第55話:新たなるガジェット(前篇)
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7月25日、ランカー事変の一件がネット上で拡散し始め、超有名アイドルファンの締め出しという暴挙を行おうとしている勢力もいる頃――。
【今回の一件で一般人がARゲームにどのような印象を抱いているのかが分かった】
【結局、彼らはテレビゲームが出始めた頃の反応と同じだ。新しいジャンルが出て、古いジャンルが叩かれるのでは――と】
【そうした誤認識は、新ジャンルが出る度に繰り返された。中には流行し出す前に炎上させ、完全撤退させようとする動きもあったが】
【自分が気に入らないという理由だけで特定ジャンルを叩く――結局はランカー事変も同じような事になったか】
【しかし、あちらの場合は事情が違う。あまりにも人口が増えすぎた夢小説勢、アイドルの不祥事等で大きく変動するアイドル投資家、そうした勢力が暴走したのも理由の一つだ】
【特定ジャンルを打倒する事、それが正しいとは到底思えない。過去の超有名アイドル商法を巡る戦いで反省したのではないのか?】
【結局、そのコンテンツファンが新ジャンルの盛り上がりに対して負の感情を抱き、それが流血を伴う戦争へと発展させる】
【超有名アイドルファンが大量破壊兵器を持ちだすような極論も出るかもしれない】
【ソレは言いすぎだ。そんな事をすれば、アイドルファンに対する風当たりが悪くなる】
【しかし、特定アイドルの夢小説を書く勢力は――ありとあらゆる手段を使って、一部コンテンツ勢を潰そうとしている】
【それがフラッシュモブの一件だと言うのか】
つぶやきサイトは相変わらずだが、一部の発言に関しては削除されていて、上手くレスとして機能していないコメントも存在する。
7月26日、何時もの白衣ではなく普段着の大和杏は、草加市内のアンテナショップへ足を運んでいた。
「カスタムとかワンオフのガジェットは、メンテナンスが面倒と言うか」
大和の持つガジェット『アガートラーム』はワンオフというカテゴリーに該当する。基本的にワンオフはパーツも特注品である事が多い。
それに加え、新ガジェットの取り扱いを近日中に開始するという話もある。すぐに旧式のパーツ生産が終わる訳ではないのだが――。
「確かに、ワンオフガジェットの取り扱いは面倒ね」
大和の隣に姿を見せたのは、こちらも私服姿の大淀はるかだった。彼女の場合、ランカー事変は自分の起こした事件ではない為、特に行動制限がかかっている訳ではない。
「あなたは大淀ね。あの時の発言は、覚えているけど」
大和の言う発言とは、つぶやきサイトの一件ではなく……。
7月25日午後1時、コンビニでドーナツを購入後に大和は大淀に遭遇した。彼女は別のARガジェットを装備しており、そのジャンルは意外な事にTPSである。
「そのガジェットは――」
大和が見た事もない大淀のガジェットを見て驚いた。それはワンオフガジェットにも近いのだが、残念ながら市販品のカスタマイズ品だ。
「あなたは確か、アガートラームの使い手ね」
大淀が大和にすれ違う事は何度もあったのだが、おそらくは今回が初のリアル遭遇になる。
「だったら、私を狩るつもりなの?」
「あなたをARゲーム以外で倒しても、おそらくは意味をなさない」
「ARゲームで? 一体、どういう事なの?」
「そのままの意味よ。ARゲーム以外で騒動を起こせば、ARガジェットを没収されかねない」
「山口の一件もあってか、リアル襲撃はライセンスはく奪だけではなく、下手をすれば警察に逮捕される」
「おかげで、痴漢とかひったくり等も草加市内では大幅に減少し、覚せい剤等の裏取引も減った」
大和は何気ない会話の中で、大淀がさらりと信じがたい事を言ったような気がした。
「だから、足立区内の方でそうした犯罪が増え始め、更にARゲームを応用したシステムで特殊警察を組むようになった――と」
そして、大和はある話題を振る。これには大淀は反応をせず、周囲を見回す程度のしぐさをしているが。
「結局はアカシックレコードのWeb小説と同じような展開をたどり、見えないギャラリーの反応におびえる。それが、現状の……」
大和が何かの続きを発言しようとした所で、アガートラームが何かに反応する。どうやら、特定のマッチングが発生した為にアラームが鳴ったのだろう。
「最近のWeb小説は、ARゲームのプレイヤーを題材にした夢小説を見かけるようになった。それは草加市内から投稿されていないのは確認している」
「それって、俗に言うナマモノ――」
「それ以上は言及しない方がいい。実況者や歌い手等を題材にしたWeb小説も草加市内では規制される。即売会なんて開いたら、それこそ何処かの小説作品みたいに――」
「言わなくても分かっている。ARガジェットは一次創作特化で、二次創作に関してはガイドラインに沿わない物に関しては徹底的にはじく。アキバガーディアンが懸念を抱くのも無理はない」
2人は何かをアカシックレコードから感じ取っていた。それが何かは、当人でしか分からないだろう。