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時計塔に


「――案外、あっという間についたな」


 この世界にきてから、はじめに定めた目的地。

 時計塔の麓にまで、俺たちは何事もなくたどり着いた。

 見上げた塔は、天さえも貫いているように見える。

 今からここを登るのかと、気が滅入りそうなほどに背が高い。


「言われるがまま、付いてきましたが。ここに何かあるんですか?」

「さぁ? なにがあるんだろうな?」

「さぁ? って、なんの目的もなくここに来たんですか?」


 心なしか、凜の目が細くなったような気がした。


「でも、こういう目立つ場所には、なにかあるって相場が決まっているんだよ。ゲームって奴はな」

「はぁ、そう言うものですか。まぁ、私はゲームと言うものにあまり明るくないので、なんとも言えませんが」


 こういう感覚は、普段ゲームをしない魔術師にはわかりにくいか。


「それに天辺まで登れば街全体を見渡せるだろ? マップだけじゃあなくて、きちんと自分の目でも地形を把握しておかないとな」


 そんな今思いついたような、最もらしいことを言ってみる。

 すると、凜はすこし驚いたような表情をした。


「……なにも考えていないように見えて、実はいろいろと考えているんですね」

「どう言う意味だ? それは」


 まぁ、誤魔化せたからよし。

 そんな軽いやりとりをしつつ、時計塔に足を踏み入れる。

 蝋燭の心許ない明かりに照らされた室内は、とても簡素な造りになっていた。

 これと言って特徴的なものもなく、というか何も見当たらない。

 ただ広い空間が広がっているだけで、とても閑散としている。

 強いて特徴を挙げるなら、床の模様が派手なことくらいだろう。

 あと、すこし埃くさい。


「なにもないように見えますが。それどころか、これどうやって上に登るんですか?」

「たしかに、階段が見当たらないな」


 薄暗くて見つからないだけかとも思ったが、本当にない。

 入り口は、ここにしかなかったように見えたけれど。

 もしかして裏口的なものが、あったのかも知れない。

 だとすると、ここを一度でて時計塔の周囲をぐるりと巡らなければならないことになるのだが。


「――いや、上を見てみな」


 幸いなことに、ここを出る必要はなくなった。

 薄暗くて見えなかったが、意識してみれば簡単に見つかった。


「上? ……四角い、穴?」


 天井にぽっかりと、四角い穴が空いている。

 その先は闇に覆われていて、様子は窺えない。


「なんのために、あんなものが?」

「察するに、これのためだろうな」


 四角い穴の真下には、あの派手な模様が広がっている。

 そこが怪しいとみて、かつかつと足音を鳴らし、その上に立つ。


「ほら」


 手招きをして凜を呼び寄せる。

 訝しげな表情をした凜は、けれど素直に側まできた。

 すると、動き出す。

 この空間に仕掛けられていた機構が作動する。


「こ、これって」


 足下が震え、微かに身体が重くなる。

 この感覚には、憶えがあるだろう。

 そして、俺たちは上昇した。


「エレベーター、ですか」


 それなりの速度で、模様が描かれた床は上昇していく。

 階段がなかったのは、このエレベーターがあったからだ。

 そしてこれの上昇に合わせて、壁のくぼみに備えられた蝋燭に火が灯っていく。

 ほの暗く、先の見えなかった穴の中は、意外にも明るいものとなっていた。


「よく気がつきましたね。こんな仕掛けに」

「天井に穴が空いていて、その真下に意味ありげな模様が描かれていたんだ。なにかあると思うのが自然だろ? それに階段が見当たらないっていうのも判断材料だな」

「なるほど……もしここに来たのは私一人なら、諦めて別の場所へ向かっていたかも知れませんね」


 普段からゲームで遊んでいるような人間にとっては、簡単に思いつく発想だ。

 けれど、俗世に疎い魔術師には、なかなかどうして思い至れない発想でもある。


「おっ、どうやら頂上みたいだな」


 そう話していると、穴の先が微かに視認できるようになる。

 終点が近づいた証拠だ。

 エレベーターは速度を緩めることなく上昇し、俺たちを終点にまで運び届けた。


「――絶景だな、こりゃ」


 時計塔の頂上から眺める風景は、この世界の広さを示していた。

 見渡す限りに広がる街の景色。地平線の果てまでも、それは続いている。

 街を切り裂くように走る水路。煙を上げる煙突の群れ。点在する営みの明かり。

 REMは、こんなにも広い。


「落ちたら、ひとたまりもないな」

「不吉なこと言わないでください」


 そう言いながら、隣に凜が並んだ。


「思った以上に、広いですね」

「あぁ。俺も驚いてる」


 地上からの視点では、街がどの程度の大きさなのか判断がつかなかった。

 けれど、こうして俯瞰視点からみる街は、その広大さを俺たちに見せつけている。

