第48話
——学校の姿が見えてくると、グラウンドに大型バスが数台停車しているのが目に入った。その周囲には、既に多くの生徒が集まっている。
一、二年生合同オリエンテーション合宿は、合の字が二つも含まれている通り、日頃顔を合わせない生徒同士で打ち解け合い、話し合ったり、気の合う相手を見つけたり、心を通わせ合ったり、新しい友達探しには合うたり叶うたりの行事なのだろうが、俺は無難にやり過ごすことしか考えていない。
自分のクラスのメンバーを探していると、るるを見つけた。どういうわけか、人混みでもるるはすぐに目に留まる。立ち姿を見慣れているせいだろうか。
やがて出席番号順にバスの前に整列させられ、玻璃先生の出発前の挨拶を聞く格好となった。クラス委員長のひとと、副委員長のなごさんは当たり前のように、玻璃先生の脇に控えている。
「昨年、うちの生徒が夜中にぼやを起こし、それまでの宿泊施設が使えなくなりました。今年は場所も新たに、一、二年生合同で行うことになったので、くれぐれも問題を起こさないようお願いします」
担任モードの玻璃先生は、保健室やオルタナティ部の部室にいる時とは打って変わって、妙に畏って見える。
保健室での普段の玻璃先生は親しみやすく、またユーモアたっぷりに自分の話を交えながら親身に相談にも乗ってくれる。
「まあ、そうは言うてもね。品行方正でいることが正しいなんて、私は思わへんけどね。宿泊ってどうしてもテンションおかしくなってまうやん? だからまあ、せめて上手いことやってください。以上」
真面目に話していた玻璃先生が、いきなりフランクな口調に変わったので、クラスの生徒から笑いが漏れた。
いい先生なんだよな。玻璃先生。生徒からも人気があるし。
しかし去年……今年の二年生が起こしたぼや騒動か……。やんちゃな生徒がタバコでも吸って、引火させたんだろうか……。
——そういえば昨日の放課後、俺は一人でオルタナティ部の部室に顔を出した。ひととるるの都合が合わなかったからだ。
ちょうど市島部長一人しかいなくて、俺の顔を見るなり「誰も来ないの。寂しかったよお」と泣きついてきたので少しウザく思ったが、やがて去年のオリエンテーション合宿の話になった。
「焚き火はいいぞー」
部室での部長は、やけに嬉しそうに語っていた。
「キャンプファイヤーですか?」
「大きなキャンプファイヤーもいいけどさ。一人用の小ぶりな焚き火台でさ、その辺の枯れ木を拾って燃やすの。こっそりマシュマロ焼いたりさ」
「へえ。一人でですか?」
「うん一人で。いいよー、自然の中、周りはすごく静かでほんと真っ暗でさ。わたしが操る焚き火の炎だけが、闇に包まれた世界を支配しているような気になるんだ」
部長は自分の思い出に酔いしれるように、恍惚とした表情を浮かべていた。
「それ、去年の合宿の話ですか?」
「うん、まあ。去年はね。あんまりね。ゆっくりできなかったんだけど……」
部長はそう言葉を濁し、遠くを見つめていた——
——いや、絶対に市島部長が犯人じゃねえか! とんでもねえな、ツインテール地蔵先輩!
気がつけばひとが、現地に着いてからの手順を説明しているところだった。ひとは立派にクラス委員長を務めていて、すっかりクラス内で大きな地位を築いている。
今日はチーさんはいないものの、みんなのイルカ委員長だ。
それに比べて俺ときたら……。
単なる陰キャ眼鏡野郎——と言っても、伊達眼鏡だが。最近では陰キャとしてのアイデンティティも揺らぎつつあるが。
つまり俺は、無印の野郎ということか。何もない野郎、新田物朗。
バスの座席は、出席番号順に前から詰めていくことになっていた。シートに腰掛けると、ふかふかした感触が気持ちいい。
これから一時間ほどかけて、目的地の木槌山青少年の村へ向かう。俺は初めて訪れるが、出身中学によっては二度目だという生徒もいるようだ。
しかしそれは前の世界の話なのか、今の世界の話なのかどちらだろうか。
——不意に箸荷さんの警告が脳裏に甦った。曰く、県境に近づくな、曰く、漆黒の壁を避けろ、曰く、向こう側へは行くな……。
俺は後ろを振り返り、バスの後部座席に目を向けた。通路側の席に箸荷さんが腰掛けているのを発見した。
箸荷さんは——くつろいでいた。スカジャンのポケットに手を突っ込み、シートの背もたれの具合を確かめながら、気持ち良さそうに目を閉じていた。
箸荷さんの様子を見る限り、今回の行き先には特に問題がないのだろう。
木槌山は県境からはほど離れているし、転移後初の遠出ということでついつい俺も無意識に身構えてしまっていたようだ。
シートの心地よさも相まって、自然と欠伸が出た。二度、三度と。
昨夜は何時に寝たっけな。千年ウォークが深夜配信をしていたけれど、途中で寝落ちしてしまった。
そしてまた——バスの出発を待たずして、俺は、微睡みの中へと落ちようとしていた——




