第六話「人魚姫のうた」(5/6)
できることはやった、あとは結果を見守るのみである。唯斗の期待と応援は、ヒメへと向けられる――。
5.
そして迎えた実行日。指田が帰ってくるのは午前六時のため、二人は午前五時には起きて準備を始める。ヒメは眠たそうにしていたが、幸いにも起きることができていた。
玄関を出ると、苗島が家の前で待っていた。どうやら荷物持ちをしてくれるらしい。唯斗は言葉に甘えて荷物の一部を持たせる。
「がんばれよ、ヒメっち」
「おう」
ヒメの姿はワンピースで、下は履いていない。人魚姫の姿になる際、パンツを履いているとそのまま破いてまで変化してしまうからだ。
唯斗は履かせようと説得したが、仕方なくパンツを別に持っていくことで諦めた。
「ヒメっちはさ、なんで歌を知ってるんだ?」
苗島の疑問に、ヒメは答える。
「クジラさんから教わった」
「へぇ〜、やっぱクジラって歌ってるんだな」
「流行りもある」
「マジで⁉︎」
「でも、私はそれよりも好きな歌がある」
「へぇ。どんなクジラが歌ってるんだ?」
ヒメは、そのクジラのことを思い出す。
「姿は見せてくれないんだ、恥ずかしいんだってさ。いつも一人で居て、流行りの歌とは違う別のうたを歌っているんだ。その子の歌声は綺麗でな。でも、他のクジラたちには聞こえていないらしいんだ」
ヒメの話に、唯斗はあることを思い出す。
「それって……もしかして52ヘルツのクジラじゃないか?」
「お、なんだそれ? 唯斗ってクジラ詳しかったっけ」
「いや、俺も詳しくは知らない。たまたまスマホのニュースで見かけただけなんだけど……他のクジラと違うから、群からはぐれてるんじゃないかって言われてる」
「なんだそれ、ぼっちってことか?」
「多分、そう。周波数が違うから、他のクジラには聞こえないんだ」
唯斗の説明に、ヒメは答える。
「多分そう。その子、いつも一人だった。だけど、いつも私に歌声を聞かせてくれたんだ。一人でも歌えるんだって。私はその歌が好きだった」
「それでヒメは歌ったのか?」
「あぁ、自分で作った星のうたを。そのクジラさんに届いたかはわからないが、たった一人で考えた歌だ。仲間のいないそのクジラさんのように、私にとっても同じ存在はいない。そんな一人の私が歌った、唯一の歌だ」
◇◆
――窓から漏れる光を買ってきたもので遮断し、部屋の中央に投影機を置く。
「これで準備はよし」
「あとは指田さんが帰ってきて、ヒメが人魚姫の姿になればいいわけだ」
もうなっておきなよ、と唯斗に言われ、ヒメは人魚姫の姿に変身する。
「オレ、ヒメの人じゃない姿見るの久しぶりだわ」
「まぁ、そう頻繁にするものでもないしな。俺もヒメの本当の姿を見るのは久しぶりだよ」
そうやって二人で喋っていると、ヒメの変化が途中で止まり、人の姿に戻ってしまった。
「あれ?」
「どうした? ヒメ」
「……もう一回」
ヒメは集中して、もう一度人魚姫の姿になろうとする。
「――っ、なれない……?」
「どういうことだ?」
「ユイト、人魚になれない」
ヒメの言葉に、二人は焦りを感じる。
「どうなってんだ唯斗? 前にもこんなことが?」
「いや、ない。こんなことは初めてだ」
「体調でも悪いのか?」
苗島の心配に、ヒメは首を横に振る。
「何か理由があるんだろうけど……」
「ユイト」
「どうした?」
「手を繋いでくれるか?」
ヒメの願いは不明だが、唯斗もここまで来て引き下がることはできなかった。
「こうか?」
唯斗はヒメの右手を取り、横に座る。
「そのまま、じっとしていてくれな……」
そう言ってヒメは、もう一度人魚の姿になろうとする――。
両足が引っ付き、鱗が生えてくる。足先は尾ヒレへ変化していく。
「ふぅ……」
なんとか、人魚姫の姿になることができた。
「よかった……」
「ありがとう、ユイト」
