるが」
「……ん」
ソルードは両手で、板を胸元に抱き寄せる。クリフは代金を払い、ソルードに手を差し出した。片手で板を、もう片手でクリフの手を握り、唇をきゅっと結ぶ。
続いて薬種店に入ると、きんきん声の店員が声をかけてきた。ソルードは外套の中に入り、クリフの足に尾を巻きつける。ぽんぽんとその背をたたいてあやしながら、クリフは薬種の棚を物色した。
薬はダンジョン攻略にも使うのだからと、ロアルから資金を渡されている。薬種は植物の種から鉱石片、小瓶に入った液体まで様々だ。
「銀砂糖と深海親水ってあるか?」
「ええ、こちらに」
店員は愛想よく、クリフを店の奥へと案内する。見上げた棚には、『魔女のキッチン』と書かれていた。
「お連れ様もどうぞ~、二階のカフェの新作なんですぅ」
店員が、薄緑色の飴を持ってきた。差し出されたうす平べったい飴を、ソルードは勢いよく噛み砕く。飴を咥え、クリフは棚から三つ瓶を取った。
「ガキは甘いもんが好きだろうけど……ちび、お前も好きだよな?」
「んい?」
飴のおかげか、先ほどよりは上機嫌に見える。最もソルードは、口に入って飲み込めるものならなんでもよさそうなところはあるが。
「そうか、お前がいるなら野宿の道具も増やさねえとな……」
服も、クリフの服を緊急で仕立て直したものしかない。きちんとサイズの合ったものを買いたいところだが、子供向けの洋服店はさすがにクリフも詳しくなかった。尾の周辺はオーダーメイドの手直しも必要だろう。冬に北へ出発するのだから、防寒着と万一のための天幕の材料も必要だ。痩せぎすのソルードは、一枚余計に毛布があった方が安心だろうか。子供がいる旅自体は初めてではないが、子供を連れての旅は初めてだ。
やることを数えると面倒さはあるが、人間らしい生活を忘れているロアルに任せてもいられない。昨晩も、夜中になっても眠らないロアルの隣でうつらうつらとしているソルードをクリフが無理やり寝かしつけた。急に窓の外に飛び出したりしないだけ、まだましだと思うべきだろうか。
「ちび、どれが好きだ?」
小さな瓶に入った色とりどりの粉を見せると、ソルードはじっとクリフを見上げ、黄色い粉を指さした。
「これか? お前の髪だったら……いやまあいいか。うん。お前が好きなほうが正解だよな」
「うぃ」
「じゃあ外套はこいつで染めて……」
靴も、旅をするなら頑丈で柔らかいゴム底がいい。それはこの横丁ではなく、ギルド周辺の店に行った方がいいだろう。
「よしちび、買い出し終わり! ギルドでロアルと合流しよう」
「……る」
「そう、ロアル」
「る!」
ソルードの口の端が引き攣る。クリフは自分の口に指を当て、口角を上げてみせた。ソルードもそれをまね、両手で頬を上げる。
「……笑顔の先生が欲しいよな」
「せんせぇ?」
「こう、にかーって笑ってみろ、うりうり」
「んむぅえええ」
頬を揉みしだかれ、ソルードはされるがままになっていた。ぎゅっと寄せられた唇に、思わずクリフは吹き出す。クリフの笑顔を見上げ、ソルードは目をぱちくりとさせた。
「そろそろ歩くの疲れただろ。ほら、抱っこ」
「……ん」
クリフが両腕を広げると、ソルードは首を横に振り、外套の端を握った。
「そうか? 頑張るならそれでいいけど」
「うぃ」
眠たそうに目をこすりながら、ソルードはクリフの歩幅に合わせて歩き出す。だがスノウブラッド横丁から出たあたりで、がくんと首が揺れた。頭を振って眠気を飛ばそうとするが、それより先に、暖かいものに体が包まれる。
金色の光が、ソルードの視界を埋めた。心地良い揺れで、どんどん体が重くなっていく。
(……たいよう)
それは、暗く寒い檻の中から連れ出されたあの日、自分を照らした光だった。自分をまっすぐに見て、甘い星屑をくれた手。
「……にいしゃ……」
クリフの髪に鼻先をうずめ、ソルードは目を閉じた。




