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異世界転生は夢の中で  作者: 実乃里
第四章 過去との決着
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過去の落とし前

 ひたすら迷ったすえ出した結論は、事態を静観するという選択だった。

 実際どうしようもないのだ。力で黒騎士に勝つことはできない。援軍に行ったところで、なにができるだろうか。

 ラバマの街は陥落するだろう。駐屯地にいる全兵力を投入したところで、やつらに対抗できるとは思えない。明け方には、目的を達成したサキの高笑いがラバマに響くはずだ。

 それは同時に、サキの命運が尽きることを意味する。

 ラバマのような大都市へのテロ行為を働いたなら、間違いなく王国軍が派遣されてくる。黒騎士たちがいくら強かろうと、国家を相手に勝つことはできない。なにせ命令を出しているサキ自身は生身なのだ。大部隊に囲まれでもすれば、いつか限界がくる。

 サキはもう終わりだ。私がやつらと戦う必要性はない。今できるベストな選択は、安全な場所で事態の終息を見守ることだ。

 心残りはラデルたちだ。無事に帰ってきてくれればそれに越したことはないのだけど、難しい気がする。彼らだけではない。宿屋で世話になったパメラや、リサさんを始めとしたギルドの人々。無事でいてほしい人はたくさんいる。


(所詮は夢の中のことじゃないのよ。指輪を使えばあちらとは完全に縁を切るのだから、気にする必要なんてないわ)


 現実に戻ってきた私は、自分にそう言い聞かせながらベッドから出る。

 ノートに記録を取ったのち、パジャマから制服に着替える。朝食をさっさとすませ、顔を洗い、バッグを持ったところでハタと気づく。

 今までは早瀬に相談するために早く登校していたのだけど、彼との協力を解消した今、その必要はないのだ。

 家の中でボーっとしているうち従来の登校時刻を回り、今までにない億劫さを抱えつつ学校へ向かう。

 学校生活は気が重くて仕方がなかった。体は鉛のように重く、気分は泥沼のように黒く沈み切っていた。理由は単純で、早瀬と疎遠になってしまったからだ。

 また軽蔑の視線を向けられるかと思うと、顔を合わせるのが怖くて仕方なかった。自然と必要以上に距離を置いてしまう。

 彼の方から話しかけてくる素振りもなく、失望されてしまったのは間違いないだろう。

そんなわけで、私は今までの人生でもっとも落ち込んだ状態にあった。

 友人たちへは夏バテということにしておいたけれど、美香だけは私の嘘を看破してきた。


「早瀬と喧嘩したんでしょ」


 彼女にはすっかり見透かされていた。


「喧嘩じゃないわよ。ただ私が遠ざけたのよ……」

「はぁ? 自分で遠ざけて落ち込んでんの? ぜんぜん意味わかんないんだけど。説明してよ」


 私はやむなく美香に事情を打ち明ける。


「そうね、イジメはよくないわね。早瀬が引くのもわかるってもんよ」


 大方の予想どおり、美香の感想は芳しいものではなかった。当然だ。イジメの首謀者を快く思う人は極少数だろう。


「私のこと見損なった?」

「うん、見損なった」


 美香は容赦なく言い切り、私を更にヘコませる。


「ただし見損なったのは、今の黒江でなく、中学時代の黒江よ。少なくとも今のあんたはそれを悔いているわけでしょ。なら救いはあるって」


 そう言って美香は私の肩に手を置く。


「落とし前つければいいのよ。白河桐花に謝っちゃいなさい。そうすれば早瀬と合わせる顔くらいはできるでしょ」


 白河桐花への謝罪。それは私にとって、かなり怖い行為だ。どうしても消極的にならざるおえない。


「早瀬のこと好きなんでしょ」


 美香のその一言が、二の足を踏んでいた私の背を押した。


「白河桐花、私を許してくれるかな……?」

「そればっかりはさすがにわかんないわね。仮に許してくれなくても、それはそれでよしなんじゃない。これは許されるためじゃなく、あんたが前に進むためなんだから」


『前に進むため』。その言葉を胸に、私は放課後に白河桐花へと声をかけ、人気のない学校の裏へと一緒に赴く。


「こういうところ苦手なんだよね。……あんまいい思い出ないんだ」


 彼女は笑いながら話すも、私には冷や汗ものだ。苦手になった原因を作ったのは私なのだから。彼女は中学時代、ずっと今の私のような気持ちでいたのだろうか。そう考えるとズキズキと良心が痛んだ。


「でっ、話しというのはなに?」


 彼女は無邪気に尋ねてくる。


「あなたに謝らなきゃいけないことがあるの……」


「えっ?」と首を傾げる白河桐花に、私は中学時代の悪行を打ち明けた。

 見る見る彼女の表情に険が差すのがわかった。お人好しそうだった瞳が細まり、奥歯を噛み、腰の脇で両手の拳を握る。


「私がどんな気持ちだったかわかる! 毎日が地獄だったのよ!」


 それは初めて目にする彼女の怒りだった。


「反省してる。このとおりよ!」


 私はその場に跪き、地面に額がつくくらい深々と頭を下げた。


「土下座したって許せないわ」


 甘かった。彼女なら二つ返事で許してくれる。そんな淡い期待をどこかで抱いていた。


「返してよ。私の中学での二年間……」


 白河桐花はボロボロ涙を零し始める。

 返すことなどできるわけがなく、私はただ頭を下げ続けるしかなかった。

 思いつく限りの謝罪の言葉を並べ、ただひたすら彼女の許しを請うた。


「どんなに謝っても、あなたを許すことはできません。あなたはそれだけのことをした……」


 覚悟していたものの、辛いものがある。とはいえそれが彼女の意向なら、結果を真摯に受け止めなくてはならない。

 全てを飲み込むように、私はコクリと頷いた。


「私はあなたのしたことを許す気はありません。中学時代のことについては一生恨み続けます。ですが、私が恨むのはあくまで過去のあなたです。今のあなたではありません。謝罪したということは、自分の行為を悔いているということでしょう。それなら過去は別として、新たに良好な関係を築くことはできると思います」


 私は、ハッと白河桐花を見上げる。


「ただ一つだけ約束してください。もし当時の私と同じ境遇にある人、理不尽な暴力に遭っている人を見かけたら、必ず手を差し伸べてください。そしてできる限りの力で助けてあげてください。それがあなたと信頼を築く条件です」


 そう言って彼女は、頬を濡らしていた涙を拭う。


「ありがとう」


 私もポロポロと涙を零しながら、もう一度深く頭を下げた。

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