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第九話「マーメイド・ランナウェイ」(2/5)

 指田や苗島一家の協力もあり、唯斗とヒメはなんとか苗島家で一夜を過ごすこととなる。しかし、町中ではヤクザやサングラスがヒメを探していた――。

   2.



 目が覚めたのは、午前十時前のこと。ヒメは既に起きており、朝食を逃したので食パンを焼いて済ました。


「ありがとうございます、無理を承知で受け入れてもらって」

「いいのよ、そもそも子供が関わるようなものじゃないことに関わっちゃってるんだから、もっと大人を頼りなさい」

「ありがとうございます……」


 苗島母との会話をしていると、指田が顔を出した。


「唯斗、苗島さん、ごめんなさい。私、一度アパートに戻ります」

「あら、どうかしたの?」

「調べたいことがあって……多分、そうだと思うんだけど。お父さんから渡された鍵があって……」


 指田がそう言うと、苗島母は頷いて答える。


「行ってきなさい。真鳩さんが余計なことするわけない。きっと、指田さんのことを思って渡したものよ。ヒメちゃんたちなら私たちが居るわ」

「……よろしくお願いします」


 指田は頭を下げて、唯斗たちに一度だけ手を振ると、苗島の家を出てヤクザに見られないようにしながらアパートへと向かう。指田自身がヤクザに襲われる心配はなく、ヤクザたちも指田を襲えば真鳩に殺されることが目に見えているからだ。


 それから二時間が経ち、昼飯の準備に取り掛かる。良い匂いがしてきた辺りで、ヒメもお腹を鳴らしていた。


「ちょっと待ってね〜、もうすぐできるから」

「まだか」

「あともう少しね〜」


 キッチンの横でワクワクしながら催促するヒメに、唯斗も少しは待つことを覚えなさいと話す。そう言われるとヒメは頬を膨らました。どうやら待つことはできないらしい。


「ふふ――」


 苗島母が微笑むと、インターホンの鳴る音が聞こえた。


「あら、指田さんかしら」


 苗島が二階から降りてくると、居間に居る唯斗とヒメに合流する。


「はーい、指田さ――」

「どうも」


 そこに居たのは、ヤクザの男二人であった。


「何のご用でしょうか……?」

「お宅の息子さんが、ヒメっちゅう女と絡んでるって情報がありましてねぇ。お宅の中、見させてもらってもええですか?」


 遂に、苗島がヒメと関わりがあったことがヤクザにバレてしまったのだ。


「唯斗、裏口から逃げるぞ」

「わかった」


 唯斗はまだ昼飯が食えていないと残念がるヒメをなんとか引っ張りながら、苗島の提案した裏口から苗島家を出る。


 苗島の家は塀が囲んでいる形で、幸い家の前から見ると倉庫が唯斗たちの姿を隠してくれる位置にある。


 倉庫の壁に立てかけてあるハシゴを利用して、塀にハシゴをかけて外へ出る。


 恐らく、苗島一家による時間稼ぎがあってもそう長くは持たない。三人はアスファルトの上に降り立つと、すぐに山の方へ足を運ぶ。一時的だが、近くの草むらに隠れるのは悪い選択肢でもない。


