貴重な幼少姿をみせてくれてありがとう!
これは夢なのだろうか
ルカの屋敷で休日にお茶会をしていた内にうとうとしていたことまでは覚えている。
メアリがぼんやりとした頭で気が付くと、周りは外で、先ほどとは全く違う場所である。
目の前の自分の手は小さく、白磁のティーカップを持っており、琥珀色に淹れられたダージリンは芳香な香りを漂わせている。
周りを見渡すと既視感がある。
身に着けているレースで縁どられたすみれ色のこのドレスはたしか九歳の時にお気に入りのドレスだった気がする。
周りを見渡すと、庭園は花盛りで薔薇の繊細な香りが辺りを華やかに演出している。
庭園でのお茶会だ。
おそらく九歳の時にあった交流会のひとつだろう。
隣には幼い姿の友人モニカ・クレイルが座っている。
「このタルト桃が入っていてすごくおいしいのよ」
モニカの勧めでタルトを手に取ると瑞々しい果物に、甘いゼリーの照りがキラキラと輝いている。さくっとバターをふんだんに使ったタルト生地にはコクがあり、上に乗った旬の桃との相性がすごく良い。
ふと視線をあげると離れたテーブルに見覚えのあるふわふわの金髪が目に入り息をのんだ。
遠目だがちらりと見えたあの横顔はルカ・ハニエルだ。
(え!天使……!)
可愛すぎる!
幼いルカは、学園で騒がれていたときよりもずっとずっと天使である。
幼い甘い顔立ちに碧色のくりくりとした瞳、ほんのり色づいた頬、柔らかなくるりとくせのある金髪、もふもふとシュークリームを口にほおばっている姿は小動物のようでもある。
当然周囲の令嬢もほうっておかず、ルカの周りは話しかけてくる令嬢で騒然としているが、渦中のルカは涼しい顔で無視を決めこんでいる。
あの冷たさは初対面のときを思い起こさせる。
しばらくして周囲の喧騒に耐えかねたのか、ルカはふらりと席を立つと、お手洗いの標識のある方に向かって歩いて行った。
メアリにはお手洗いに行くふりをして庭園の中でバックレるつもりなのだろうと容易に想像がついた。
だてに一か月近く付き合ってるわけではないのだ。
桃のタルトを大急ぎで口に詰め込むとメアリはモニカに一言告げルカの向かうであろう庭園の場所に向かった。
ルカはこういった座ったままのお茶会はどちらかというと苦手としていて、一緒に行くと決まって庭園に誘われていたのだ。
大体は一見して見つからないような、順路と離れたこじんまりとした東屋で過ごすことが多い。
ルカの後を追いかけた令嬢も何人かいたが、みんな姿を見失ったと残念そうに肩を落として引き返してきた。
そんな人波から離れ、庭園の端に向かって歩く。
だんだんと、ひとけがなくなる。
このお茶会は子供向けで堅苦しいものではないから多少席を空けていても咎められるものでもないだろう。
端の方まで手入れの行き届いた庭園はメアリの背の高さを超えるトピアリーで迷路のように入り組んでいる。
幼い令嬢は迷子になってもおかしくないのだが、メアリはこの庭園は前回も来たことがあり、足取りは迷いがなかった。
ふいに開けた場所にさしかかる。
小さな東屋は開いた鳥かごのように釣り鐘型になっていて、開放的な造りが風通しをよくしており、春先の昼寝場所にはうってつけに見える。
東屋の中のベンチには仰向けに横たわり、目を閉じている幼いルカの姿があった。
片手で枕のように頭を支え、足元は無造作に投げ出されている。
昼下がりの日差しを受けて金の髪は煌めき、長いまつげは伏せられ、思わずメアリはほうとため息をついた。
メアリが初めてルカと出会ったのは学園で十六歳のときだった。
その時には美しい青年だったのだが、初めて間近で見る少年のルカも本当に同じ人間なのかと疑わしいくらいには美しい。
起こさないように足音を抑えて近づき、その顔元を遠慮がちにのぞき込む。
夢なのならば話しかけたいところだが、肌に感じる風といい、日差しの暖かさといい、まるで現実のようだ。
初対面であるはずの少年に寝ているところを起こしてまで話しかけるのはためらわれる。
ぱちり
その双眸が開き、煌めく湖のような碧の瞳と目が合う。
しかしその顔は訝しげに眉を寄せ、起き上がる様子は警戒をにじませている。
「何?」
冷たい声音は記憶よりも高く、声変わりしていない少年の声だ。
思わずメアリは自分の胸をおさえる。
(か……可愛い!)
いつもいつも笑顔で甘い言葉を囁き主導権を握ってばかりのルカが、威嚇した子猫のような態度でこちらを見ている。
(なんということだろう!)
メアリがあまりの感動に口をはくはくさせて二の句を告げられずにいると、ルカはそれを見てふと口元を歪めた。
その目には侮蔑の色が差す。
「おおかた、親に言いつけられて抜け駆けでもしにきたんだろうが、無駄なことだな。お前のような浅ましい女は腐るほど見てきたんだ」
抜き身の刃のように鋭く、吐き出された言葉はメアリを明確に攻撃していた。
初めて出会ったとき以上に冷たい目は見た者を氷漬けにできるほどに冷え冷えとしている。
メアリはこれは夢だと心のどこかで思っていたので恋人の心無い言葉にもさして傷つかなかった。
(むしろ貴重な幼少姿をみせてくれてありがとう!)
口元をゆるめてルカを見つめるメアリにルカは怪訝な顔を向ける。
その表情からはものすごく嫌そうなのがありありと見てとれる。
「……君がどかないなら僕が移動しよう。それでもついてくるようならこちらも訴えるからそのつもりでね」
立ち上がりメアリの横をすれ違い際に睨みを利かせふいと顔を背ける。
そのまますたすたと立ち去っていく態度はまぎれもなく出会った当初のルカの姿だ。
(やっぱりかなり嫌われてるのね)
素直になれなかったと言っていたのはどの口だろうか。
どう見てもこの彼がいずれ私を好きになるとはまったく思えない。
ルカの後ろ姿はトピアリーの迷路に消え、取り残されたメアリは素直にお茶会に戻ったのだった。