第九話「マーメイド・ランナウェイ」(1/5)
真鳩による殲滅作戦が始まり、その第一段階としてヒメの人魚姫化があげられた。唯斗はヒメを担ぎながら、指田の先導のもと、ヤクザの徘徊する街を進みながら苗島の家へと向かう――。
1.
町の中は真鳩が話していた通りで、若頭派のヤクザがそこら中を徘徊していた。
「ここまで多いなんて……」
「阿日津会は八十人くらいのはずだから……数的に不利として……五十人くらいは居るかもね……」
「そんなに⁉︎」
「しーっ」
指田が人差し指を立てると、唯斗も声を抑える。物陰に隠れつつ、一日身を隠せる場所を探すしかない。
「一時的に町を出るのは……」
「道を封鎖してるでしょうね……検問みたいに」
武闘派とは言えど、しっかりと対策はしている。決して脳筋の集まりではないのだ。
「町中で隠れられる場所……苗島の……家……?」
「真司の家か、そういえば真司って、まだ唯斗やヒメとの関係を探られてないよね」
「多分……わからないけど」
「それでいきましょう。あそこなら広いし、もし見つかっても逃げ口くらい、いくつかあるでしょ」
指田はそう言うと、先陣を切って安全そうなタイミングや安全そうな道を探していく。指田の合図で、ヒメを担いだ唯斗も同じルートを辿る。
動きは地味だが、それだけ町中をヤクザが出歩いているのだ。いつ、どこで鉢合わせてもおかしくはない。
「指田さん」
「何?」
あるタイミングで、ヤクザが中々退かないせいで動けなくなった二人は、ヤクザが退くまで少しだけ話をしていた。
「指田さんは、ヤクザになろうって思ったことあるんですか?」
「それどういう意味?」
少しだけ笑いながら、指田が反応する。
「いや、バカにしてるとかそういうのじゃなくて……」
「わかってるよ。思ったことない」
回答はあっさりしていた。
「確かに、両親が極道だったのは知ってたけど、それでもなろうとは思わなかった。葬式の時、あれだけ多くの人を悲しませたのに、命の張り合いなんてする気にはなれなかったしね」
「それで……もしかして大人びた感じを?」
「それは単純に精神がおかしくなっちゃっただけかな。お父さんの言った通り、私は子供らしさを捨てちゃったの。そうでもしないと、心を繋ぎ止められなかったから。今では平然としているけど、子供心にキツかったのね……私。だから、今はこれでも精一杯子供っぽくやってるし、大人としても楽しんでるよ。極道なんかになって、抗争やらなんやらで死んじゃって周りを悲しませるとか、親を反面教師にした私にとっては嫌だね。なんて言っておきながら、命をかけてこんなことをやってるけど。でも、私にヤクザは似合わないでしょ――」
指田は笑っていた。唯斗も微笑み返すように小さく笑う。指田の全てはここにあって、これが指田という人間なのだと、唯斗はやっと指田という人物が理解できた気がした。
善意を押し売るような人は、思っていたよりも子供っぽく、誰かに構ってほしかっただけなのだ。それが例え年下であろうとも、心の埋めどころはそこにあった。
「唯斗」
「なんです?」
「今度さ、私にプリン奢ってよ」
「プリン……ですか?」
「そう。久しぶりに食べたくなっちゃって……できれば、誰かから貰ったもので」
指田はにこやかな表情を見せた。外は暗いが、それでも指田の表情は明るく見えた。
「いいですよ、一番高いやつでいきましょう」
「お、やったぜ。これは断然やる気が湧いてきたぞ〜!」
指田はテンションを上げると、道路脇に落ちていた石ころを拾った。
「退かせばいいんでしょ、誘えばいいんだよ。こんな暗闇じゃ姿も見えないし。音が聞こえてくれば確かめざるを得ない。鳴らせば退いてくれるでしょ――! 釣〜ら〜れ〜やがれ〜!」
そう言って指田は立ち上がり、大きく振りかぶって石ころをヤクザの向こう側に向けて投げる。そして――、
コン! っという音を立てて、バタッとヤクザが前に倒れた。
「あ……」
「あ……」
「むにゃむにゃ……」
指田は恐る恐る、うつ伏せに倒れるヤクザに近付く。
「い、生きてますかぁ〜……?」
すると、ヤクザの指がピクピクっと動くのが見えた。
「ゆ、唯斗ぉ! 今、今だよおおおお――‼︎」
「指田さんッ! あんたの方がよっぽど暴力的だよッッ――‼︎」
一歩間違えれば人の命が一つ消えていたが、幸いにも当たりどころは悪くなく、ただの気絶で済んでいたらしい。
◇◆
――そんなことがありながらも、三人はなんとか苗島の家に辿り着くことができた。
扉を開けると、そこには苗島が心配そうに立っていた。驚いた表情で三人に駆け寄り、無事なことを確認すると体から魂が抜けるように崩れ落ちる。
「よかった……ほんとに、よかった……」
「苗島……」