「あぁ。不安……だったのか?」
「わからん」
ヒメも理由には首を傾げていたが、なんとか上手くいったのでまずはよしとした。
皆でほっと胸を撫で下ろし、少しだけ笑い合う。すると、玄関のドアの鍵が開く音がした。
「静かに」
三人は影に隠れ、唯斗は指田から見えないギリギリの位置で投影機のスイッチをいつでも押せるようにして構える。
「ただいま〜……ってあれ?」
帰ってきた指田は、部屋の中の違和感に気が付く。
「電気電気……ん?」
電気のスイッチにはガムテープが貼られており、点けることは許されなかった。
「……唯斗? ヒメちゃん?」
そして指田が部屋に来たタイミングで、唯斗が投影機のスイッチを押した。
カチッといった音の後に、暗闇に包まれた部屋に星空が浮かび出す。
「わっ」
指田が少しだけ驚くと、ヒメが指田の目の前に現れる。
「ヒメちゃん……」
三度目となる人魚姫姿のお披露目だが、指田は変わらずその姿に見惚れているような表情を見せる。
「サシダ、前に歌を聴かせてやると言ったな」
「そうだね、覚えてたんだ」
「だから、今日ここで聴かせてやる」
ヒメは人魚姫としての姿で、映し出された空を見上げる。苗島と唯斗も近くで座り、それを見た指田も腰を下ろした。
「星のうただ――」
そうして、ヒメによる小さなコンサートが幕を開けた。
三人は静かに聴きながら、ヒメの歌う姿と星空を眺める。その歌の内容は、一人の生き物が星空に仲間を求めるようなものであった。
数多の星々が空を彩る中、一人の生き物だけがその中には入れない。眺めるだけの、遠くに感じる存在。手を伸ばそうとしても、それは叶うことのない夢。
ここには、イワシもクジラもいない。ヒメの求めた観客は、人として集まったものたちだ。今はその星々に居るが、今度は海の中に置いてきた星々に聴かせてあげることができない。
ヒメは残念がりながらも、あの時イワシや海の生き物に聞かせたあのうたを歌った。
きっと、ヒメの歌は海の生き物たちにも歌われている。そう信じた。ヒメの一部が、今でも海の中を漂っているのだと。
五分間の星空、五分間のコンサート。観客は少ないが、その歌は確かに皆を魅了させていた――。
歌が終わると、三人は拍手を始めた。
「どうだ」
「良い歌ね、保存できるのならまだまだリピートしたいわ」
「すごいなヒメ、俺にはできないよ」
「よ! 流石ヒメっち!」
みんなからの感想に、ヒメは頬を赤らめて微笑む。
「えへへ、ありがとう」
たった五分間のためにセットされた、大掛かりなステージ。しかし、そのコンサートは確かに三人、いや四人の心の中に残り続ける。
「いいな、私もそんな風に歌いたい」
「歌えるよ、サシダなら」
「でも、長らくうたなんて歌ってないよ」
「だから歌おう」
「え?」
「私が教えてやる。二人も付き合ってくれるよな?」
ヒメの問いかけに、二人も親指を立てたりして答える。
「サシダ、私もクジラさんから歌を教わった。今度は、私がサシダに歌を教える番だ」
「……嬉しいな」
「私の歌を、サシダの歌を――誰かに聴かせてやってほしい――」
書後き
どうも、やーだるまです。
最近、新人作家へのアドバイスみたいな投稿が増えましたよね。みんなそれぞれ違ったり、書籍化してるしてないでも語る内容が違ったりしていて面白いですよね。
私は書籍化すらできてないので頂きたいところですが、下手に頂いても筆を折りそうとか思ったり、かといってないはないでこれでいいのか心配になったり。
私の作品は誰かの楽しみになっているのか、誰かの人生を豊かにできているのか。未だ声の届いていない現状では、自分を信じろとしか言えないですよね。
完結後には感想がいくつも……! なんて夢を想像しながら、本当にそうなればいいなと思った次第でした。では、また次回お会いしましょう!




