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第八話「夏祭り」(6/6)

 真鳩から提案された内容は、高校生である唯斗にとってはぶっ飛んだ内容であった――。

   6.



「はい?」

「迎え打つ。若頭ごとその派閥を潰す」

「待ってください、それってどういう――」

「そのまんまの意味だ」


 あっさりとした答えに、唯斗も戸惑いを見せる。


「迎え打つって……俺たち一般人ですよ」

「そうか? 俺にはそう見えねえけどな」

「どこがそう見えないんですか⁉︎」

「そいつだ」


 縛り終えた真鳩が立ち上がり、唯斗が抱き寄せているヒメに指をさす。


「話じゃ、魚を操れるんだってな」

「でもそれは、人魚姫になれた場合です。今はヒメに、人魚姫になる力はありません」

「知ったこっちゃねえ。やらなければやられるんだ。それに、ヤクザが人魚姫なんて信じるわけねえだろ」


 真鳩の話に、唯斗は首を傾げる。


「どういうことですか……?」

「ヒメを連れ去ろうとしたのは若頭の派閥で間違いないが、依頼主は別に居る」

「はい?」

「恐らく、そいつとの交渉で今回の事件が起きてるんだろうよ。大方、その黒幕にたまたまヒメの正体がバレちまったってところだろうな」


 真鳩の推測は、唯斗にも想像できなかったことであった。


「つまり、ヤクザだけをやっても無駄ってことだ。それも、ヤクザを使ってまでヒメを捕まえようとする輩なんざ、表の人間のやることじゃねえ。そんなもの国の機関を使えばいいというのに、それをしてねえってことは――そいつも裏の人間だ。それも、ヤクザとかではねえもっとやべえ何かだ」


 真鳩は平然とそう語ると、唯斗の前で止まり、目線を合わせるためにしゃがみ込む。


「わかるだろ? やらなきゃやられる。人魚姫で金儲けってことは、国外逃亡でもしないとやべえ人間だ。最近で有名なら……二年前のバラバラ殺人の犯人とかか? 未だに消息不明なら、こんなところに居てもおかしくはねえだろうよ」


 唯斗の背筋に、冷たいものが走る。


「もしかしたら――姉さんもそれに巻き込まれてるかもしれません……」

「あぁ? お前姉さんのこと嫌いなんじゃなかったっけ」

「嫌いですよ! でも、血の繋がった唯一の家族なんです……」

「ほぅ」


 真鳩は立ち上がり、部屋を彷徨きまわる。指田はソファにもたれかかったまま話を聞いている。


「でも……それなら、真鳩さんたちが全てやれば――」

「無理だな」

「なぜですか?」

「組員の量が違う。さっきも説明したが、今、阿日津会は二つの勢力に分裂している。それで、組員の量で勝ってるのは若頭の方だ。俺たちも非力じゃねえが、流石に数じゃ負ける。真正面から奴らを封じ込めるのは無理だろうな」

「じゃあ、どうやって――」

「そこでそいつの出番だ」


 タバコを灰皿に置き、真鳩は指田のもたれかかるソファに座る。


「海に生きる生物を従える力で、海へ誘い出した組員を一斉に海へ落とす」

「そんなことができるんですか?」

「漁業関係は若頭の担当だ。人魚姫が海に逃げたなんて言えば、すぐにそこら辺の漁船やらなんやら引っ張って組員乗せた船で捜索しだすぜ。生憎とここは漁業の町だ、組員にも船を運転できる奴は多い」

「それはわかりました。ですが、さっきも言ったようにヒメは――」

「そこをなんとかするのがお前の仕事だ。いいか、協力してやると言っているんだ。俺は今、無性に腹が立っている。大事な娘ぶっ叩いておいて、平然と金集めに夢中になってる奴らからの謝罪がねえことにな――。俺も極道だ。本来無償でお前を手伝う義理なんてない。だがな、今回は別だ。放っておけねえ、生かしておけねえ。互いに利のある関係だ。悪い話じゃねえ。どうせお前、このままそいつと地上暮らししても追われる生活だ。高校生の身でそれができるか? できやしねえよな?」


 真鳩の考えはその通りで、唯斗も否定することはできない。


「恐らく、依頼主も海にのこのこと出てくるだろう。ここまで情報が出回ってるんだ、ヤクザだけのはずがねえ。黒幕本人もかなり動いているはずだ」

「つまり……今日、ここで迎え打つと?」

「いや、今日である必要はない。そもそも、全員が船に乗るわけじゃねえだろう。地上に残るであろう組員の分は削っておかなきゃならねえ。そこで、決行日は明日の夜ってのはどうよ」

「明日の夜……?」

「ああ。それまでに、俺も組員を集めて若頭の組員を削る。その間にお前たちは、どっかに隠れてヒメを人魚姫の状態に戻せ。準備ができたら、ヒメを海へ戻す。そして、人魚姫の力で海へ迷い込んだお猿さんを、海洋生物たちによって海へ引きずりこんでもらうって作戦だ」


 真鳩の作戦は現実味を帯びており、今までなんとなくでやっていた唯斗のものとは違うものがあった。


「どうだ? 一日あればできるよな?」


 今の唯斗に、選択肢は残されていない。


「……やります。やってみます」

「いい返事と顔だ。漢らしさには欠ける人間性だが、嫌いじゃねえ」


 真鳩はタバコの火を消して立ち上がると、扉の前まで向かう。


「取り敢えず、一日何とかやり過ごせ。少しでも俺たちで戦力を削っておく。そして明日の夜、人魚姫になったヒメが奴らを海に誘い込んで落とす。それでいいな」

「お願いします」

「任せろ」


 唯斗がヒメを抱き上げて立ち上がる。蹴られたことによりダメージがあったが、根性が倒れることを許さなかった。


「お父さん!」


 そして、ここまで黙っていた指田も真鳩の背後まで近付き、口を開く。


「私も手伝う」

「ダメだ」

「唯斗たちもがんばるのに、私だけがアパートには居れない!」

「ダメだ」


 真鳩が振り返り、顔を合わせて話す。


「それが、お前の母さんと約束したことだ」

「私は今の話をしているの! 今私の前に居るのは、お父さんだけでしょ!」


 指田の強気の姿勢に、真鳩は首を横に振った。


「あのな、ここからは命がかかる。お前の命があの世に連れて行かれちまったら、俺はお前の両親に合わせる顔がない。らな、頼む。せめて()()()では、約束を守らせてくれ」


 真鳩はそう言うと、鍵を一つだけ指田に手渡して扉を開く。


「どうせもうすぐ、この事務所に若頭の野郎が来るだろう。お前らもすぐにここから出ろ。町は野郎どもでいっぱいのはずだ。今は夏祭り、町中を彷徨く一般人も少ない。最悪、出会い頭に拳が飛んできてもおかしくはねえぜ」


 真鳩はそれだけを残し、事務所をあとにした。


「……行こっか、唯斗」

「はい――!」


 唯斗はヒメを抱くのから背負うのに変え、指田と共に事務所をあとにする――。

 後書き

 どうも、焼きだるまです。


 遂に第八話もこれにて終了です。終わりが見えてきました。恐らくあと一週間ほどでこの作品も終わります。序盤から読み続けてくれている方、応援してくれている方、待っていてくれた方、本当にありがとうございます。


 ぜひぜひ、最後まで人魚姫を釣り上げたおはなしという作品を、しっかりと見届けてあげてください。


 次回、第九話は「マーメイド・ランナウェイ」です。人魚姫と共に、唯斗たちはどこへ逃げるのか――。


 では、また次回お会いしましょう。

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