第九話「マーメイド・ランナウェイ」(4/5)
唯斗の時間稼ぎにより、苗島はヒメを引っ張って逃げ出すことができた。しかし、その先では――。
4.
ヒメを引っ張りながら、苗島は雑木林を抜け出し港のある海辺を沿って走り出す。空は暗くなっておきており、星空が美しく輝いている。
「ユイトが、ユイトが――」
「今はそんなこと言ってる場合じゃねえ! ヒメっちのことが優先だ。オレだって助けに行きてえよ! でも、まずは真鳩っていうオッサンと合流するところから――」
そう言って倉庫を横切ろうした時、横から現れた大男に苗島は足を止める。
「どうも、真鳩嫌いのオッサンです」
大男は金属バットを持っており、フルスイングで苗島の頭を容赦なく狙う。
「あっぶねっ――‼︎」
間一髪で避けた苗島は、ヒメを引っ張ったまま倉庫の中へと逃げ込む。
「畜生、あちこちからヤクザが溢れ出てくる。どうなってやがんだ、どっからこんなに湧いてきてんだよこの町は――‼︎」
倉庫へ逃げた理由は、外のルートが全てヤクザによって包囲されていたからだ。
「完全に袋のねずみじゃねえかよ……」
出入り口をヤクザたちに封鎖され、壁のある後ろへ下がることしかできない二人に、後ろから声がかかる。
「よぉ、人魚姫」
「マジかよ……」
二人の後ろには、待ち伏せしていたのか一際大きな体をした男が立ち塞がっていた。
「若頭に会える高校生なんざ、中々居ねえぜ?」
「しかも若頭かよ……」
ヒメは何がなんだかわからずに、ただただ恐怖に心を支配されていた。
「いやぁ、依頼主からは生きて捕えろって命令されていてね。生憎と殺すわけにはいかないんだわ――人魚姫以外はいいけどな――」
苗島は歯を食いしばった。目の前の若頭を名乗る男は、明らかに日本刀のようなものを持っていた。ヤクザといえば拳銃を浮かべるが、若頭はどうやら日本刀を得物としているらしい。
「俺もよぉ、若い男を切ったことはなくてね。悪りぃが、テメェの命で切り心地試させてもらいますわぁ」
「クソッ――‼︎」
覚悟を決めた――その時、
「ぐはっ」
「うおっ」
出入り口を封鎖するヤクザたちが、次々と何者かによって倒されていく。
「なんだぁ?」
そして――その中央を切り裂くように、一人の巨漢が通り過ぎていく。そして、二人の前に立つと、その名前を明かした。
「待たせた、俺が真鳩だ」
「すっげぇ……」
圧巻の一言で、真鳩は若頭と同じく日本刀だけであの群勢を通り抜けたのだ。
「チッ、真鳩のおやっさんかよ」
「楽しくやっているみてぇじゃねえか、若頭」
真鳩を避けるように、二人は横に避けると真鳩はそのまま中央を通る。後ろの方では、何やら揉み合いが起きているようであった。
「間に合ってよかったな、パーティーはこれからだよ。部外者だがな、お前は」
「知ったこっちゃねえ。こっちにとっちゃ部外者はそっちだ、この落ちぶれ共が」
「あぁ? 落ちぶれてんのはテメェらだろ。俺たちヤクザが、平和的解決で町を取り仕切る。はっ、頭お花畑なことで。そんなことじゃこの世の中生きていけねえんだよ。老いぼれてもバカみたいに吸って、脳みそにタバコ詰まってんじゃねえのか?」
罵り合いが続く中、後ろの揉み合いは更に範囲を広げていく。どうやらそれは、真鳩派の組員が合流したことにより発生した揉み合いのようであった。
「生憎と、タバコが詰まっても得物の腕は鈍らねえんだよ。お前に、俺の剣術を超えられるのか?」
「はっ、お前に教えられたのはもう何年も前なんだよ‼︎ こっちは必死に俺流で鍛え続けた腕前があんだ、今更タイマン張って後悔すんじゃねえぞ」
真鳩の後ろに回った苗島とヒメに、真鳩が振り向かずに話す。
「ここは俺たちの仕事場、鉄火場だ。ガキ共は外に出てろ。お前たちのやることをやってろ」
「でも、オッサン大丈夫なのかよ。若頭ってやつも、かなり自信ありそうだぜ」
「バカか、あれに剣術を教えたのは俺だ。負けるわけねえだろ。首突っ込むんじゃねえ、早く行け。俺の気が変わって、お前たちまで切り刻む前にな」
真鳩の言葉を信じ、苗島はヒメの手を引っ張って揉み合いが続く出入り口へ向かって走り出す。
「ガキ二人を逃がして残るとか、映画でも観てる気分だな? 気取ってばかりのやつには、現実ってもんを教えてやんねえとな?」
「ふん、お前こそ気取っているな」
「何?」
「知らねえか? 若いと自分が強く思えるんだ。年老いた輩よりも強くな」
「あぁ?」
「だがな、実際は経験の差がある。俺は確かに、鉄火場を多く乗り越えてきたわけじゃねえ。この町でなるべく平和にこの活動を続けてきた。だがな、やる時はやんねえといけねえんだよ。こんだけ歳を取るとな――嫌でも鉄火場は何度か乗り越えてんだよォッ――‼︎」
抜刀の勢いで、真鳩が若頭に斬りかかる。それを、若頭は鞘から出す刀で受け止めた。
「チッ、不意打ちとは卑怯だなぁ!」
激しい斬り合いが始まる。互いに真剣を持っており、木刀やレプリカなどではない。本物の斬り合い。一つのミスが、一つの死に繋がる。己の経験と、技量と力。俊敏さ、身体能力。その全てが、このひと時のために命を燃やす。
刀と刀が交わり合い、押し付け合う。
「なぁ? 鈍ってねえだろ」
「うる――せえッッ‼︎」
押し合いを跳ね返し、今度は若頭が斬り込んでいく。真鳩は冷静に受け流しながら、次の一手に集中する。
後ろの方では依然として揉み合いが続いており、数が拮抗しているため二人の対決を邪魔するものはいない。これだけの状況を手に出来たのは、真鳩による誤情報が出回ったからだ。
「人魚姫は海へ向かった」
そんな目撃証言を信じた若頭派が船を動かし、半数ほどが今、海の上で存在しない人魚姫を探している。
しかし、これは時間稼ぎにすぎない。姿が確認できなければ、若頭派もここへ来る。その前にヒメが、人魚姫になる必要があった。
「頼むぜ……ヒメ――」
あとがき
どうも、焼きだるまです。
遂に次回で第九話も終了、物語もラストスパートになります。こうして過ぎてみれば本当に早く、今週で人魚姫が終わってしまう事実も作者が受け入れられていません。
叶うのであれば、数多にある本の一冊として、この人魚姫が刻み込まれればと願うばかりです。
長話もなんですから、後書きはこの辺りにしておきます。では、また次回お会いしましょう!




