この少年はルカ・ハニエルだ
(夢が覚めない……)
朝、起きてメアリはベッドの上で唸った。目が覚めても依然幼いままだ。
夢の中で寝て、夢の中で朝目が覚めるとか意味が分からないし、お腹はすくし、ご飯もおいしい。
(もしかして今こそが現実で、青年のルカと過ごした日々が夢だったのだろうか)
記憶の中の人生をなぞるように日々を過ごし、二度目の人生といっても差し支えないほどの既視感に気が狂いそうだ。
あのお茶会から何事もなくもう一年近くになる。
ルカとはあれから会っていないし、出会うはずもない。
「メアリ様、支度しましょうね」
侍女のサラがメアリの髪を結う。
今日のメアリの服装は街歩きに適したシンプルな綿素材のワンピースだ。
藍の植物染めは独特の味を出しており、手織りの温かみがある。
髪型は編み込みの入ったハーフアップにして結び目に白いレースのスカーフをリボンにして結んでいる。
手に持つバスケットは街にも持っていける洗練された型で、中にはハンカチとボトルに入ったハーブティーに、軽食の卵サンドが包んだものが入っている。
今日は父方の祖母の家に遊びに行くのだ。
ジェーン子爵家の家紋のついた馬車に乗り込み、揺れに身を任せながら、外の景色を眺め思いを馳せる。
街の入り組んだ通りに差し掛かると、メアリは祖母の好きな洋菓子店の看板を見つけ御者に声を掛けた。
手土産にそこの人気商品のバタークッキーを買っていこうと思いついたのだ。
洋菓子店の通りは車の通りが多く、路傍に止めることができなかったため、少し離れたところにある専用の駐車施設に馬車を止め、メアリは侍女と馬車を降りた。
店内はバターと砂糖の焦げるいい香りがして、身動きができないほどの人で溢れている。
店内で長い列にもまれていると、窓の外の空の雲行きが怪しくなっていく。
次第に厚くなった雨雲はぽつぽつと細い雨を降らせる。
購入したクッキーの紙袋を持った侍女とメアリは、店の木の扉を出て外の雨に傘をさした。
雨の匂いとクッキーの甘い香りが混ざり、メアリの脳裏に過去の情景が鮮やかに浮かび上がった。
――雨に濡れた金髪に鋭い碧の瞳、ほっておいてくれと突き出された腕――
ぴたりと歩いていたメアリの足が止まる。横を歩いていた侍女が不思議そうにメアリの顔を覗き込んだ。
「あ……」
(そうだ。すっかり忘れていた。この先の通りを黒猫が横切って……)
にゃー
赤いリボンを首に巻いた可愛らしい黒猫が目の前を横切って細い路地に入っていく。
「メアリ様?」
メアリが黒猫の後を追って駆けていくのに驚いて侍女があわてて後を追いかける。
――細い路地の先、立ち並ぶ住宅の細い階段の下――
路地裏の階段下、そこに小さく膝を抱え、顔を伏せた金髪の少年の姿を見てメアリは息をとめた。
(そうだったのか。全然気が付かなかった!)
目の前で蹲っているこの少年は、ルカ・ハニエルだ。




