第62話:アカシックガジェット
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8月1日午前10時、信濃リンは新ガジェットの試運転を兼ねてミュージックオブスパーダの設置されたゲーセンへ足を運んだ。
しかし、ミュージックオブスパーダの方はメンテ中と言う事でプレイは出来ない。厳密に言うと、オフラインではプレイ可能だが、その際はスコアの保存等が出来ない。
そうした事情もあって、ゲーム自体はデモ画面のままで開店休業状態になっているようだ。
一部のプレイヤーは店舗内でのプレイ動画を見ているが、これは店舗で保存していた物なので、オフラインでも視聴には問題ない。
「何があったのだろう」
信濃はインナースーツに着替えてからゲーセンへ向かっているので、着替え室がないここのゲーセンでも問題なくアーマー系ガジェットが使える。
しかし、オフラインではプレイする価値はないと言ってもいい。ガジェットの試運転であればオフラインの方が都合が良いのかもしれないのだが。
《午前8時の段階で外部の不正アクセスと思わしきデータのやり取りを確認し、緊急メンテナンスを行っています》
ホームページを見ると、アクセス過多でのメンテと言う訳ではないようだ。外部からの不正アクセスと言う事例はブラウザゲームでもあるが、ARゲームでは滅多に見ないケースだ。
こうした不正アクセスを行う人間がいる以上、ARゲームのシステムに一定の価値があると考えている勢力がいる証拠かもしれない。
一部ジャンルでは、ゲームのプレイ時間を大幅短縮する為に時短目的の外部ツール等を使用する例があるのだが――ARゲームでは、そうした時短系ツールは無意味と言っても過言ではないだろう。
「不正アクセス――また、アイドル投資家や超有名アイドル信者の仕業なのか」
信濃は、今回の不正アクセスをアイドル投資家や超有名アイドル信者等が犯人と考えていた。それには、ちゃんとした理由がある。
今から3年前、3台目のアカシックレコードが草加市内のビルで発見された。こちらも秋葉原等の事例同様、太陽光発電等で電力を確保しているタイプであった。
そのアカシックレコードは、数度にわたって不正アクセスの被害にあっていた。それも、相手は海外でも指折り数えるほどの有名ハッカーだった。
ところが、その有名ハッカーでもアカシックレコードのデータを読む事が出来ず、敗北宣言を出した事は海外ニュース等でも話題になっている。
それ程のセキュリティを誇るアカシックレコードでも、唐突に封印が破られたのは西暦2017年の事だった。
その時に起こったことと言えば、一部のARゲームで使用されているデータがハッキングによって抜き取られたという物。
しかし、その事件は表面化する前に超有名アイドル信者の仕業として処理された。実際はハッカーの自宅を調べた結果、超有名アイドルグッズやCDが発見され、そこからアイドル投資家と認識されたことだが。
結局、この人物は誤認逮捕と言う事で数日後に釈放されたのだが、そこで司法取引があったという話もある。真相は闇の中だが。
こうした過去の事例を当てはめると、ARゲームにおける不正アクセスは世界のハッカーさえも驚くようなやりかたで行われていると考えられる。
「今日は8月1日――水曜だったか」
信濃はカレンダーを唐突に調べ、曜日をチェックしていた。そして、その謎はあっさりと解ける。
「なるほど。超有名アイドルのCDにハッキングプログラムを仕込み、それがパソコンやARガジェットで再生されるとプログラムが走る仕組みか」
ハッキングプログラムは、この日に発売された超有名アイドルのCDに仕込まれていると信濃は結論を出す。それに類するつぶやきを探した結果、その予測は的中した。
【あの超有名アイドルのCDにハッキングプログラムが仕込まれていたらしい】
【CDにウイルスが仕込まれていて、回収騒動になったって――何十年前の話題だ?】
【ウイルスと言っても、特定のプログラムにしか反応しない物では、回収の判断も遅れるだろうな】
【特定のプログラムって何だ?】
【ソレは分からないが、ARゲームの一部で緊急メンテが行われているから、そこかもしれない】
さすがにミュージックオブスパーダとは書かれていないが、何となくそれと分かりそうなコメントも見受けられた。それを踏まえ、信濃はアンテナショップへ連絡しようとしたが――。
《現在、アンテナショップとの接続に関して緊急を要する用件以外は制限しています》
ARガジェットに特殊なメッセージが表示されたと思ったら、何と接続制限の警告文だった。これはただ事ではない。
同刻、大和杏は谷塚駅近くのアンテナショップに足を運んでいた。ニューガジェットの受け取りをする為だったのだが、思わぬ所で足止めを受けた格好である。
「ここは問題ないように見えるが、それ以外の――特にミュージックオブスパーダ関連は大変だな」
大和が受け取るガジェット、それは別のARゲームで使用される物だった。
あまりにも大型の為かミュージックオブスパーダを扱うショップでは受取不可の為、受け取り店舗を変えていたのである。
それが不幸中の幸いとなり、無事に受け取れる流れとなったのだが――。
「不正アクセスはARゲームでも何度かありますし、今回の件だけ取り上げられるのもおかしな話でしょう」
作業服姿の男性スタッフが大和に話しかけてきた。
それ以外にも作業員がフル動員されてコンテナからの組み立て作業に入っているのだが、アンテナショップ内には持ち込めない。