「すまん、唯斗。オレのせいだ。オレのせいでこんなことに――」
「苗島」
「え?」
「頼みがある」
「……なんでも言ってくれ」
すると、唯斗は頭を下げた。
「苗島の家に迷惑かけると思う。だけど、どうにか俺とヒメを一日ここに匿わせてほしい!」
唯斗の願いに、苗島は驚いた表情で答える。
「取り敢えず顔上げろって、わかったよ。オレが話つける。だから……その、もっと頼ってくれ!」
「苗島……!」
唯斗は顔を上げると――苗島に抱き付くように倒れた。
「ずっとヒメ背負って中腰やらなんやらしてたから死にそうなんだ……変わってくれ……」
その理由は体力の限界と腰の限界であった。
苗島にヒメを託すと、唯斗は二階の苗島の部屋に通された。今日ぶりの同じ天井に、唯斗は少しだけ安心できた。
「なんとか……なったんだな……」
町中を進む時は指田が居てくれたが、それでも気が気ではなかった。見つかれば最悪殺される危険性すらある。もはや、外に安全なところなんて一つも残っていないのだ。
「ここもいつまで持つかわからないけど……取り敢えず、苗島には感謝しないとな……あと、ご両親や兵吉じいさんにも」
しかし、ドッと疲れが出たのか、唯斗の体は動きそうになかった。
「……苗島と指田さんを信じよう……少しだけ……寝る……」
一分も持たずに寝落ちした唯斗の姿を、その数秒後に部屋に戻った苗島はこう語っている。
「オレの部屋に転がった死体(怪我をしているため)」
◇◆
指田はこの際だと、一階で苗島一家に説明をしていた。
「……」
「なのでどうか、ご協力をお願いします」
苗島父は腕を組み、口を閉ざしたままである。苗島母は困ったような表情をしており、夫の反応を待っているようにも見える。
「真実かどうかは、唯斗やヒメ、指田の娘が証明してる。なんなら、儂が断言しちゃる。その上で、儂からも受け入れてやってほしい。お前たちには危害を加えん、儂が盾になる」
「父さん、そういうのはやめてくれ」
「だが――」
「わかってる、そういうことじゃない。父さんが盾になるんじゃない。俺たちが助けるんだ。息子も下手をすれば狙われる可能性のある話だろ? 父さんだけに任せてられるかよ」
苗島父はそう言って、指田の方を見た。
「そうね、私たちの息子だもの。それに、息子の親友が命をかけてるなら、尚更私たちも協力するしかないわ」
「奥さん……」
「指田さん、あの子たちを守りましょう。それが、我々大人にできる精一杯のことです」
兵吉じいさんも頷いており、苗島父は微笑んでいた。指田も肩の力が抜けたのか、ホッと一息胸を撫で下ろした。
苗島は居間に居なかったが、階段でその会話をこっそりと聞いていた。
「親父……母ちゃん……じっちゃん……」
この家は、隣町へ続く道に近い場所にある。恐らく、その道の先にはヤクザの検問が配置されている。そこから近いこの家は、ヤクザが稀に巡回に現れる。しかし、苗島一家はそれから唯斗たちの存在を隠した。
幸いにも苗島という存在はマークされていないようで、ヒメの関係者ということを疑って、家の中まで入ってくることはなかった。
その日の夜は、ヒメと唯斗は二人きりで眠っていた。苗島は落ち着かないからと、見張りをすると言って部屋を出てしまった。
見張りには苗島父と苗島母、兵吉じいさんが一時間ごとに交代していた。しかし、苗島は階段の上で夜を明かしていた。もし、一階が突破された時。二階に上がってくるヤクザを足止めできるのは、苗島だけだと思っていたからだ。
指田は兵吉じいさんの部屋で寝かせてもらっていた。指田も疲れたのだろう、苗島一家にあとを託して布団に潜り込んだのだ。
恐らく明日は騒がしくなる。体を休めれるのは、このタイミングだけだ。
唯斗は深夜、少しだけ目を覚ました。ヒメは唯斗に抱きつくように眠っており、余程離したくないことがわかる。
ヤクザから盛られた睡眠剤の効果は切れていたが、それでもヒメは眠り続けた。その寝顔は少しだけ幼く見え、唯斗は少しだけ微笑む。
「守る……必ず」
そして、自分の胸にそう刻んだ。怪我の手当はされており、痛みも多少マシになっている。この程度であれば、明日何かあっても動けるだろう。唯斗は覚悟を決めながら、もう一度眠りにつく。そして――その日は訪れる。
あとがき
どうも、焼きだるまです。
気が付けば第九話となっており、この作品も遂にここまで来たか……といった感じです。
最初は平和な感じでしたが、今やその見る影もなく……。元々暗い話を書きまくりたかったので、これはその名残とも言えますね。ただ、人魚姫という作品自体は私にしては明るめのものとなっています。
気が向いたら他の作品も読んであげてくださいね。しかし、当分は人魚姫を超えられる気がしないなぁ……。では、また次回お会いしましょう。




