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第九話「マーメイド・ランナウェイ」(3/5)

 藤原の兄弟が作った秘密基地のおかげで、唯斗たちは一時的に危機から逃れることができた。そんな時、そこへ迫り来る足音があった――その正体は、基地の主人である藤原の兄弟であった――。

   3.



 藤原の兄弟がここに来たのは本当に偶然であり、一番の幸運でもあった。


「二人とも、お願いできるか?」

「任せろって」

「ゆいに〜たちはゆっくりしてて!」


 二人に財布を渡すと、コンビニへ食料と飲み物を買ってきてもらうことにした。


 藤原の兄弟は夏祭りの話が漏れた元凶でもあるが、幸いにもヤクザに目は付けられていない。恐らく、こんな小さな子が関わっているわけがないと除外されているのであろう。それが、唯斗たちにとっては不幸中の幸いであった。


 藤原の兄弟には、内緒話としてヒメの正体を教えた。そして、ヤクザに追われていることも洗いざらい話した。苗島は止めようとしていたが、逆にこういうのは子供の方が素直に聞いてくれるといって唯斗は二人に事情を話したのだ。


 もちろん二人は親指を立てて了承し、むしろワクワクした表情でヒメに質問攻めをやり始めた。しかしヒメも限界なので、なんとか二人を説得して財布を持たせるに至ったのだ。


「指田さんに夏祭りで奢られてなかったら、今頃俺の財布は瀕死で頼むこともできなかったな……」

「すまねえな、オレが財布を持ち出してなかったがために」

「いいんだよ、苗島も十分俺たちのことを助けてくれてる。それだけで感謝してるし、これからも感謝し続けるよ」

「唯斗ぉ」


 苗島が涙を浮かべて抱き付こうとしてきたので、唯斗は気持ち悪がってそれを避けようとした。しかし、苗島も負けじと追いかけてくることで、秘密基地という小さな空間での追いかけっこが始まった。


「お腹……空いた……」


 その中央で、瀕死のヒメが呟いていた。


 ◇◆


 ――アパートで調べ物をしていた指田は、鍵の正体を知ることになる。


「やっぱり……」


 それは、昔に真鳩と乗ったある乗り物の鍵であった。


「……お父さん、ありがとう」


 指田は真鳩の話していた言葉の意味を、しっかりと理解していた。


「――せめて()()()では、約束を守らせてくれ」


 それは、約束を守って危ないことに手を出すな、ということではなく。やるなら俺の目の前でないところでやってくれ、という意味であった。その上で、真鳩はこの鍵を指田に託したのだ。


「大丈夫だよ、約束は破らせない。これは、私がお父さんの知らないところでやる、初めての反抗期だから――」


 指田はそう呟くと、準備をしてアパートを出る。この時点で昼の三時を過ぎており、夕暮れは近付いていた――。


 ◇◆


 ――三人の前に弁当が届いたのは、指田がまだ調べ物をしていた二時頃のこと。


「おべんとう!」

「ヒメお弁当好きだな」

「べんとう、うまい」


 買ってきたコンビニ飯には、藤原の兄弟のものも含まれていた。せっかく買ってくるんなら、と唯斗が好きなものを買ってこいと言っておいたのだ。


 藤原の兄弟のチョイスは悪くなく、全員が楽しんだり美味しく食べられたりするものを選んできてくれていた。


「ありがとうな、動けない俺たちのために」

「いいってことよ! ヒメねーちゃんと遊べなくなるなんて嫌だし、そんなので悲しむ唯斗の顔も見たくねーし」

「僕も、お揃いの帽子を持ってる者同士、これからも遊んでいたいから」

「お前ら、オレのことを忘れてないか?」

「金ぱっぱは金ぱっぱでしょ」

「うん、金ぱっぱだね」

「お前らの中でオレの扱いはどうなってんだよ……オレもしかして人間の扱いされてない……?」

「うん」

「うん!」


 幼い子供による容赦のない言葉の暴力に、苗島は気分を落としながらも、五人は仲良く昼食を食べ始めた。


 二人にもヒメが人魚姫になれないことを話すと、二人も真剣に悩んでくれた。


「なんかこう、もっと想像力が足りねえんじゃねえかな!」

「違うよ、海に向かって声をかけるんだよ。助けてー! って」


 そのどれもが面白いもので当てにはならなかったが、唯斗たちに心のゆとりを与えてくれた。笑い合いながら、ふざけた提案も真剣な提案も色々出しては試してみる。


 途中、裸が見えるのはちょっと、と言って藤原の弟が立てかけのカーテンもどきを枝と葉っぱを使って短時間で作り上げたのには四人が驚いていた。


 藤原の兄の方は、「何余計なことしてんだよ! せっかく裸が見れてたのに」と清らかな少年の心を忘れない言葉を弟に放っていたが、弟はそんな兄を無視してカーテンを設置していた。