「取り敢えず、ここなら少しの間だけ持つはずだ……」


 三人は呼吸を整えながら、次の隠れ場について話し合う。


「指田の姉さんのアパートも多分、目を付けられてるよな……」

「手を出してこないだけで、間違いなくマークされているはず。俺の家も論外だ」

「お寺さんは?」

「どうだろう……確実に安心とは言えないかな……」

「かといって山の中で過ごせるような安定した場所もサバイバル技術もないし……詰んでねえかこれ……?」


 二人が行き詰まった表情をしていると、ヒメが思い出した表情を浮かべて提案した。


 その提案はすぐに受け入れられ、三人はすぐにその場所へと向かう。


 ◇◆


 ――その頃、サングラスたちはヒメをターゲットに町中を探し続けていた。


「チッ……しくりやがって。ヤクザも時代遅れなのかねぇ……」

「一度捕まりはしたんだ。どこにも逃げ場はない。この街のどこかに居るか、追い込まれたら海へ逃げるだろ。俺たちも探すしかねえよ」

「え〜、めんどくさいなぁもう」


 そうして探している二人に、ある連絡が入る。


「唯斗ってやつの情報を洗い流していた。どうやら、苗島という高校生と関わりが多かったらしい。今、組員の二人をその家に送っている」

「ナイス〜! 吉報を期待しているよ」


 サングラスが電話を切ると、機嫌良く鼻歌を歌いながら歩き出した。


「お前、すぐ上機嫌になるな」

「だって、めんどくさいことが片付くと嬉しくなるでしょ?」

「はぁ」


 ◇◆


 ――三人が逃げ込んだのは、苗島の家の前にある雑木林であった。しかし、雑木林が目的でここに来たわけではない。


「しかしよく覚えてたな、ヒメ。流石だ」

「マジでヒメっちが居なかったら忘れるとこだったわ」

「中々私もやるだろ?」


 三人は記憶を頼りに、獣道のようなものを歩き続ける。しばらくすると、草むらに覆われたような場所を見つける。


「あった」


 唯斗が草をかき分けながら、草むらの中へと無理やり入っていく。スポンッと抜けるような感覚のあとに、広い空間へと招かれる。後ろから続いて二人もその中へと入った。


「感謝するぜ……藤原のガキンチョ」


 そこは、前にヒメが藤原の兄弟によって連れ去られた雑木林の中の秘密基地であった。


「確かにここなら、パッと見人が居てもわかんねぇもんなぁ。あのガキ共、あんなに人をバカにする癖に作るものは一丁前なんだよなぁ」

「私もここは好きだ。洞窟の中みたいで落ち着く」


 取り敢えずやることもないので、適当に座って落ち着くことにする。床は落ち葉を使って作られており、フサフサとしていて座り心地も悪くはない。数え切れない量の落ち葉を敷き詰めたのか、クッション性があった。


「取り敢えず、実行日は今日の夜だ。それまでに、ヒメには人魚姫になってもらわないといけない」


 唯斗たちはまず、ヒメがどうすれば人魚姫に戻れるかを考える。


「海に魅入られるって魚たちに好かれるってことだよな? でも、なれないってことは、魚たちはもう……ヒメのことをどうでもよくなったってことだよな?」

「恐らくそうなんだが、なんとかしてもう一度魚たちの信頼を勝ち取ることができないかな」

「うーん……イルカさんはカンカンだろうし、他の生き物たちも私が海を捨てたって思ってる……と思う」


 行き詰まる問題に、頭を抱える。このままでは作戦を計画通りに進めることができない。それができなければ、唯斗たちに明日は来ない。


「……取り敢えず、人魚姫になってみよう。もしかしたら前のはたまたまで、今ならなれるかもしれない」

「わかった」


 ヒメはそう言うと、昨日の夏祭りのままであった浴衣を脱いでパンツも脱いだ。


 泳ぐことを想像し、集中して形を変えようとする。しかし――、


「やっぱりできない……」


 四度、五度と試したが変化は訪れなかった。


「やっぱり……海に魅入られてなければ人魚姫にはなれない……か」

「どうする唯斗? オレ、何か持ってこれるものがあったら持ってこようか?」

「いや、苗島の家にヤクザが家宅捜索へ来たなら恐らく苗島自身も危ない。下手に外へは出ない方がいい……最悪、バレてないように見せかけて後を追いかけてくるかもしれない」


 完全に行き詰まったことで、三人の打つ手はなくなる。それと同時に――、


「う……」

「……」

「やっぱそうなるよね」


 昼飯を食べ損ねたので、みんなお腹がぺこぺこであった。唯斗は遅れてパンを食べているのでなんとか持っているが、ヒメは限界そうにげっそりとしている。


「このままじゃ、ほんとにセミとかを食うことになるぞ……」


 そんな時、秘密基地の近くで足音が聞こえた。


「シッ」

「まじかよ……」


 三人は肩を寄せ合う。よりにもよって、雑木林にまで捜索の手が入ったのか。三人は覚悟を決めながら、近付いてくる二つの足音に身構えた。


 バサッバサッと二つ、秘密基地を潜り抜ける音が聞こえる。


「あれ?」

「おっ」


 現れたのはヤクザではなく――、


「藤原の兄弟⁉︎」


 秘密基地へ遊びに来た藤原の兄弟であった。

 あとがき

 どうも、焼きだるまです。


 また裏話なのですが、実は人魚姫を釣り上げたおはなし自体は、半年以上前の8〜9月から構想があり、執筆をしていました。


 その頃は唯斗とヒメの二人視点で、それぞれの視点で起きた話を読んでいくというものでした。


 しかし、書くのが難しく、更にいうと物語の流れがあまりにも人魚姫の関係のない唯斗のことばかりとなってしまったため、初期版は6万文字を残して没となりました。


 その後のバージョン2でも、結局改善が見られず没。バージョン3でやっと一人称から離れた書き方をしましたが、すぐに断念。その結果合計10万文字が没。しばらくは人魚姫を書きませんでした。


 それが今年の2月頃、突然書きたい衝動に追われ、物語の始まりと終わりは変えず、一部の物語もそのままに、または流用して新たな人魚姫をスタート。ヒメのキャラクター性なども変え、現在の作品が出来上がりました。


 しかし、これからの終盤や序盤の流れはほとんど変わっていません。もしこの作品が大多数の目に届くことがあれば、いつかその没版も見せてみたいですよね。


 長話となりましたが、ちょっとした裏話でした。では、また次回お会いしましょう!

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