最終決戦に向けて
白河桐花への謝罪を終えると、驚くほど体が軽くなった。
重しが下りたというか、喉に引っかかっていたものが取れたというか、纏わりついていた黒いものが消えたというか、とにかく楽になった。
精神的なシコリが取れ、晴れ晴れした心で校舎を出ると、校門である人物とバッタリ出会う。
「よくがんばったね、黒江さん」
早瀬だ。彼は校門横の支柱に寄りかかり、こちらに手を振るう。どうも『バッタリ』というわけではないようだ。
私は早瀬と公園に入る。奇しくもこの公園は初めて早瀬に相談した公園だ。
「過去にケジメつけたよ」
「うん、さっき白河さんから電話があった」
早瀬はスマホを手の中で遊ばせる。
「ひょっとして、グルだったわけ?」
「ちょっと違う。もし黒江さんが自分のところにきたら連絡をくれるよう、彼女に頼んでおいただけさ」
どうやら、彼は本気で私を軽蔑したわけではないようだ。
「夢世界の発生には、黒江さんの過去を悔やむ気持ちが関係していると思ってね。過去を精算さえすれば現象も収まると考えたんだ」
嫌うような態度を取ったのは、私の自発的な行動を促すためで、本心ではなかったらしい。
「それに、黒江さん自身が過去と決着をつけたがっていた素振りだったしね」
全ては私が過去と向き合うため。まったく憎らしいことをしてくれる。
「今夜どうなるかだね。もしかすると夢世界に行かなくてもすむかもよ」
「そんなに甘いものじゃないわよ。多分、夢世界との縁は切れてないわ。それに、今切れられると困るのよ。あっちでまだやり残したことがあるから」
私は早瀬に昨日と今日の状況を説明する。
「そんな、ラバマの街が……なんてことだ」
「一刻の猶予もないわ。すぐに私も向かうつもりよ」
「その前に一つ提案だ。君には危険を冒してまでラバマの街を救う義務はない。スルーするというのはどうだい?」
「ダメよ。白河さんと約束したの。理不尽な暴力に晒されている人を見捨てない、って……。それにサキは私の化身よ。あの女を止める責任がある」
「わかった。その方向で作戦を練ろう」
そう言って早瀬はバッグから異世界日誌を取り出す。
「その前に場所を変えましょう。ここじゃなんだし」
「じゃあ、いつもどおり僕の家に行こう。ただお菓子の備蓄が足りなかったから、途中でコンビニに寄る必要があるかな」
早瀬はバッグを持ち、ブランコから立つ。
「それなんだけど……、もし……よかったら。……私の家にこない?」
モジモジ体を揺らしながら、思い切って切り出す。
「前にも行ったかもだけど、今、私の両親は家にいないのよ。それで……今晩うちに泊まってくれない」
ついに言ってしまった。カァーと顔が熱くなるのを感じた。
衝撃的だったようで、早瀬は口を開けたままフリーズしている。
「いえ、是非とも泊まってちょうだい。だって私これから黒騎士たちと真っ向勝負するのよ。一人だと怖いもの……」
ガラにもなく、少し甘えた口調を使ってみたりする。
「そうじゃなくて、だってほら、それって色々とまずくない」
「私が許すんだから構わないわ。というわけで決定ね。行きましょ」
閉口している早瀬の手を引っ張り、無理やり公園を出る。こういうのは勢いが全てだ。
とはいえ、さすがにこのまま直行はできない。一拍となるとそれなりの準備が必要だ。というわけで公園を出たところで一旦早瀬と別れ、私は一人で帰宅した。
それから小一時間ほどが経ち、早瀬が我が家へと姿を見せる。私服姿で、脇には大きなトートバッグを下げ、宿泊の準備は万端のようだ。
「さあ遠慮せず上がってちょうだい」
早瀬を家に上げ、リビングに通す。
相当緊張しているのか、廊下を歩く彼は、手と足を同時に前に出している。
「なに堅くなってんのよ。両親はいないんだから普通どおりにしてればいいじゃん」
「無茶言わないでよ。女の子の家に招待されるなんて経験は初めてなんだから。おまけに泊まりときたものだ。緊張する権利くらいはあるよ」
気取った態度も、上擦った声のせいで台無しだ。
でもドキドキされるのは悪い気はしない。それだけこちらを意識してくれているということで、女子冥利に尽きるというものだ。
早瀬をそのままリビングに待たせ、私は夕飯の準備に取りかかった。
ニンニク、ニンジン、玉ねぎ、生米をフライパンで炒め、更に調味料と水を加えてひたすら煮込む。水分が飛んだ後、チーズを溶かして完成だ。
「チーズリゾットに似ているけど、ちょっと違うね。なんて料理?」
「『ソイレント』っていう、ラバマ地方の郷土料理よ。以前お世話になっていたパメラの宿でよく出されていたの。料理の手伝いをしたことあるから、作り方を覚えちゃった」
多少の違いはあれど、夢世界の食材は現実と被っている。再現はそれほど難しくない。
「うん、美味しいよ。味つけもバッチリだ」
「当然よ。私が作ったんだし」
褒められ気分よく食事を終え、同じテーブルで作戦会議に移る。
いつものようにノートを広げ、現状の確認とこれからのことについて話し会う。
会議自体はすぐに終了した。私が夕飯を作っているとき、早瀬は既に策を用意していた。やるべきことは単純だった。
「黒騎士たちはスルーで、サキ本人を狙う。これ以上の策はないわね」
「指輪が全ての鍵だ。街を救うにはこれしか方法はない」
「……やるしかないか。あとは出たとこ勝負ね」
一か八かの賭けだ。もし当てが外れたらそこで終わりだ。
そのときはそのとき、と開きなおり、私は早瀬を自室に通す。
漫画を読んだり、アニメのDVDを鑑賞したり、動画サイトを眺めたり、寝るまでの間をワイワイ楽しくすごす。
けして遊んでいるわけではない。これは大切な行いなのだ。決戦を前に、少しでもクロエの能力を底上げしなくてはならない。もう一度言うけれど、けして遊んでいるわけではない。けして……。
そうこうしているうち時計の針も進み、私たちはパジャマに着替える。
残念ながら私のベッドは一人用だ。早瀬は床に敷いた客用の布団に寝てもらうことにした。
「じゃあ、行ってくる」
「武運を祈っているよ」
就寝の挨拶とは思えない言葉を交わし、私はベッドに入る。
スタンドの灯りを消すも、早瀬は私のベッド脇にしゃがんだままで、布団に入る素振りはない。
「見送りくらいさせてよ。君が寝ついたら僕も布団に入るよ」
なかなか粋なことをしてくれる。
「じゃあ、手握っててもらっていい?」
早瀬は頷き、私の右手をソッと握り締める。
今までにないくらい幸せな心地で瞼を瞑っていると、目の前が白んできた。
私は夢世界へと降りる。過去の自分と決着をつけるために。