 こういうしょうもないことに賛同するのは苗島であったが、珍しく兄を肯定したりしなかった。


「珍しいな、苗島」

「人のものを寝取る趣味はねえの」


 苗島は平然とそう言った。唯斗も少しだけ口籠もり、やはり言うのをやめた。


「どうだ? なれそうか?」

「別のものが出そう……」

「そこでトイレするなよ? 秘密基地が使い物にならなくなるくらい臭くなるから。外でしてきなさい、外で」


 ヒメが別のものを出しそうになっていたが、なんとか秘密基地外で出させることに成功した。


 スコップは苗島の兄が持っており、処理には困らなかった。


「ほんと、よくこんなものを作れたな」

「ほとんど弟がやったよ」

「そんな、お兄ちゃんも色々運んでくれたりしたじゃん。お兄ちゃんのおかげだよ」


 藤原の兄弟は力と知で分かれており、兄の方は力自慢で、弟の方は頭が良く器用にこなす。二人が力を合わせれば、こんなにすごいものを最も容易く完成させてしまうのだ。


「子供の力って偉大だな」

「ユイト、私は子供なのか?」

「ヒメは……どうだろう」


 ヒメがいつの時代を生きていたのかわからない唯斗は、取り敢えず見た目の年齢から同じくらいか一つ下だろうと推測した。実際に生きている年数は違うだろうが、成長面では同じくらいの歳だ。


「ふむ……残念だ」

「残念がるようなことか?」

「子供なら、サシダに頭を撫でてもらえる」

「それ目的かよ……」


 ヒメは指田に撫でられることを想像しながら、幸せそうな笑みを浮かべて子供たちを眺めている。


「っと、マジか。唯斗、もう三時過ぎてるぜ」


 苗島にスマホを見せられたことで、唯斗も驚く。


「日没まであと二時間といったところか……本当に急がないとな……」

「ヒメっち、海に近付いてやるのはどうだ?」


 苗島の提案に、ヒメは頷く。


「近付くって言ったって、ここは反対の山じゃないから海の近くには行けないぞ」

「崖の上でいいんだ。少しでも近ければ、何か変わるかもしれない」


 ダメ元で試すしかないとして、苗島はヒメを連れて秘密基地を出る。唯斗も後をついていき、藤原の兄弟も後を追いかける。


 崖の上に到着すると、ヒメが何故か崖に近寄ろうとしなかった。


「どした? ヒメっち、何かあったか?」

「……」


 ヒメは過去の記憶を思い出していた。山道を通り、海へと落とされる。この場所は、あの日ヒメが落とされた崖そのものであった――。


「……ごめん、シンジ。そこには行けない。行きたくない」

「本当にどうしたんだ?」

「……私、人魚姫になる前は、そこから落とされたんだ……。手足を縛り付けられて、男の人たちに投げ捨てられた」


 ヒメが語ると、苗島も焦ったように崖から離れる。


「それは……すまなかった。気が効かなかった」

「いや、私も話してない。ごめん……」

「なぁ、ヒメ。ここがダメなだけだろ? 向こうの方なら少しだけ低くなってるし、こことは雰囲気も違う。そこでやってみないか?」


 唯斗が見つけた場所を指さすと、ヒメは頷いて唯斗の歩いていく方へ向けて歩き出す。しばらくすると、先ほどよりも海に近い場所へと出た。


「多分、ここが一番海に近い。どうだ、なれそうか?」


 ヒメは唯斗に答えるように、なんとかして人魚姫に変身しようとする。しかし、どれだけやっても鱗は生えてこず、足も引っ付かないし尾ヒレも生えない。


「やっぱり……私が海を捨てちゃったからだ……」


 しゃがみ込むヒメを、唯斗は後ろから励ましてあげた。その後ろで、苗島と藤原兄弟も心配そうに二人を眺めている。


 太陽は沈む準備を始めており、茜色がもうすぐ空を覆い始める。その前に、ヒメを人魚姫にしないといけない。焦りは加速する。


 ◇◆


 五人は秘密基地に戻り、もう一度ヒメの人魚化について話し合う。タイムリミットは残り一時間となっており、空は茜色が覆い始めようとしている。


「どうすればヒメを人魚姫に戻せるか……」

「一度海に飛び込んでみるのは……泳げなかったな……ヒメっち」


 万策尽きた表情を浮かべる。時計は午後四時を指しており、一時間後には真鳩とその組員たちが動き出す。


 その前に、ヒメがなんとかして人魚姫にならなければ意味はなくなる。真鳩たちによる町からの追い上げと、海に出没する人魚姫。地上から若頭派の人間を追い出した状態で、海の生物を利用して漁船に乗った組員たちを一斉に襲う。


 海の怪物クラーケンも、もしかすれば人魚姫が行ったことなのかもしれない。唯斗たちはそんな想像をしながらも、なんとかして残りの時間考え得ることを考え続け、試し続けた。


