第66話:再生のカウントダウン(その3)
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8月5日午前12時55分、谷塚の大規模ショップ内にあるフードコートで軽い食事を取っていたのは山口飛龍と信濃リンの2人である。
2人のテーブルの上には、ちくわ風チョコが特徴のパフェ、チョコ焼き、マルゲリータ風の焼きそば――どう考えても、お昼として食べるメニューではないと周囲のだれもが思う。
飲み物に関しては山口が普通のアイスコーヒーに対し、信濃はホットコーヒー。しかし、ホットコーヒーでも味としては銭湯で売っているようなコーヒー牛乳と似ている。ただし、入っているのは牛乳ではなくホイップクリームらしい。
「アキバガーディアンでも分裂騒動が?」
山口も、信濃の口調からは分裂騒動が起きていてもおかしくないと感じている。しかし、それに関しては信濃は否定した。
「ガーディアンでも派閥は存在するし、それらが全て一枚岩とも限らない。正義の味方が純粋に正義の為に戦うと言う時代とは、色々と違う物だ」
信濃はコーヒーを飲み干すと、早速おかわりを持ってくる。どうやら、このコーヒーは味が特殊だが飲み放題らしい。
「そう言えば――」
山口は以前に加賀ミヅキがバウンティハンターだった頃の話を思い出し、それを信濃に話す事にした。
「その昔、玩具で世界征服を考えるような科学者が登場するアニメやゲームが多数存在していた時代があった。芸能事務所が超有名アイドル商法で世界進出をしようと言う流れは、これと全く同じ――と加賀は言っていた」
それを聞いた信濃は妙な反応をする。まるで、何か不足しているピースがあったのでは……と言う表情だ。
「アカシックレコードの技術を軍事方面へ転用するという事は、今の例えと一致している。ドローン問題も、考えてみればアカシックレコードの軍事転用の下りと似ていたという事か」
信濃の話を聞き、山口はそう言えば……という表情をする。一昔に問題となった小型無人機であるドローン、この問題も考えてみるとARゲームが抱える一連の問題と類似する箇所はあったのだ。
「それらを踏まえれば、大淀や別勢力の動き、その他の案件も――?」
信濃は何かを話そうと考えたのだが、突如としてARガジェットからアラート音にも似たような着信が鳴る。
しかし、このアラート音は信濃の耳元にあるスピーカーからしか聞こえない為、山口や周囲の客には聞こえない。
【フリーフィールドで動きあり。旧システムの音楽ゲームを起動している可能性が高い】
ARガジェットを見ると、ショートメッセージが表示されていた。メッセージを送ったのはアキバガーディアンの偵察メンバーらしいが。
「ちょっと、行かなければいけない場所が出来たから――」
信濃は慌ててコーヒーを飲み、焼きそばの方はテイクアウトするようだ。山口は信濃の急用に関しては尋ねないが、怪しんでいるような視線を信濃に浴びせる。
「それと、いい事を教えてあげるわ。ミュージックオブスパーダのジャンル詐欺は、南雲単独による物ではない。それ以上は、公式サイト以外で調べるといいかもね」
信濃の去り際発言、それはミュージックオブスパーダが何故にハンティングゲームのシステムを用いているのか――という過去の疑問に対するヒントかもしれないと考えた。
しかし、南雲蒼龍単独ではないとなると、誰が仕掛けたのか。運営スタッフとの共同製作なのは公式サイトにも書かれているが、運営の方が提案したのだろうか?
「奏歌市は超有名アイドルとのコラボでなければ、基本的にはアダルトやグロ系以外を認めている。しかし、非バトル系ARゲームもある中、リズムゲームにバトル要素を入れた理由が――?」
そして、気が付くとARゲームの総合サイトをチェックしていた。そこには、確かにリズムゲームとバトル要素を含めた作品があったのである。そこからはじき出されるのは――。
同日午後1時、DJイナズマがフリーフィールドで起動したリズムゲーム、それは上から下にノーツが落ちてくるパターンの物だった。
「あのゲームって、ARゲームでもあったのか?」
「あのパターンのリズムゲームは亜種を含めて多数あるが、1社がメインで出していたという話もある」
「その辺りの事情は知らないが、ここ最近になってリズムゲームが大量に出てきたのと――」
周囲のギャラリーは準備が完了し、ARシステムで起動したゲームに驚いていた。知っている人は懐かしさに涙する者もいるが、知らない人にとっては何の事なのか分からない。
フリーフィールドの様子は他のフリーフィールドにあるモニターエリアで視聴する事も可能であり、その規模は日本全国に及ぶ。
「このゲームは――あのARゲームか?」
「南雲蒼龍がリスペクトした音楽ゲーム、あれのオリジナルをプレイしようと言う人物が現れるとは」
「もしかすると、皆伝にでも挑戦するのか?」
他のエリアで視聴しているギャラリーの方が、会場直接組よりも盛り上がっており、温度差は非常に高い。
「こちらが会場へ行きたい位だ」
「何だか悔しい」
「会場は埼玉県か? 今から行けば、間に合うか?」
中には近場で観戦していた事もあり、直接向かおうと言う人物もいるようだ。
リズムゲームのデモムービーが流れている中、イナズマは微妙なガジェット調整を行っている。使用するのはリズムゲーム専用の10つの鍵盤と2つのターンテーブルというガジェット。
このガジェットは元々は5つの鍵盤と1つのターンテーブルで構成されたコントローラなのだが、それを2つ使うと言う事は――。
「ダブルでプレイする気か?」
「ゲーム画面の方もダブル仕様になっているようだ。もしかすると、神プレイが見られるかも」
「ダブル、神プレイ、皆伝――」
イナズマの準備光景を見て、物凄い物が見られるのでは……と考えているギャラリーもいたが、過剰な機体をすれば裏切られるのはARゲームではよくある事だ。
「メンテナンスに関して問題ない。これならば、あのコースにも挑めるか」
今度はバイザーの調整を初め、ブルーライト対策や途中で鍵盤が暴発しないように細かな調整を始める。
その様子は、まるでメンテがされていない事でスコアが出なかった――という言い訳が出来ないように自身を追い詰めているようでもあった。
「このコースはクリアした人物が1%にも満たないという。単純にクリア下だけであれば――チート勢に対しての警告にはインパクトが足りないか」
今回のコース挑戦に関して、イナズマはチートや外部ツールに依存して不正スコアを出し、それを自分のスコアとして自慢する勢力を減らす為にも、今回のコースに挑戦しようと考えた。
このコースに関しては、南雲蒼龍でさえもクリアは出来ず、有名な音ゲーランカーでもクリア出来たのは一握りだけと言う。