第七話「思い出話」(3/3)
苗島の機転もあり、三人はいつも通りの空気感で夜を迎えることとなる――。
3.
その日の夜は、苗島の父と母からも思い出話が語られた。それは苗島の小さい頃のおはなしで、唯斗自身もあまり苗島の両親とは関わったことがなかったので、関係性や、唯斗の知らない苗島が出てくると驚きや笑いが込み上げてくる。
ヒメは出された夕食をガツガツと食べており、特にとんかつは気に入ったのかパクパクと口の中へ放り込まれていく。
兵吉じいさんは縁側に小机を出して食べていた。唯斗も滅多に見れない豪華な食事だったので、遠慮なくガッツリと頂くことにした。
最初はヒメのことも何か聞かれないか心配していたが、兵吉じいさんが言っていた通り話はつけているようで、何も問題はなくその日を過ごすことができた。
「ふぅ〜」
苗島の家はそれなりに広く、浴槽も二人が入ったところで有り余る大きさであった。
「久しぶりだな〜、唯斗と風呂入んの」
「親友だからって、頻繁に入るものでもないだろ」
「そりゃそうか」
苗島はにこやかに笑うと、湯船に浸かりながら二人は話し合う。
「ありがとな、色々助けてくれて」
「いいってことよ、親友を守るのは当たり前のことだし」
「俺がお前に返せたことも、守ったこともあんまりない気がするな」
「あるじゃねえか」
「あるか?」
「今」
苗島は今を楽しんでいた。唯斗やヒメを助けようと思っての行動はいくつもあったが、その全てが楽しんでやっていることだった。
「……そっか、それならよかった。そういえば、俺が釣りの誘いを受け取らなかったら、ヒメとも会えてないんだよな」
「あぁ、そうなってたらオレは恐らく唯斗にフラれたショックで寝込んでるところだぜ?」
「そんな男女の関係じゃないんだから……」
ははは……と笑いながらも、唯斗は感謝していた。
「そこまで思ってくれてたんだな……」
「そうだぜ? オレが一番関わり多いの、結局唯斗だからな」
「俺もだよ」
小っ恥ずかしい話も、裸の付き合いであれば自然と出てくる。そして、そんな話も悪くないと感じられる。
「唯斗、オレはこれからもお前のことを助ける。だから、お前はヒメっちのことをちゃんと守ってやれよ。もしそれでヒメっちが助かってお前に何かあっても、オレがお前を助けに行ってやる。でも、もしもの時にヒメっちを救えるのは、唯斗だけだ――」
湯気で曇るような視界で、親友同士の約束が交わされる。
「オレがヒメっちに何かしようとしたら、絶対チョップかまされるからな。釣り上げた責任者はお前だ。がんばれよ」
「ああ」
苗島が背中を叩くと、先に風呂からあがる。
「お前と親友やってよかったわ。こんな経験、お前と居なかったら一生できなかったからな!」
苗島は一度だけ振り向いてそう言うと、脱衣所へ向けて風呂場をあとにした。
「……そうだな、俺もだよ」
唯斗は長風呂をよくする方で、のぼせることも少ない。誰もいない風呂場は、唯斗にとって心を落ち着かせるのに良い環境であった。
しばらく湯船に浸かっていると、脱衣所へ続く扉が開く。
「あ……」
唯斗が顔を逸らす。風呂場に入ってきたのはヒメだった。
「ご、ごめん。すぐに出――」
そしてヒメは、当たり前のように唯斗の居る湯船に浸かった。
「ちょ――せめて体流してから入――てか、その――」
のぼせることのない唯斗の顔が、のぼせたように赤らんでいく。
「ユイト」
「ヒメ、海で生きてきたから仕方ないかもしれないけど、これめちゃくちゃ恥ずかしいこ――」
「ユイトは私のことが好きか?」
もはや文字通りめちゃくちゃである。
「――」
「シンジのオヤジが言っていた。多分、唯斗は私のことが好きだって」
どのタイミングでそのようなことが話されたのか、なぜこのタイミングでそれを聞くのか。唯斗の頭はのぼせたようにぼんやりとしていく。
「私は好きだぞ」
しかし、ヒメの表情は真剣だ。
「なん――その、なんで今……」
「ユイトは色々なことを教えてくれる」
「それ、他の人でもそうじゃない?」
「ユイトは優しい」
「指田さんも優しいけど……」
「ユイトはかっこいい」
「苗島とかの方が行動力もあってかっこいいと……」
「違う、私はユイトのことを話してるんだ」
ヒメは唯斗に近付く。浴槽は広いが、流石にズイズイと近付かれると逃げるように後退する唯斗は隅の方へ追いやられる。
「……なんだって、このタイミングで?」
「……覚悟を決めるためだ」
ヒメは語った。
「……このまま、曖昧な考えでここに居たくない。だから、ちゃんとした理由でここに居たい。多分……人魚になれなかったのは、ここに居たかったから。でも、中途半端な気持ちが残ったままだ。だから、ここでハッキリと決めておきたい」