そう言った事情もある為、本来はARガジェットの整備専用の大型ガレージを3スペースほど使用しての組み立て作業に入っている。
この作業はコンテナが搬入された30分前から行っているのだが、作業完了率は70%程である。
その後にシステムのインストールもある為、昼過ぎに渡せるかどうかという瀬戸際だろうか。
「今回の件? ミュージックオブスパーダで他にも同じような不正アクセスがあったのか」
「ニュースで取り上げられるような物ではないですが、そう言った事例はありました。結局、100%不正アクセスがないシステムを作るのは不可能でしょう」
「結局、人が作った物である以上は100%を断言できないか。せめて、創造神が作ったシステム等であれば100%以上も可能だろうが――」
「アカシックレコードの技術も、元々は別世界の人間が生み出したという話です。あれを神の予言書と考えている信者の頭の中を見てみたいものですよ」
男性スタッフは大和と少し話をした後、ガジェットの組み立て作業の方へ合流する。サイズだけでも5メートル規模はあるだろうか。
「このガジェットを動かせるのは、レースゲーム系の音楽ゲームや一部ジャンルに限られるが――広いフィールドを売りにしている場所であれば、ミュージックオブスパーダでも使えるのは確認済だ」
男性スタッフの説明を受けた大和は、完成したボード型ガジェットに乗る。行きは自転車等ではなく徒歩なので、特に問題はないだろうが。
「これが、バイザーユニット――アカシックレコードの産物とも言える、アカシックバイザーか」
大和は既にインナースーツにARギアを装着した状態でバイザーの上に乗る。そして、ガジェットに表示されたシステムを起動させたと同時に、ボード型マシンは変形をし始めたのだ。
変形タイムは10秒弱。その間にボード型マシンは、巨大ロボットを連想させるようなデザインのパワードスーツへと変形、大和のARギアへと変わったのである。
その頃、同種類のアカシックバイザーは他のARゲームでも利用され始め、ロケテスト中のレースゲームでも使われる事になった。
しかし、それを妨害しようと会場に姿を見せたのはARガジェットを使用しないアイドル投資家。これには疑問を抱かざるを得ない。
「売れないコンテンツは悪である! 売れるコンテンツ、超有名アイドルこそが正義だ!」
時代遅れの様な正義を掲げるアイドル投資家、その手にはARガジェットではない拳銃が見えた。まさか――?
「お前達は、正義の意味を履き違えている。無差別の破壊行為やネット炎上、流血を伴う様な物を正義とは呼ばない」
そこに姿を見せたのは、ネオARガジェットとも言うべき新型ガジェットを装着した加賀ミヅキだった。どうやら、この状況にいてもたっても居られなかったらしい。
「アカシックレコードの描く世界、それは絶望だ! 超有名アイドルが全世界を支配し、アイドル信者以外は淘汰する――」
他にもアイドル信者がいるらしく、その人物も拳銃を持っていた。一部ではナイフを持っている人物も存在し、これ以上の状況悪化は大事件につながる。
遂にアイドル信者が襲いかかってくる頃、瞬時にして加賀は最初に襲撃してきたアイドル投資家を沈黙させた。しかも、ネオARガジェットを使わず、シールドビットで。
そのビットの動きは山口飛龍がトップランカーになった際に見せた、ゴッドランカーシステムを彷彿とさせる。ただし、加賀自身はゴッドランカーシステムを習得していない為、疑似再現だが。
「もう一度だけ言う。ただ『目立ちたい』等の私利私欲だけで振り回す力、人の命さえも消滅させるような力は――正義ではなく、ただの破壊行為だ」
無数いたと思われるアイドル信者も加賀は瞬時で無力化、残すはリーダー一人だけだった。しかし、リーダーが拳銃を発砲するような気配はなく。
「許してくれ! 俺は、大手芸能事務所に買収されただけに過ぎない。頼むから、命だけは――」
何と、向こうは謝罪の姿勢を見せたのである。土下座こそはしないが、平謝りをする姿を見て、加賀の方は同情する――そう向こうは考えていたようだ。
「命乞いか。その後に、私が背後を振り向いた時を狙い、隠したARガジェットで倒すつもりなのだろう。創作世界でも成功した事のない死亡フラグを堂々と行うとは――お前のレベルもたかが知れている」
次の瞬間、加賀はシールドビットではなく両肩のガトリングレールガンでアイドル投資家を蜂の巣にする。
しかし、あくまでもアイドル投資家は気絶するのみ。ARガジェットの攻撃力は極限まで落とされており、その一撃で命を落とすようなことはないというのはARゲームプレイヤー外でも常識だ。
「加賀ミヅキ、お前はARゲームに正義はない――そう考えたのか」
加賀が去ろうとした先にいた人物、それは鉄血のビスマルクだった。今回はインナースーツに重装甲アーマー、加賀と同じくネオARガジェットの試運転をするつもりだったのかもしれない。
「ARゲームは意識改革の時期に突入している。運営も、その辺りは分かっていてアイドル投資家を意図的に侵入させ、力で分からせる戦法をとっているのだろう」
「しかし、ミュージックオブスパーダや音楽ゲーム系、一部アクション系はその考えに同調出来ていないようだが」
「賛成意見の人物が100%になるとは思っていない。それはARゲームが稼働し始めた時にも分かっていたことだ。賛否両論があっても問題ないはずが、どうして議論さえも認めない世界になったのか」
「加賀、お前は何をしたかったのだ」
加賀がビスマルクの問いに答えることはなく、その場を去る。その目は悲しそうにも見えたのだが、バイザーの影響で表情の変化を確認する事は出来なかった。




