最終話「マーメイド・ランデブー」(3/3)
人魚姫によって海から救出された唯斗は、病院のベッドで目を覚ます。しかし、そこにヒメの姿はなかった――。
3.
「ヒメ――?」
唯斗は飛び起きるように体を起こす。少しだけ左半身の動きが鈍い。しかし、そんなことどうでもいいと思えるほどに体は突き動かされていく。
ベッドから降り、病室を出る。時刻は午前五時で、院内は酷く静かであった。
「……」
左足を動かしづらいせいで、少しおかしな歩き方をしている。しかし、ある衝動に駆られて唯斗は病院の出口を探す。
ナースステーションの看護婦は眠り足りないようで、夢うつつになっていた。そのため、この状態の唯斗でもナースステーションを素通りすることができた。
「ヒメ……」
なんとか唯斗はロビーまで辿り着くことができた。外は静かで、眠る前の騒がしさはどこにもない。
隣町との間にある、小さな病院。唯斗は眠る前の記憶を呼び起こす。
「確か……あいつに海に落とされて……それで、ヒメが助けに来てくれた……それで、バイバイって言って……瞼が重くなって……苗島の声が聞こえて……病院……」
そうなると、左半身の動きづらさは恐らく後遺症であろうと予想がつく。
「……会いに行かないと」
ヒメは「バイバイ」と言っていた。しかし、唯斗はその言葉を信じなかった。唯斗はさよならを言っていないし、ヒメはここに居たい、側に居たいと言っていた。
「ヒメ……」
山を下る坂道、アスファルトの上を院内着の唯斗が歩いている。ガードレールに手を添えながら、少しずつ町の方へと下りていく。この道は近所では病院ロードと呼ばれており、唯斗たちの町へ向かい、帰ってくる救急車は必ずここを通るからだ。
慣れない足の動かし方に、疲労の溜まった体が限界のアラートを鳴らしている。
「うぐっ――」
唯斗は病院ロードを下り切ったところで倒れてしまう。そこは町との合流地点となっており、そのまま真っ直ぐに進めば苗島の家へと辿り着く。
「唯斗⁉︎」
自転車のブレーキ音が鳴り、すぐに聞き覚えのある安心できる声が近付いてきた。
「指田……さん……」
「何してるの⁉︎ っていうか、ダメでしょこんなところで――」
「ヒメは――」
唯斗は指田の腰に掴み掛かると、ヒメについて問いただす。
「ヒメはどこへ? みんなは――」
「……若頭率いる武闘派は壊滅したわ。若頭の遺体が発見された。今回の黒幕でもあり、指名手配中であった天井道曽根も溺死しているのが発見されたわ。どうも、海の生き物に引っ張られて海面へ出られなかったらしいわ。いいザマね……」
「ヒメは……」
「……あれから一日――ヒメは戻らなかったわ」
指田から放たれた返答は、無情なものであった。
「お願いします」
しかし、唯斗は決して諦めなかった。
「お願いします。俺を海へ連れて行ってください。できれば、雑木林の砂浜――」
「何言ってるの、後遺症も残っ――」
「お願いします!」
唯斗はしがみつき、心の底から願っていた。海の生き物たちはこの辺りの海から去っており、ヒメの姿がない以上どうなったかは想像に容易い。それでも、指田は断れなかった。
「……もう、本当はこういうことすると怒られるの、私なんだからね?」
「指田さん……」
唯斗を立ち上がらせると、指田は自転車を唯斗の横まで押してくる。
「乗って」
――朝焼けを待つ町で、人の出歩かない寂しい空間を二人乗りの自転車が進んでいく。
「懐かしいわねぇ。昔、まだ中学生になりたてだった唯斗をこんな感じに乗せて走ってたら、警官に見つかって怒られてたっけ」
「懐かしいですね……そっか、あれは中学生になったばかりか……」
