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第6話

泥まみれの訓練場に、静寂が訪れる。膝をついた武闘派たちの向こう側、影に隠れてこちらを忌々しそうに睨んでいる男がいた。


私の兄、一樹かずき。本来なら彼がこの組織の二代目になるはずだった男だ。


「……満足か、真白。女のくせに泥にまみれて、そうまでしてボスの座が欲しかったのかよ」


兄の吐き捨てるような言葉に、私は泥を拭う手をとめた。かつての私なら、その言葉だけで彼を射殺していただろう。けれど、今の私は違う。私はゆっくりと歩み寄り、冷え切った兄の手を、自分の血と泥で汚れた手で優しく包み込んだ。


「お兄様。あなたは私が『棚ぼた』でこの椅子を手に入れたと思っているの?」


私は穏やかに、けれど逃れられない強さで語りかけた。


「覚えている? 私が十代の頃。男たちが銃の扱いを教わっているのを、私は部屋の窓から死ぬほどの屈辱で見つめていた。女だからというだけで、戦う権利すら与えられない惨めさ。その絶望があまりに深くて、私は夜な夜な街へ出て、わざとガラの悪い連中に喧嘩を売るようになった」


兄の目が、驚きにわずかに揺れる。


「お父様は私を諦めさせようとしたわ。だから私に、人間が耐えられるはずのない『地獄の訓練』を課した。食事も睡眠も奪われ、ただひたすら標的として撃たれ、殴られ続ける日々。お父様は、私が泣いて逃げ出すのを待っていたのよ」


私は兄の顔を覗き込み、妖しく微笑んだ。


「でも、私は壊れなかった。むしろ、その痛みの中で初めて息ができると感じたの。お父様は恐怖したわ。娘が自分以上の『怪物』だと気づいてしまったから。だからお父様は、仕方なく私に餌を与え始めた。……生きては戻れないような過酷な任務。それをこなすたびに私の体は穴だらけになったけれど、その時だけは、自分が『女』という檻から解き放たれた気がした」


私は兄の頬に手を添えた。私の体温は、失った血のせいで少し低い。


「お兄様、あなたは『跡継ぎ』という地位を奪われたと思っているかもしれない。でも、私はその地位を奪うために、自分の人間としてのすべてを、この穴だらけの体に捧げてきたの。……もしあなたが私と同じ地獄を歩めるというなら、いつでもこの座を返してあげるわ」


兄は言葉を失い、私の泥だらけの、けれど気高く輝く瞳を見つめ返した。彼の軽蔑はいつの間にか消え、そこには自分より遥かに深い闇を抱えた妹への、言葉にできない戦慄と、小さな理解が宿っていた。


「……真白、お前……」


「大丈夫よ、お兄様。あなたはあなたのままでいい。血生臭いことは、全部この『ひどい女』に任せておいて」


私は兄を優しく解放し、再び愛車へと歩き出す。

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