第66話:再生のカウントダウン(その4)
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8月5日午後1時10分、DJイナズマの準備も完了し、ARリズムゲームを再起動、配信システム等にも異常がないか再チェックを始めた。
「皆様、大変ながら食お待たせしました。ただいまより、ミュージックオブラインのトライアルを行います」
イナズマの宣言で、遂に幕を開けたのは――トライアルと言う名の大規模作戦だったのである。
今回の計画は山口飛龍が本当にトップランカーにふさわしい人物なのか――という疑問から出てきた物だが、今となってはきっかけはどうでもよくなっていた。
今はコンテンツ流通に最大の障壁になるであろう【ある規制法案】の見直しをさせる為、純粋にゲームをプレイする事で楽しさ等を訴えようと考えるようになっている。
その法案が出来るきっかけとなったのは、間違いなく超有名アイドルの芸能事務所が考えている計画の一つ【神化計画】を実現させる為と言われているのだが――。
しかし、この記述自体が炎上狙いのアフィリエイト系まとめにしか書かれておらず、ソース不明と言う事で信用されていないのがネット上の認識だ。
ゲームのタイトル画面から、モード選択画面へ移行し、そこにはスタンダード、段位認定、フリーモードの3つが表示されていた。
そして、イナズマが選んだのは段位認定である。しかも、迷いなく選択をしている事から、これが狙いと思われる。
【段位認定】
段位モード自体は色々な音楽ゲームにも名前を変えて実装されており、一種の目標として利用されている。
今回の段位認定では、10級~1級、初段~十段、皆伝というクラス区分がされていた。
このクラス区分自体は、若干簡素化されて別のゲームでも使われており、この区分が一種のスタンダードなのだろう。
「本来、自分が挑戦する段位とは違いますが、比較材料と言う意味でも、まず最初にお見せするのは――」
イナズマが選択した段位、それは1級である。いきなり皆伝や十段と言うのも無謀な話だが、音ゲーを知らない人物にとっては、そうした感情も持たないのは明白だ。
その為、イナズマは分かりやすい比較材料を提供する為、あえて1級を選択したのである。
「最初は級の最上位、1級からです。このクラスでも、クリア者はプレイヤーの7割――段位をプレイしている合計を踏まえて、ですが」
段位挑戦者の7割がクリアしている1級、その表現でも音ゲーを知らない人物にとっては疑問を持つ。知らないジャンルで専門用語が飛び交う場所に立っているのと同じである。
1曲目にクラシックアレンジ、2曲目は和風トランス、3曲目はアニメポップ、4曲目はレジスタンスというジャンルが表示されている。
「クラシックアレンジ、まさかの木星か?」
「木星は初段じゃなかったか?」
「木星に関しては最新版では1級で問題ない。初段なのは、段位認定システムが出来てからの話だ」
1曲目のクラシックアレンジというジャンル名を見て、一部のギャラリーは木星のアレンジ曲だと察した。
どの木星なのかは分からないが、おそらくは有名な木星アレンジと言う可能性もある。
「木星リミックスは、この当時には収録されていません。違うクラシックアレンジ――最新版では三段に別難易度譜面がある、あの曲です」
イナズマの話を聞き、周囲が急にざわめき始めた。木星ではないとすると、彼がプレイしているのはいつのバージョンなのか――と。
1曲目にプレイしたクラシックアレンジ、それは周囲も聞き覚えのある物だった。それは、ミュージックオブスパーダにも収録されている【革命】。
「革命だと? フィギュアスケートでも聞く、あの曲か?」
「1曲目が革命アレンジと言う事は、4曲目に控えているレジスタンスの正体が――」
ギャラリーの一人は、イナズマが超絶技巧とも言えるような鍵盤捌きを披露しているのを見て驚いているのだが……それ以上に4曲目の存在におびえていた。
その後、2曲目、3曲目は順調にクリア、しかもフルコンボを決めている事にギャラリーが沸いた。
4曲目、レジスタンスの正体は――意外な作曲者名だった。そこに書かれていた名前、それは山口飛龍である。
「山口飛龍って、あのトップランカーか?」
「同姓同名の別人と言う可能性もある」
「これを見せる為に、あえて1級を選んだのか?」
周囲のギャラリーは驚くのだが、イナズマは真剣な表情でARバイザーに表示された画面と睨めっこをしており、説明どころではないようだ。
レジスタンス、それは過去に山口飛龍が同人アマチュア作曲家時代に作曲した物で、超有名アイドルの曲コンテストに参加する前の話――とされている。
しかし、この話題は本人も話したがらない為に真相は不明。事情を知っているであろう南雲蒼龍も沈黙をしている以上、何かを知っているのかもしれない。
【飛龍出撃】
曲タイトルは直球で飛龍出撃だが、譜面の方は初見キラーとも言うべき難所が多い。まるで、フルコンボをさせないような譜面構成である。
「今見ても、あの同時押しとか、ロングノートとか――繋げられる気配がない」
「譜面作成には山口本人が関与した訳ではない。あの譜面になった原因は、スタッフとの連係不足と聞く」
「だから、南雲蒼龍は真相を語らないのか」
周囲からは、そんな声が聞こえる。楽曲を聴いているのは、音ゲーに興味のない観客、本当にトップランカーの山口飛龍が作った曲なのか――と考えている人物だけだ。
曲はイントロから弾幕の嵐、更にはメインパートも何を表現しているのか一般人には理解しにくい箇所もあり、これが山口の曲なのか、と疑う余地もある。
しかし、この曲は明らかに一般的なJ-POP等の様な曲と違い、音ゲーマーや一部ファンに受け入れられれば良いと考えられるような部分も随所で見受けられた。
何故、このような曲を山口が作曲したのか――。今のイナズマならば、分かるかもしれなかった。
アカシックレコードは実在するかもしれない、その考えが生み出した曲――それが、飛龍出撃なのかもしれない。
そうでなければ、ここ最近のネット上でミュージックオブスパーダのプレイ動画で複数出回るようなことはあり得ないだろう。
余談だが、この曲がミュージックオブスパーダに収録されたのは8月1日。収録遅れや権利上の手続き不備ではなく、単純にサプライズ収録と運営は説明しているが……。
「やはり、彼はこの曲を作った段階ではアカシックレコードを信じていなかったのか」
曲をプレイし終わり、気が付くとイナズマは4曲ともフルコンボでクリアしていた。つまり、難関と言われた飛龍出撃もフルコンボを達成した事になる。
「そう言えば、この曲は稼働当時にフルコンボが出来なかったが――今になって達成するとは」
イナズマの方も肩の荷が下りたような表情で、ARバイザーを脱ぐ。そして、近くに置いていたタオルで汗を拭く。