夢はまだまだ続く
黒騎士団の鎮圧から数時間、辺りはすっかり明るくなっていた。
発生していた火災は消火され、負傷者の搬送もあらかた終わり、避難していた住民も我が家へと帰って行った。朝の訪れと共に、街はなんとか静穏を取り戻したようだった。
ギルドが攻撃範囲から外れていたのは幸いだった。私たちはギルドの食堂で軽い朝食を摂りつつ、激戦の疲れを癒していた。
「あの黒騎士たち、壊すのはもったいなかったかもしれませんね。王国軍にでも売れば相当な金額になったかもです」
ノルルは惜しそうに顔を竦めながら、食後のイチゴタルトを頬張る。
「無理無理。特定の人物の命令しか聞かない兵器なんて、軍が買うわけないわ。むしろ危険人物としてクロエが拘束されちゃうわよ」
アトラは飲んでいたオレンジジュースのコップをテーブルに置く。
「それはそうと、サキにトドメを刺さなくてよかったわけ? 殺しても誰も文句言わないわよ」
アトラが言うように、私たちはサキの命を奪っていない。引っ叩いたあと、彼女を衛兵に引き渡したのだ。
「どんな悪人でも、人は殺さないのが私たちパーティーのやり方でしょ。彼女を裁くのはこの国の司法に委ねるわ」
「そうですね。彼女がホワイトゲート監獄で更生することを願いましょう。袖触れ合うもなんとやらですし、ノルティスの教えを説いた教本でも差し入れてあげましょうかね」
ホワイトゲート監獄。ラバマの遥か北東にある、ヨーク地域に位置する犯罪者収容施設だ。ウェアウルフ、吸血鬼、ダークエルフといった、人と似た異形を収監する施設で、魔女であるサキもそこに収容されるそうだ。
「待たせたな」
ラデルが戻ってきた。彼は依頼を確認しに席を立っていたのだ。
「どうだった。こんな緊急時でも依頼ってくるの?」
「当然だ。こんなときだからこそ依頼がくるんじゃないか。緊急事態こそ俺たち冒険者の出番さ。掲示板は依頼書で埋め尽くされてたぜ。実は独断で一つ受注してきた」
ラデルは私たちに見えるよう、依頼書をテーブルに置く。
『アースベア伐採地のコボルト討伐』
「近い山にある伐採地なんだが、数日前にコボルトの群れが襲撃し、そのまま住処にしてしまったらしい。報酬が安いから誰も依頼を受けずにいたみたいだ」
「ほんとだ、二束三文じゃない。戦闘があるのにこれじゃ割に合わないわね。道具を消費したら赤字よ」
アトラは依頼書を読み、やれやれと両手を広げる。
「だが考えてみてくれ、黒騎士の攻撃で多くの建物が被害にあった。今街では木材が大量にいるはずだ。そこでここを占拠しているコボルトたちを退治すれば、材木の供給が確保できるだろ」
「つまり、遠回しな慈善事業というわけですね。さてどうしたものでしょう。冒険者はお金に厳しいものですからね」
ノルルは両手を組む。
「オーケー、私は乗ったわ。やりましょう」
「さすがはクロエだ。話しがわかる」
「当然よ。困っている人を見捨てないのが私のポリシーだもん」
私は椅子から立ち上がる。
「二人はどうする? なんなら待っててもらってもいいぞ」
「冗談じゃないわ。行くに決まってるでしょ。コボルトぐらい一瞬で片をつけてあげるわ」
「私たちはパーティーですからね。依頼に赴くときは全員一緒です」
そう言ってアトラとノルルも椅子から腰を上げる。
話しはまとまった。私たちはギルドを出て依頼人のところへ向かう。
お金のためじゃない、そこに困っている人がいるから手を差し伸べるだけだ。
なぜなら、私たちは冒険者なのだから。
※ ※ ※ ※ ※
私は静かに瞳を開く。
目覚めは今までにないくらい爽快で、胸の中は達成感に満たされていた。
右手に暖かい感覚を覚え、そちらに視線を移すと、ベッドに項垂れたまま寝息を立てている早瀬の姿があった。どうやら一晩中手を握っていてくれたらしい。
寝ているのをいいことに、私は彼の頭を優しく撫でた。
少しだけ魔が差し、そっと唇を近づけたとき、彼がモゾモゾと動き出してしまい、慌てて顔を離す。
「おっ、おはよう」
内心の動揺を押さえつつ、私はなにごともなかったように目覚めの挨拶をした。
それから二人で起床し、朝食を摂りながら夢世界での結果を報告する。
「作戦は上手く行ったわけだね。よかった」
「私たちの大勝利よ。サキのやつに正義の鉄槌を下してやったわ」
朝食のハムエッグがやたら美味しい。これが勝利の味というものだろうか。それとも、無意識に抱えていた罪悪感が解消されたおかげか。とにかく心地のよい朝だ。
「指輪がなくなっちゃったのは残念だな。あれがあれば夢世界から解放されたのに」
魔移の指輪は消えてしまった。サキの足指から外すと、塵となり風に舞ってしまったのだ。使用は一回限りだったらしい。
「他の方法を探すわ。世界は広いんだし、冒険を続けていればなにか見つかるでしょ」
夢世界は広大だ。私が訪れたのはほんの一握りで、あの世界の大地は遥か彼方まで続いている。探せば必ず別の手段が見つかるはずだ。
それに実のところ、余り『残念』とは思っていなかったりする。
「これからも手伝ってくれるんでしょ」
「君が望む限り手伝うよ」
なぜなら私には早瀬がついている。彼が一緒なら、あの世界を完全攻略するのも夢ではない気がする。彼とは長いつき合いになりそうだ。
朝食を終え、支度をすませ、私たちは並んで登校する。
ちゃっかり互いに腕なんか絡ませながら。