第52話:ランカー事変(前篇)
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時は7月10日までさかのぼる。場所は草加駅近辺にあるミュージックオブスパーダの運営ビル、
そこで事務処理を行っている南雲蒼龍、彼は決勝戦を12日に設定しようと考えていたのだが……。
「なるほど。12日だとイベントが被るのか」
彼がチェックしていた物、それはフラッシュモブのサイトである。平日にミュージックオブスパーダのイベントをセッティングするのには、2つの理由があった。
その一つが、休日に被せると会場の確保が難しくなる事。これに関してはARゲームが抱える問題の一つであり、今後の課題だろう。
土日に大会をセッティングするARゲーム作品もあるのだが、思わぬ混雑を生む事になるのは過去のイベント記事が物語る。
もう一つは、フラッシュモブやアイドルファンのイベントやライブが土日に集中する事。これはミュージックオブスパーダを含めた音楽ゲームジャンルに該当する作品が抱える問題。
草加市及び奏歌市では野外イベントでテロ事件等の流血を伴う報復が行われる懸念、事件性が疑われる物に関しては申請を拒否している。
それ以外にもガイドラインに引っ掛かるものでなければ、町おこしの部分を含めて認めているのが現状だ。
実は、ARゲームに関しても大型のアミューズメント施設に常設している物でない限りは、空き地の使用許可を取っている。これに関してはネット上でも驚きの声があった。
「コスプレイベントと言っても、過激なコスプレイヤーが現れる可能性がある物などは弾かれる。日程が決まっているという事は、クリアしたという事か」
南雲もフラッシュモブのイベント1つで過敏になるような……と思われていたが、参加事項を見て我が目を疑う記述があった。
「何だ、これは。音楽ゲームに対する当てつけか?」
このイベントでは野外ライブも行われるのだが、そのセットリストが超有名アイドル楽曲オンリーなのである。
「本来であれば、奏歌市においての超有名アイドルの活動は禁止されている。本物が登場しない事をいい事に、ここまでやるとは」
アイドル本人は来ないが楽曲は流す――このパターンを見て、南雲は過去にアカシックレコードで事例のあった案件を思い出していた。
7月12日、草加市の空き地ではミュージックオブスパーダのイベント準備を行っていた。
本来であれば11日には完了しているはずだが、モニターの準備等で遅れていた。天気が小雨と言うのも理由の一つだろう。
「イベントを13日に設定し直しましたが、これで良いのですか?」
背広姿の男性スタッフがガジェットフル装備の南雲に対し、確認を行う。小雨であればイベントを中止にする必要性は感じられないのだが――。
「12日は予備で設定していた物。搬入の必要がある物が増えた以上は、延期をするのもやむ得ないだろう」
実際は搬入による延期ではないのだが、それでも何とかスタッフには目的を話したくない事情がある為、わざとらしい言い訳で乗り切ろうとしていた。
「確かに11日の段階でアップデートも入りましたし、その作業も必要ですね」
言い訳に関しては嘘っぽいとスタッフも気づいていたが、ARガジェットのアップデートが11日に行われ、その周知徹底と言う意味でもイベント延期をメーカーが指示していた。
これに関して、ある意味でも南雲は助けられた。本来の目的を話せば、スタッフからは個人的な私闘と言われる可能性もある。
男性スタッフは別の作業もある為、他のエリアへと向かい始め、南雲のいる場所からは離れる。
「どちらにしても、スケジュールを早める必要性があったのは事実か。ランカー勢が次々と敗北したのが仇になった」
「しかし、それでもコンテンツ流通を正常化する為の第一歩としては必要な事。誰かが汚れ仕事だろうと受けなければ違法コンテンツが放置され続け、それらがコンテンツ流通を妨害してしまう」
南雲としては、今回の行動は最終手段と考えていたが、大淀はるかを初めとしたランカー勢も動いている。それがスケジュールを早める結果となっていた。
彼の言う違法コンテンツとは、ARゲームガイドラインに従わない外部ツールや模造品ガジェット、無許可エリアでの違法ARゲーム運営等である。
どのジャンルでも違法コンテンツは存在し、それらを排除して正規品を流通させなければ……という考えに至るのは、何処の業界でも一緒だろう。
「あの同人小説の出所、おそらくはフラッシュモブが握っている」
南雲の見ていたタブレット端末、小説サイトらしきものを見ているようだったが、そこには『ナマモノ』と言われるARゲームランカーを題材とした小説が掲載されていた。
過去にも実況者や歌い手、踊り手等と言ったようなジャンルでフジョシ勢力の作った小説で様々な風評被害が発生し、そこからコンテンツ業界では一次創作オンリーに特化するような動きが目立ち始める。
次第に二次創作は大幅に制限され、気が付けば異世界転生やファンタジーに代表されるWeb小説が成り代わったと言う。
しかし、こうしたコンテンツ流通が本当にあったかどうかは実際に確認された形跡はなく、夢小説勢やネット炎上勢による作り話とする説がつぶやきサイトでも言及されている。
「どちらにしても、手を打つべきか」
更に南雲はタブレット端末で一部ランカーにメールを送り、そこでフラッシュモブ勢や夢小説等のネット炎上を考える勢力の掃討を指示した。
「音楽ゲームのイースポーツ化を進める為に、他ジャンルの掃討戦を行うとは――コンテンツ業界は、一部勢力に無双される時代が繰り返されると言うのだろうか」
南雲は悩んでいた。これではマスコミ等とやっている事が同じであり、過去のアカシックレコードでも行われた事と同じなのではないか、と。




