番外一話 こたつを久々に離れます
すりガラスの先、玄関方面というのは、いわゆるリビングダイニングのことです。
玄関を正面に、右側に台所や冷蔵庫。左側に洗濯機や浴室・ご不浄などの水回りとなっています。
私の案内を聞いているのかいないのか、あおい様は終始楽しそうに、新しい部屋を眺めています。
私はこたつの精。初めてあおい様とお会いした時から、新しく治めていただきたいこの地のご案内を任されています。
……他に適任が思い浮かばない程度には、この家の精たちは癖が強いですから……はぁ。
あおい様も、同じくらい突拍子もない方なのですけどね。
お目覚めになった時も、ネロ様にしがみ付いていたようですし、座敷童としての自覚も薄いようでした。
浮遊霊との違いを説明するための理論は持ち合わせていなかった私ですが、それ以上に、この家を支えてくださる方がいなくなってしまうことに危機感を持ったのです。
何とか言いくるめてみたりしたものの、やはり元の世界に思いを馳せる時があるようです。
そういう時にあおい様は、必ず唇を尖らせてむうむうと考え込むのです。
ただ、思考の切り替え自体は早く、自分にできそうなことをすぐさま考えて行動する様には、目を見張るものがあります。
「ねーねー、こたっちゃんって呼んでいい?」
そんな風に、私に語り掛けてくれるあおい様は、気さくながらも真剣な顔つきで接してくれました。
家の中では上位に位置する方にそう言われ、初めは戸惑ってどう返答していいものか、頭が真っ白になってしまったものです。
先代様とはそのような会話は憚られ、采配を振るう様子を遠くから見守るしかできていませんでしたから。
PS5を嬉々として遊ぶせとさんと先代様の近しさが羨ましくて、胸がチクチクと痛んでいたことを思い出します。
……いえ、私のことはどうでも良いのです。
あおい様をどうお呼びすれば良いのか思い悩む間にも、私が思っていた以上の行動力を見せつけられ、更に頭を抱えることになったのです。
華麗に宙を舞い、複雑な構造のはずのスマホすらも生み出して見せたのです。
こんなにも柔軟に発想できるなら、うまく霊力をコントロールできさえすれば、先代様にも手が出せなかった『あの違和感』も取り除くことができるかもしれません。
今は体力を代用しているようですが、自身の霊力を動かす術を身につけられたならば、お力を発揮するにも支障はなくなるでしょう。
まず、人間では扱えない領分の力について学んでいただく必要がありますけど。
家主様方を見て、逃げ出されたりしなくて、本当に良かったです。
働き甲斐について熱く語り始めたあおい様を見て、ほっと胸を撫でおろしたのでした。
よこしまな気配を感じなくもなかったのですが、やる気になっていただける分には問題ありません。
ありませんったら、ありません。
もし、もしも、盗人行為を目にしてしまったら、その時に改めて考えましょう。
先代様の時代から、私の目が急激に衰えたものですが、今代でも激しく霞んでしまう気がひしひしとするのでありました。
………
……
…
「ねーねー、この玄関側て、何でこんな綺麗なの?」
地脈・霊力の話を一区切りして、あおい様をご案内し始めて、すぐの話でした。
何とも御力についての説明をするというのは、難しいものです。
どういう仕組みで、どういう意識をもって、呼吸しているの? と問われている状態に近い、と私は思います。
人間にいきなりエラができて、肺呼吸もできるけどエラ呼吸もできるようになりました、と言われても困惑するしかない、とでもいいましょうか。
しかし、あおい様はエラ呼吸できるなら、取り合えず味噌汁にダイブしてみよう、と言いかねないお人です。
よくよく見張っていないといけないでしょう。
そんな心境は一先ず置いておき、あおい様の疑問にお答えしましょうか。
「こちらはネロ様の衛生管理を担っているお部屋なので、床を広く取っている、らしいです」
「こっちがどうにかなるなら、あっちもどうにもなりそうなのにね」
そのお言葉には、同意しつつも、全ては家主様方のお考えとして飲み込む他にはありません。
玄関側の部屋には、ネロ様のご飯、お水、御手水がおいてあります。
このご飯を出してくれる箱は、日に三回、朝昼晩にご飯を配給してくれます。
家主様たちはお外に出る時間が多いので、ネロ様のために設置したものでした。
お水も同じように、自動で給水されるようです。
水の流れを制御できるとは、人の世も進化を重ねているのだなあと、初めて装置を見たときには驚いたものです。
「まあ、これならネロ様部屋は合格かな。
あーお風呂も入りたいし、お風呂上りにプリン食べたい。
今ならバケツプリン……」
不意にあおい様がふらふらと、お風呂場の方へと歩き始めました。
不穏な呟き? 私には何も聞こえませんでした。
カーテンで区切られたその先、洗濯機やトイレ・お風呂場に繋がる区画へと潜っていったあおい様を追って、ため息一つつきながら足を向けようとしたその矢先。
「ぅぅわわああああああ、あんた誰?! 何? カッパ!?
ジャパニーズ・KAPPA!?」
いや、あおい様もジャパニーズの女子高生では?
思わずそんな突っ込みが頭を駆け巡りましたが、ぐっとこらえてあおい様の元へ急ぎました。
「あらん、乙女の入浴に闖入してくるなんて……ダメダメよん」
ハスキーボイスが浴室に響いて、一瞬で静寂が戻ってきました。
洗面器の中で泡風呂を楽しむふくよかな河童と、あおい様が対面しているところでした。
あおい様は驚くことも忘れたかの様に、固まっていました。
さもありなん。
「あおい様、大丈夫です。ベティさんは悪い河童ではありません」
「そぉよぅ。淑女として、いたずらっ子なキトゥンちゃんも、今回は許して、あ・げ・る」
「いや……いえ、浴室の扉が開いていたもんで、つい……」
「でもぉ、カーテンは閉まっていたでしょう?
まず声をかけるのが乙女としてのマナーなのよ。
メッ」
「あ、はい……そうですよね。お邪魔してすみませんでした」
「反省できる子は好きよん。良くできました」
艶然と微笑む河童と対面するジャージ系女子高生。
思わず頭を抱えたいところではありますが、そうも言っていられないでしょう。
私があおい様を導かねば。
「ベティ様、私が付いていながら失礼いたしました。
こちらは新しい座敷童様である、あおい様です。
改めてのご対面は入浴が終わってから後ほど、ということでも宜しいですか?」
いきなりの対面に動揺しているのか、あおい様は驚くほど静かにこくこくと頷くのみでした。
「ええ、あたしからもご挨拶させていただきたいわ。
あなたがここまで来るのも珍しいもの。
みんなでお茶でも飲みながらお話ししましょぉ。
小豆のスイーツがあると嬉しいわぁ」
「では、ご用意しておきましょう。
あおい様は小豆はお好きですか?」
突然話を振られて、弾かれた様に肩を揺らしたあおい様でしたが、深呼吸を二度三度してから、お返事されました。
「……小豆とプリンの何かで。後で、よろしくお願いします」
そう絞り出すように言って、足早に浴室の区画から辞していきました。
「ではまた」
「またねん」
キュキュっと自らのお皿を磨いて光に透かしているベティ様を背にして、私はあおい様の後を追っていくのでありました。