 現実の街一つ。いや、それ以上に広い。

 この世界を、ただのゲームとして楽しめたなら、どれだけ気分がいいだろう。

 そう、思わずにはいられなかった。


「これだけ広いと、地形の把握は難しそうですね」

「あぁ、でも大雑把にでも街の広さが掴めたのは収穫だ。これで色々と――ん?」

「どうしました?」

「いや、あそこがちょっと気になってな」


 そう言いつつ、見つけた場所に指を伸ばす。

 その先にあるのは密集した民家の中に不自然に存在する空白だった。

 民家がそこだけを避けるように建っている。

 屋根の群れしか見えない俯瞰視点でも、その石畳の露出がはっきりと見える。

 とても違和感のある場所だ。

 きっと、そこには何かある。


「調べて見ますか? 行く当てもないことですし」

「うーん」


 なにが起こるかわからない以上、浅慮な判断で動きたくはない。

 しかし、このまま手を拱いていても、悪戯に時間を浪費するだけ。

 このREMに止まっていられる時間も無限ではない。

 ここは多少の危険は承知の上で、飛び込んでみるのもありか。


「よし、行こう。だが、何が起こってもいいように腹は括っておいてくれ」

「はい。元から腹は括って来ていますので、心配はいりません。では、すぐにここから降りて……」


 そう意気込んだ言葉の途中で、凜は声を途切れさせた。

 視線はエレベーターとは別の場所に向けられている。


「どうした?」

「いえ。その、あれが目に入ったもので」


 凜が向けた視線の先には、隅にぽつんと置かれた発光体だった。

 あれには見覚えがある。

 エネミーが落とすドロップアイテムにそっくりだ。


「配置アイテムだな。役に立つものだから拾っとけ」

「私が拾ってもいいんですか?」

「うん? あぁ。こう言うのは早い者勝ちだ。見つけた奴が遠慮なく拾っとけばいいんだよ」

「そう言う、ものですか。では、遠慮なく」


 そう言って凜は足を進めた。

 ある程度、近づくとアイテムが反応する。

 まるで人魂の如く、発光体は凜の目の前にまで移動した。


「えっと。これに触って」


 ぎこちない手つきで触れて、アイテムを入手する。

 発光体は掻き消えて、霧散した。


「どんなアイテムだろうな?」

「いま確認します」


 四本指で四角が造られ、インベントリの画面がひらく。


「……聖銀、というものでした」

「聖銀? 聖なる銀? あまり聞かない名前だな」


 止血剤もあまり聞かない名前だけれど、用途はなんとなく理解できる。

 回復アイテム。またはそれに類する効果を持ったものだ。

 そう言えば、色々あって効果の確認はまだしてなかったな。


「いい機会だ。アイテムの効果を調べてくれないか?」

「えっと、どうすれば……」

「うーん。長押し、とか?」

「……やってみます」


 俺の曖昧な指示に頼りなさを感じつつ、凜はそれを実行に移す。


「――あっ」


 どうやら、成功したみたいだ。

 言えばあたるものだな。

 これも長年の感か。


「装備した武器に銀属性を付与する、と書かれていますが、これはいったい?」

「あぁ。エンチャントアイテムか」


 なるほど。

 用途はそれだったか。


「エンチャントアイテムとは?」

「えーっと。まぁ、見せたほうが早いか」


 そう思い、腰に差した刀に手をかける。

 ゆっくりと引き抜いて、抜き身の刀身を夜風に晒した。


「いいか? エンチャントってのは、つまり」


 その刀身に、魔術を施して焔を灯す。


「こう言うことだ。得物に魔術を施してくれる道具、って認識でいい」

「なるほど。汎用性の高い強化魔術のようなものですか。そんな便利なものが、その辺に落ちているんですね」

「まぁ、そこはゲームだからな」


 思わぬ所に、思わぬ掘り出し物が落ちている。

 それもゲームの醍醐味の一つだ。


「そう言うことなら、これは持っていてください」


 インベントリの画面から聖銀を取り出した凜は、そう言って差し出した。

 実体化した聖銀は、十字架を象っている。


「いいのか?」

「はい。私が持っているよりも、その……帳さんが持っていたほうが、有効活用できると思いますので」


 そう言う理由なら、断る理由もないが。

 しかし、いま俺のことをなんと呼んだ?


「帳さん?」

「い、いけませんか?」


 いけないことは、なにもない。

 けれど、てっきり音間と呼ばれると思っていたから、すこし面を喰らった。


「いいぜ、帳さんでも。ぐっと距離が縮んだ感じがして」


 第一印象は、互いに最悪だったしな。

 この辺で関係をすこし修復しておくのも悪くない。


「じゃ。ありがたく、そいつは受け取ろう」


 そんなやり取りもあって、俺は聖銀を受け取った。

 あとはエレベーターで地上に降りて、例の場所へと向かうだけだ。

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