第5話
私の「ボス」としての手腕は、すでに街中に轟いている。
しかし、古参の武闘派たちの中には、私のことを「若くて、ただの銃撃狂いの女」と見下す者もいた。彼らの間では、「ボスは肉弾戦が苦手だ」という根も葉もない噂が囁かれていることも、私は知っていた。
「……そろそろ、躾が必要なようね」
雨上がりの、地盤の緩い訓練場。
そこに、私を「試す」と称して集まった武闘派の幹部たちが待ち構えていた。彼らは全員、屈強な体躯を持つ肉弾戦のプロフェッショナルだ。
「ボス、我々はボスがお強いのは承知しております。しかし、この『拳』の世界では……」
彼らのリーダー格が、不敵な笑みを浮かべながら私に歩み寄る。その男の足元は、雨でぬかるんだ地面の泥を跳ね上げている。
「ふふ、いいわ。試してみなさい」
私はピンクのポルシェを少し離れた場所に停め、いつものボルドーのコートを脱ぎ捨てた。白いブラウスにミニスカート。一見、華奢に見えるその姿に、彼らは油断したのだろう。
「全員でかかってきなさい。一対一なんて、退屈だわ」
私の言葉を合図に、武闘派たちが一斉に襲いかかってきた。
巨漢たちが泥を蹴散らし、私を取り囲む。
最初の男の剛拳が、私の顔を狙って振り抜かれた。
私はそれを紙一重でかわし、その勢いを利用して男の腕を掴み、泥にまみれた地面に叩きつける。
「ぐっ……!」
顔から泥水に突っ込んだ男が呻き声を上げる間に、別の男が背後から襲いかかる。私は振り返りざま、泥で滑りやすい足場を利用してその男の足元を払い、体勢を崩したところを容赦なく地面に沈めた。
「あなたたち、動きが鈍いわよ。もっと本気で来なさい!」
私の体も、すでに泥だらけだ。
白いブラウスは茶色く染まり、ミニスカートの裾からは泥水が滴り落ちる。
それでも、私の瞳は一点の曇りもなく、獲物を狙う獣のように輝いていた。
腕を掴まれれば、その関節を外し。
胴を締め上げられれば、重心を崩して投げ飛ばし。
彼らの攻撃は、私の体に着弾することなく、すべて泥の中に吸い込まれていく。
彼らは、私がただ銃を撃つだけの女だと思っていた。
だが、私は痛みを愛するあまり、己の肉体を極限まで研ぎ澄ませてきた。
銃弾の熱も、骨が軋む音も、泥にまみれる屈辱も、すべてが私を強くする糧だった。
「これで、最後かしら?」
最後の男を泥の中に叩きつけ、私の呼吸は乱れていなかった。
全身泥だらけで立ち尽くす私に、武闘派の幹部たちは、泥水の中で喘ぎながらも、もはや反抗の色など微塵もない目で私を見上げていた。
「……参りました、ボス」
「あなたこそが、真の……真のボスです」
彼らは泥まみれの顔で、私に深々と頭を下げた。
その瞳には、かつての軽蔑はなく、ただ純粋な「畏敬」だけが宿っていた。
「ふふ。わかれば、いいのよ」
私は汚れた手で、顔についた泥を拭う。
泥水の染み込んだスカートが太ももに張り付く。
泥だらけになった私の姿は、まるで泥の中で咲いた一輪の狂おしい花のように、不気味な美しさを放っていた。
「さあ、さっさと立ち上がって。まだ、あなたたちを『躾る』ことは山ほどあるんだから」
私の冷たい声に、彼らは泥を這いながらも、すぐに立ち上がろうと身悶えした。
彼らの目には、私こそが、この組織をさらなる高みへと導く「絶対的な存在」として映っているだろう。
私は満足そうに微笑んだ。
今日もまた、私の「飢え」は、少しだけ満たされたのだから。




