第12話
——持つべきものは優しい幼馴染みたち。本気でそう思う。
ひととの出会いは幼稚園の年長組の時。両親同士が仲良くなり、そこからの長い付き合いになる。まだひとのお母さんも、お兄さんも存命だった。
幼い頃はひとの方が積極的で、俺はその後ろにくっついてるような感じだった……らしい。親が言うには。
俺は元々、この世界に転移する前も、小学校低学年ぐらいまでのことはあまり覚えていない。
るると出会ったのは小学四年生の時。同じクラスになり、ひとと仲良くなったのが最初だ。当時のるるはとてもおとなしく口数も少ない印象で、教室の片隅で一人本を読んでいるタイプだった。
男一人と女二人、御多分に洩れず喧嘩になったこともあった。
それでも今もこの関係性を続けられていることには、心の底から感謝している。二人はどうかは知らないが、俺は二人がいなければ何も上手くいかない。
——放課後。ひとと二人で生徒会室に顔を出す。この日るるは妹と買い物に行く約束をしているらしく、先に帰っていった。
生徒会室には市島先輩一人だけがいて、いつも一緒にいる八木先輩と日吉先輩は不在だった。
管理者・九との一件以来、俺たち三人と先輩との交流は続いている。
「九は何を考えてるかわからないから、一番関わりたくない管理者だよ。あれに絡まれるなんて、童子山さんも不運だったね」
市島先輩は九がよほど苦手らしく、苦々しい顔をしながら腕を組み、やがて黙りこくってしまった。
「市島先輩は九のことどこまで知ってるんですか?」
「よくは知らない。ただ転移者が出会うと、だいたい面倒を起こされる迷惑系管理者なんだよね。遭遇はしたくないけど、あっちからちょっかい出してくるの」
迷惑系YouTuberみたいな言い回しに、思わず吹き出しそうになる。管理者にもまともなやつと、そうでないやつがいるらしい。
ひとに——肘で脇腹を小突かれた。もちろん、チーさんのいない方の腕で。
俺は、ここに来る前にひとと話した内容を反芻し、口を開く。
「先輩からもらった赤い実のことなんですけど」
そう告げながら、ポケットの中から赤い実に入った巾着袋を取り出し、静かにテーブルの上に置いた。
隣のひとの表情を確認すると、小さく頷き返してきた。
「もう使うことがないと思うので、返そうかと」
赤い実のおかげで、ひとやるるのことを思い出すことができたが、副作用についてひとが俺のことを心配している。だから二人で話し合って、実を市島先輩に返すことにした。
俺は正直、使わなければ別に持っておいてもいいとも考えたが、ひとの気持ちを無視するわけにはいかない。心配の種があるのならば、なくしておいた方がいい。
些末な記憶は少しずつ——それこそ、ひとやるると交流しているうちに、埋められている気がする。確かにこの二人の存在がある限り、実に頼らざるを得ない状況は訪れない——と思う。
「新田くんがそれでいいならいいよ。どうしても必要になった時は言ってくれればいい。そもそも実で甦る記憶は、放っておいてもいつかは戻ってくるものだからね。そのタイミングを早めるだけでしかないから」
棚の上に並ぶ不思議な品々に、ひとの目は釘付けになっていた。将棋の駒、回転する方の独楽、毛糸の何かの切れっ端、小さなガムのパッケージ……など。この前見た12番のスキットルもあった。
「そこにあるのは前の世界の遺物だよ。置いておくと、どういうわけか転移者以外近寄れなくなるんだ。理由? 知らない。以上」
以前、俺に言ったのと同じ台詞を市島先輩が言う。そして、その後の質問を受け付けない態度も同様である。
「そういや、新田くんと瀬加さんは本当に仲が良いね。童子山さんと三人、幼馴染みなんだって?」
先輩の何気ない言葉に、俺は内心身構えた。ひとは誰かに三人の関係を茶化されることを、何よりも嫌っている。
余計な一言で雰囲気が壊れ、ひとの機嫌が悪くなることを恐れた。
「仲良しなのはいいことだね。年月とともに人間関係が変わったり、ちょっとしたすれ違いで離れてしまうものだから、昔のままの関係でいられるのはうらやましいよ」
思いのほか含みのある大人びた発言に、俺もひとも目を見合わせた。日頃、他の先輩たちから子供扱いされている姿とまるでイメージが違う。
「先輩って……先輩だったんですね」
「どういう意味!? なんだよなんだよ。わたしのことバカにしてる?」
もちろんバカにしているつもりはない。俺が思っていたよりもツインテール地蔵先輩は奥深かった。ただ、それだけのことだ。
拗ねかけた先輩だったが、ひとが軽くなだめると瞬時に上機嫌に戻った。単純過ぎるようにも思えるが、それも含めての市島先輩なのだ。