「うん、警官が私にばっかり注意してくるから、いたずら心で注意を逸らして、唯斗に指でひょいひょいってやって指示を出して隠れさせて。そしたら警官も驚くから、子供探すのに協力してくれて、隙をついて二人で自転車にまた二人乗りして逃げ出したり」
懐かしい記憶が蘇っていく。
「今思えば、指田さんって結構悪い人ですよね」
「敷かれたレールの上だけを進むだなんてつまらないよ。たまにはレールを外れて、面白いことをしたりするのがいいんだ。君のお姉さんと気が合ったのも、そういったレールを外れた時に馬が合ったのよね……」
指田も懐かしみ、昔話に花を咲かせたりしてみる。
「あの頃も楽しかったけど。結局は、今が楽しいかな」
「……プリン、退院したら奢りますね」
「お、今回の分は?」
「……二個買っていいですよ」
「じゃあ、その二個目は唯斗の分ね」
子供らしくもあった大人は、自身を拘束する何かの縛りから解放されたように微笑んでいた。
◇◆
――雑木林を抜け、少し下ると地元民しか知らない砂浜がある。ここは、ヒメが唯斗たちに貝殻を渡した場所。しかし、ここにヒメは居ない。
波で足元が濡れるが、唯斗はその場を離れようとしなかった。
「五分もしたら、病院に戻るわよ」
指田はそう言うと、前に座っていた岩の方へと向かう。海は薄ら明るい夜の姿を見せており、波の音だけが耳に残る。
五分間だけの無意味な時間。指田はこの時間で、唯斗の心が落ち着けばいいとだけ思っていた。しかし、その考えは覆される。
一つ――小魚の跳ねる音が聞こえた。
二つ――何かが浅瀬から上がってくる音が聞こえた。
三つ――足音がペタペタと鳴っていた。
四つ――ポタポタと水を滴らせていた。
「ユイト――」
涙を浮かべているのは、紛れもないヒメであった。
「――」
指田もその光景を見ていた。あの時、ヒメは帰ってこなかった。しかし、今目の前に居るのは紛れもないヒメであった。
「ヒメ――」
二人がゆっくりと近付くと、まるで磁石のように引っ付いてしまう。抱きしめ合う二人は、涙を浮かべながら再会に喜び合う。
「ユイト――」
朝焼けが始まった砂浜に、二人のシルエットが浮かぶ。すると、奥の方から小魚が一匹跳ねながら現れる。
ヒメは少し奥に入っていき、両手で海水を掬う。小魚はそこへ跳び移った。
「イワシちゃん……」
小魚はパクパクと口を動かしている。唯斗には声が聞こえなかった。
「なんて言ってるんだ?」
「わからん」
ヒメは微笑みながらそう言った。既に人魚姫としての力は失われており、ヒメにもイワシの話す内容は聞き取れなかったのだ。
「でも、多分お別れを言ってる」
ヒメがそう語ると、イワシはピョイっと跳んで海へと帰っていく。飛び跳ねながら、別れを伝えるように。惜しむように。
「も〜、また裸で全身濡らして出てくる」
指田が後ろから、二人に近付いて仕方がなさそうに話しかけてきた。
「またタオルと着替え持ってこなきゃじゃん」
「サシダ……」
「おかえり、ヒメちゃん」
指田と唯斗に対し、ヒメは笑顔で返した。
「ただいま――」
二人はヒメの帰りを歓迎すると、砂浜の方へと歩いていく。
「取り敢えず、タオルと着替え持ってくるから少し待ってな」
「その後は、指田さんのアパートですか?」
「あんたは病院」
「……はい」
「ははは、ユイト怪我をしたのか」
「怪我というより……後遺症? いや、それも怪我か? うーん」
「はいはい取り敢えずあがるよ――」
あとがき
どうも、焼きだるまです。
遂に今回をもって、人魚姫……完結と行きたいところですが、一応エピローグが残っております。
エピローグは明日の7時に公開予定。ぜひ、その最後を見届けてあげてください。
感想や評価、いいねなどお待ちしております。さて、長話もなんですから、ここら辺りで私の後書きを終わります。
では、明日の朝エピローグでお会いしましょう!




