第62.6話:もう一つの戦い(中篇)
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8月3日、ミュージックオブスパーダでは特に大きなランキングイベントは行われていないが、8月1日から楽曲解禁イベントが行われている。
これは、該当楽曲をプレイする事で出現する大型ターゲットを撃破する事で該当の楽曲が解禁されると言う物。
別のゲームで例えると、レイドが一番分かりやすいだろうか。既に3曲が解禁済みとなり、残るは7曲。
「やっぱり、山口の姿が見えないと思ったが――」
楽曲解禁イベントで3曲を解禁した貢献者ベスト10の中には山口飛龍の名前はない。
「トップランカーになってから、姿を見たことはない。プレイを辞めてしまった訳ではないが、何かあるのか?」
「ログイン履歴では8月1日が最終ログイン日だった。引退と決めつけるのは早計だな」
「引退したプレイヤーであれば、ARガジェットの返還が必須だろう。他のARゲームでも使うのであれば、話は別だが」
「特に返却された話もつぶやき上にはない以上、引退と言うのはネット炎上勢がアフィリエイト狙いで拡散しているガセネタか」
「しかし、このペースで3曲解禁か――!?」
ゲーセンのセンターモニターに集まるギャラリーは山口が引退したのでは……と考えていた。しかし、そう決めるには絶対的な証拠がない。
その一方で、あるプレイヤーは解禁された3曲のタイトルを見て驚きの声を上げたのである。
「ちょっと待て。解禁された3曲のうち、1曲の作曲者って――」
ある男性ギャラリーが指差す曲、その作曲者は南雲蒼龍だった。偽名と言う訳ではなく、本物であることは間違いない。
「その曲は、間違いなく南雲だ。クラシックアレンジに、3倍アイスクリーム――分かりやすい典型例と言える」
ギャラリーの中に割って入った人物、それは私服姿の大淀はるかだった。彼女は引退をした訳ではなく、ミュージックオブスパーダからは若干離れている。
理由は別のARゲームのロケテストやパルクールの提督勢の様子を見る為でもある。
「そうだとして、運営も担当している南雲が作曲活動も出来るのか?」
別のギャラリーから飛び出した疑問、それも一理ある。ミュージックオブスパーダの開発には、かなりの時間を費やしたという話が存在し、南雲自身も調整に時間をかけたとロケテスト時に言及していた。
「別のゲームからの移植+新曲、それがミュージックオブスパーダの初期楽曲ラインナップだった。つまり、新規楽曲を作る余裕は若干あったという事か」
大淀の話を聞いても、納得するユーザーは少ない。確かに楽曲の制作には時間がかかるのだが、彼の場合は作曲作業も非常に早いという噂がある。
今回の楽曲追加は、それを物語ると言ってもいいだろう。ただし、それでも都市伝説の域は出ない。
「それにしても、南雲は良いとして――山口がミュージックオブスパーダを休む理由が見つからない。何を考えているのか」
この段階では大淀がSOFの情報を全く仕入れていない。つまり、山口がSOFの楽曲制作で休止している事実には気づいていなかったのである。