第62.5話:もう一つの戦い(前篇)
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8月2日午前10時、ネオARガジェットの話題とは程遠い位置に身を置いていた人物がいる。
「久々の大きなイベントか。南雲もエントリーをするという話もある以上、向こうは様子を見るしか――」
外出先のゲーセンでタブレット端末をチェックしていたのは、私服姿の山口飛龍だった。
普段であれば、背広姿で外出するケースが多いのだが、今回に限っては私服である。
《SOF2018開催》
サウンドオブファンタジア――通称SOF。同人音楽ゲーム【ファンタジア】において、オリジナル楽曲の頂点を決めると言うイベントであり、年に一度は開催されている。
それ以外にも小規模大会は行われているのだが、その中でもSOFは参加者が多いことでも有名だ。
優勝者には賞金は出ないものの、その楽曲がメジャーレーベルの耳に入れば、大手デビューの可能性もあり、ある意味でも登竜門と言われている。
南雲蒼龍も過去に楽曲をエントリーした事があり、それ以外でも後に大手音楽ゲームのコンポーザーになったり、アーケードゲームの音楽ゲームに収録された楽曲がSOF出身と言うケースも存在している。
山口も過去にSOFにエントリーした事もあるが、あと一歩の所で優勝を逃している。そんな状況下で、あの時のコンテストでグランプリに選ばれたのだ。
――考えてみれば、あのグランプリは一種の出来レース……別の人物が選ばれる予定だったというのは、南雲からも聞いていた。
山口はタブレット端末に楽曲のイメージメモをテキストファイルで打ち込みながら、考え事をしている。
「しかし、本来優勝になる予定の人物は盗作疑惑を疑われ、会場に姿を見せなかった。おそらくはゴーストライターを雇ったのが仇になったのだろう」
考え事をしつつも、テキストの方は順調に討ちこんでいる為、相当の集中力があるのだろうか。
「あの時の襲撃犯がアイドル信者だとすれば、つじつまは合うだろう。しかし、目的が『目立ちたいだけ』と言うのもふに落ちない」
その真相を確かめる為には、ミュージックオブスパーダをプレイし続ける必要性はある。しかし、今回のSOFはエントリー予定の人物を踏まえても外せない。
1時間後、SOFのエントリー予定の人物リストを見て驚いたのは、ミュージックオブスパーダの運営で作業を行っている南雲だった。
「なるほど。山口もエントリーするのか。しかし、SOFがプロのアーティストでも評価を得にくい環境なのは向こうもわかっているだろう」
そして、二足のわらじで優勝出来るかと言われると――難しい話だ。自分も似たような環境で楽曲を作った事があるのだが、その時は見事に玉砕した。
確かに仕事の合間、それも限られた時間内で楽曲を作ることは至難の技だろう。それでも優勝を勝ち取った人物も存在し、プロのアーティストにも打ち勝った人物を南雲は知っている。
「SOFは金の力で無双出来る程、簡単なフィールドではない。アガートラームのようなチートを無効化するシステムを使わなくても、あの業界に出入りする人物達は分かっているはず」
楽曲に関してはオリジナルオンリーだが、過去にファンタジアでリリースした楽曲出ない限りは、既存楽曲のアレンジでも問題はない。
一方で、権利者許可を事前に取っていないライセンス曲のアレンジ等、超有名アイドルの楽曲での参加は認められない。同人ゲームの楽曲アレンジでも問題はないのだが、その際は作曲者に事前許可を得る事が必須となる。
ここ最近では違法アップロードに関するCMが流れる位には、権利関係が厳しい状態となり、パロディだとしても事前に許可を取り、全てをクリアした状態でないと炎上は避けられない位。
その為か、SOFではオリジナル楽曲オンリーではないものの、創作楽曲で挑戦し、アーケードで稼働している音楽ゲームへの収録を狙っている――と言うのが現実と言う可能性がある。
しかし、それの何処までが事実なのかは不明であり、こうした記述でさえもネット炎上勢による偽装工作とみる動きはあるのかもしれない。
「ミュージックオブスパーダにSOFからの楽曲を入れる予定はないが、状況によっては――伝家の宝刀を使う時が来るか」
南雲の個人的な考えとしては、SOFの楽曲を収録すれば、他の音楽ゲームからミュージックオブスパーダに入ろうと言うプレイヤーにとっては不利が生じる。
一番懸念しているのは、プレイする前の入口部分のハードルを高くしないこと――。