第24話
「箸荷さん、部長に暴力振るったらだめだよ」
ひとが困ったような表情を浮かべながらも、穏やかに諭すような口調で箸荷さんに向かって言った。
子供の頃から世話焼きなタイプで、俺もその恩恵にあずかり続けてきたわけだが、最近の学級委員長としての立ち回りには目を見張るものがある。
どうやらオルタナティ部の部長より、うちのクラスの委員長の方が長としての格は上っぽい。
「わ、悪い。部長だとは知らなかった。アタシはてっきり、頭からツノを垂らした妖怪が現れたのかと……」
中学時代、人と会話している姿を見た者がいないという噂から、ツインテール地蔵と呼ばれていた市島先輩。皮肉にも高校では妖怪に格上げされてしまったようだ。
ひとが「あれはああいう髪型なんだよ」と当たり前のことを説明すると、箸荷さんは目を丸くして納得したように頷いている。本当にツインテールを知らなかったのか。どういう人生を歩んできたんだ。
「まあいいよ。寛大な心がわたしの売りだからね」
先ほどまで床で痙攣していたはずの市島先輩が、まるで何事もなかったかのように制服の埃を払いながら立ち上がった。この超人的な回復力は一体どこから来るのだろう。
そしてあろうことか市島先輩は、再び前に飛び出し、両手を広げ、片足を上げながら、満面の笑みを浮かべ、こう言った。
「ようこそ! オルタナティバグンッッ……」
箸荷さんの拳が、市島先輩の左顎に正確にヒットした。先輩は血飛沫を散らしながら空中で回転し、そのまま真横に転倒した。
「が、がはぁっはぁっ……」
そしたまた、八木先輩は笑い転げていた。
☆★☆★☆
「アタシは箸荷倫子。捕殺の宿命を背負った家系に生まれてしまったのが運の尽きだった。我が家は千年以上にわたり、この世に迷い込んだ妖魔や怨霊を討ち滅ぼす捕殺師の血筋。生まれた瞬間から死ぬまで、ただその一点のために存在することを強いられる呪われた家だ。母の胎内にいる時から特別な呪術で鍛えられ、初めて泣き声を上げた瞬間から非情な鍛錬が始まった。普通の子供が遊び戯れる頃、アタシは血と汗と涙にまみれて修行を続けていた。十三歳の成人の儀では先祖代々受け継がれる捕殺の封印を背中に刻まれ、その日から一人前の捕殺師として現場に立った。それから数年間、アタシは捕殺師として数々の怪異と戦ってきた。学校? そんな悠長な場所に通う時間があるなら、一匹でも多くの悪しき存在を捕殺するのが務めだった。ところがある日、特に難しい任務の最中、突如として世界が歪み、意識が遠のいた。目覚めた時には見知らぬ部屋のベッドに横たわっていた。手にしていた捕殺の武器も、身につけていた護符も、すべて消えていた。唯一残っていたのは、背中の捕殺紋だけ。混乱するアタシを待っていたのは、さらなる衝撃だった。この世界には捕殺師という存在がなく、妖異や怪異との戦いもない。そして今、アタシはどういうわけか高校生として日々を過ごしている。すべてが平和で、のどかで、退屈な日常。今のアタシは一体何者なのか。捕殺師でなくなったアタシに、どんな価値があるのか。そんな疑問を抱えながらも、この新しい生活を受け入れるしかないと思っている」
「いやいやいやいや。長えよ、怖えよ。なんなんだよ捕殺師って。聞いたことねえよ。成人の儀って、背中の捕殺紋ってなんだよ。完全に違う物語世界から来ちゃってるじゃねえか。まだ普通の不良キャラの方が良かったなあ!」
あまりの設定の濃さと長さに、俺は耐えきれずツッコミの声を上げた。
どこまで真実なのか半信半疑だが、少なくとも転移……だか転生だかを経ていることは本当のようだった。
「最初から信じてもらえるとは思ってねーよ。アタシは人を探している。同じようにシサツの家に生まれたシサツシの幼馴染みがいる。そいつが今どうしてるのかを知りたい」
「シサツシ? 視て察するの視察師か?」
「いや。刺して殺すと書いて刺殺師だ」
「物騒だな!」
「名前は渚沙、共に修行し仕事ではコンビを組んでいた。この世界に来てから、行方がわからないでいる」
ツッコミたい気持ちは抑えきれないほどあるが、今はそこに固執するより本題に集中すべきだろう。
つまり箸荷さんがここに来た目的は、人探しであるということ。
しかし普通の高校生に過ぎない俺たちに、一体何が出来るのか。
行方不明者のチラシでも作って貼り出すか? 「刺殺師の行方を探しています」なんて文言が書いてあれば、間違いなく警察沙汰だ。即座に通報されるだろう。
SNSや掲示板で情報を求める手もあるが、俺はあまりオンラインの情報を信用していない。箸荷さんの話はどう見ても現実離れしているから、申し訳ないが「中二病全開の設定」として一蹴されるのがオチだろう。
「オルタナティ部としては、やれるだけのことはやるよ。まずは学校外の転移者のネットワークがあるから、そちらをあたってみよう」
市島先輩の言葉に驚いた。学校の外にまで転移者のコミュニティが広がっていて、それを束ねるネットワークが存在していたとは。しかも先輩がそこにアクセスできる立場にあるとは。部長を侮っていた。
「残念ながら、そんな整備されたネットワークじゃないんだ。ただ、転移者の存在をいち早く把握し、記録しておきたいと考えている存在がいるの。それはつまり——管理者」