 時計が四時半を指した頃、藤原の兄弟は家に帰らなくては怒られてしまうので、ここで三人を残して秘密基地を出ることになった。


「ごめん、ゆい兄。力になれなかった」

「ごめんね、ヒメお姉ちゃん」

「いや、十分助かったよ。少なくとも、お腹が減って動けなくなる事態は免れたし、この秘密基地も二人が作ってなかったら、俺たちは今頃ヤクザに捕まってる。ありがとう。二人も気を付けて帰るんだぞ」


 二人は元気よく返事をすると、秘密基地を出て両親の待つ家へと足を進めていった。


 この時点で空は茜色に覆われており、もうすぐ薄暗い色と星が空を映し始める。


「取り敢えず、何度かやってたら一回くらいはできるかもしれない。残りの時間、ヒメっちにはがんばってもらおう」

「わかった」


 そして三十分、ヒメは何度も人魚姫の姿になろうとした。しかし、結果は出せずにいた。時刻は五時、太陽が地平線に沈み、空は夜空へと切り替わろうとしている。


 途方に暮れる三人の居る秘密基地に、何者かの足音が響き始めた。


「まさか――」

「あいつらマジかよ」


 遂に、ヤクザたちが雑木林や山にまで捜索の範囲を広げてきたのだ。


「ヒメ、逃げ――」


 唯斗が手を伸ばそうとした時、ヒメの後ろの壁からヤクザが一人顔を出した。


「ヒメッ――‼︎」


 唯斗はすぐにヒメを庇い、ヤクザと押し合いになる。


「唯斗!」

「苗島、ヒメを頼む‼︎」

「お前はどうするんだよ!」

「わかるだろ! ヒメを頼めるのはお前だけなんだ! 早く行ってくれッッ――‼︎」


 唯斗は自分よりも年上で屈強な男との押し合いに、根性だけで耐えている。ヒメも唯斗の名前を呼んでいたが、苗島がヒメの手を引っ張って秘密基地から二人は脱出した。


「逃がすな! 追え‼︎」


 他のヤクザたちは、二人の逃げた方を追いかける。


「クソっ、なんて馬鹿力だ」

「生憎と、馬鹿力じゃなければヤクザなんてやってなくてねぇ‼︎」


 突き飛ばされるように唯斗は一度下がり、基地の中を一瞬見渡す。


「スコップ――!」


 唯斗の視界に入ったそれは、藤原の兄弟が置いていった園芸用のスコップであった。


 唯斗はすぐにスコップのあるところまで移動し、即座に拾い上げてヤクザの攻撃に備える。


「そんなもんで、俺に敵うと!」


 右ストレートが唯斗を真横を掠める。今度は夏祭りのようには当たらない。唯斗もヤクザの隙をつき、スコップを顔面に向けて突き刺すように振るう――が、


「ニシィ……」


 ヤクザは左手で唯斗の腕を掴むことでそれを防ぎ、もう一度右ストレートをぶちかます。


 腹に一発、強烈な拳が鳩尾を凹ませる。


「がはっ――」


 スコップを落とし、唯斗はフラフラになりながら壁際に倒れる。


「さて、次は顔面に――」


 ヤクザが顔面へストレートを入れようとした時――唯斗は真横にあった、藤原の弟が即席で作ったヒメ用の立てかけカーテンを倒した。


 カーテンはヤクザに倒れかかり、一瞬ヤクザの視界を奪う。


「チッ、悪あがきが――」


 カーテンは軽いので、ヤクザはすぐに振り払ってしまう。しかし、唯斗はその一瞬で後ろに行き、地面に落ちたスコップを取り戻していた。


「喰らえッッ――‼︎」


 スコップによるフルスイングが、ヤクザの後頭部にヒットする――が、


「痛えなァ⁉︎」

「な――」


 ヤクザは怯まず、振り向きざまに一発――右ストレートが唯斗の鳩尾を直撃した。


「がッ――……」


 流石の唯斗もここが限界であり、その場に倒れ込んでしまった。


 朦朧とする意識の中で、唯斗はある男の声を聞いた。

 あとがき

 どうも、焼きだるまです。


 ヤクザが現れた現状で、藤原の兄弟のような子供を活躍させる場面は難しそうですよね。


 しかし、彼らの作った基地はとても良い時間稼ぎをしてくれました。私はこういう、ちょっとしたキャラクターが残してくれたもので、詰みそうになっていた物語が進んだりするのが割と好きだったりします。


 藤原の兄弟の出番はこれが最後ですが……小ネタを少し。


 藤原の兄は優学ゆうがく、藤原の弟は力也りきやと、実は名前とキャラクター性が逆になっていたりします。


 名前はその人の人間性を表す、そのように成長すると聞きますが、この兄弟は見事に真逆となっています。ちなみに二人は一歳差です。


 小ネタを話せるのもあと少し、後書を読んでくれている人がどの程度いるかわかりませんが、楽しんでいただけていましたら嬉しい限りです。では、また次回お会いしましょう!

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