唯斗を逃がさないように、唯斗に覆い被さるようにしてヒメは話す。
「私は、ユイトの側に居たい。海には帰らない。イワシちゃんには悪いけど……でも、これが私の選ぶ道。それがたとえ、どんな結末になっても。私はユイトの側に居たい」
ヒメにとって、好きという感情がどのようなものかは未だハッキリと理解はしていない。しかし、友だちとしてか生物としてか、ヒメは唯斗のことを好きと言える。
唯斗もそのことをなんとなく理解はしていた。しかし、この二週間に近い時間をヒメと過ごしてようやく理解できた。この時間を、この関係を、この青春を手放したくない。
海に帰すことも、ヤクザに渡すことも許さない。
「お前がヒメのことを守れ」
苗島の言葉が唯斗の脳裏に、ビンの中で残留し続ける煙のように残っている。
「……俺も、ヒメと一緒に居たい。一緒に居よう、ヒメ」
二人は微笑み合う。出会ったのは一ヶ月にも満たない。たったそれだけの時間で、青春は始まる。
唯斗に覆い被さるヒメの体が、唯斗の上に落ちていく。二人の顔が近付――いたかと思うと、ヒメが唯斗の体の上に頭を落とした。
バシャンといった音と共に水飛沫をあげて、ヒメの顔がお湯に浸かる。顔色も赤くなっており、力が抜けている。
「ヒメ⁉︎」
ヒメは唯斗と違い、酷くのぼせやすいのであった――。
◇◆
――三人は二階にある苗島の部屋で、布団を敷いて仲良く横になっていた。ヒメは唯斗の隣りの布団で眠っており、苗島と唯斗は隣り合わせで天井を見上げていた。
「コンビニに行った時、姉さんに会ったんだ」
唯斗は昼前のことを話し始める。
「夏祭りに行くことが漏れてた」
「マジで?」
「多分……藤原の兄弟が話しちゃったらしい。祭りといったら屋台だ。必ずヒメを監視しているヤクザも居るはず」
「それじゃ危なくねえか?」
「あぁ、だからなるべく離れずに行動しよう。それと、一番最初に住職さんと話もしよう。何かわかれば、解決策も浮かぶかもしれない」
「そうだな……」
電気はついておらず、月明かりだけが照らしている部屋の中で、音量を下げた話し合いが続く。
「姉さんが動いてるとなると、正直家にも戻れる感じはしない」
「浴衣……」
「俺はいいよ。ヒメのは指田さんが用意してくれる。明日は、夕方にここを出て指田さんのアパートへ向かおう。藤原の兄弟は指田さんにお願いして、俺たちがアパートにつく前に連れてきておいてもらおう」
「唯斗の姉さんが祭りに来たりはしねえか?」
「多分、それはない。姉さん、過去に当たりのないくじ屋で何度も当たりが出ると信じてやりまくって、結局出なくて。それからは祭りには行きたくないって言ってたから、多分来ない」
「なんだよそれ、お前の姉さんバカなのか?」
「頭の良い方ではないよ」
唯斗がスマホを見ると、メールに姉からのものがいくつかあった。
「でも、間違いなく姉は俺たちを探している」
「出会さないことを……祈るばかりだな」
静かな夜を過ごしているが、この静けさが明日も来るかはわからなかった。
「取り敢えず、できることをしよう。そして、ヒメを必ず守る」
「おう」
二人は覚悟を決めると、一度だけおやすみと言って背を向けて眠る。猫は信頼する人間に対して、背を向けて眠るという。この行為は、唯斗と苗島にとっても同じであった。
◇◆
――サングラスの男が、事務所の客室で若頭に対してある提案をしていた。
「もしミスってしまった時用に、船とか動かせるようにできませんかね?」
「この町の漁業船か? 確かにあれを動かす権利は俺にもある。だがよ、関係者を黙らせるのはそう簡単じゃねえ」
「もちろんですとも、金ならいくらでも積みます」
「金の安売りは信用するが、それだけ成功の見込みがあるってことか?」
「えぇ、ありますとも。それと一つ、おれたちが操縦する用の船も一隻お願いしますよ。もし海に逃げてしまったら、網で人魚姫を捕まえましょう〜」
「おめぇにできるのか?」
「ええ。これでもおれの親、漁師やってたので」
若頭はしばらく黙ると、立ち上がって返した。
「いいだろう、漁業関係者には俺から話をつける。だが――失敗した時はわかってるだろうな?」
「もちろん――」
若頭の圧には怯まず、サングラスはただただ不敵な笑みを浮かべていた。
あとがき
どうも、焼きだるまです。
遂に第七話も終了、次回から物語が大きく動き出します。
後半も折り返しに入りますが、ぜひぜひ最後までお読みいただけたらと思います。
第八話は「夏祭り」遂に、本当のヒメの正体が明かされる――⁉︎ お楽しみに!
では、また次回お会いしましょう!




